Chapter:13 「知らない人からモノをもらっちゃいけませんって!」

「寒いなあ」

 博希がつぶやく。自分たちの世界は夏だったため、博希と出流は半袖だったのだ。前の村で買った厚手のコートを着込んで、三人は新しい村を目指して歩いていた。

「雪や雨が降らないだけマシでしょうね」

「でも、この世界、太陽が見えないよね。どうやって熱かったり寒かったりするのかな」

「そうですねえ……星や月もないようですしね」

 ほーう、と、息を吐くと、白くなって出る。

「早く村に入ろうぜ。マジ寒い」

「五月サンはいいですよね。長袖なんですから」

「そうだよな。向こうはクソ暑かったのに、よく長袖なんか着てられたな」

「日焼けするとお肌が荒れるじゃない。そんなのイヤだもん」

 博希と出流は黙って歩き出した。

「待ってよう」



 博希たちは夜になる前に、ライハルクァという大きな村に入った。

「どうする? まだ明るいし、街の中を歩き回ってみるか?」

「沙織サンの事も聞きたいのでしょう。いいでしょう、しばらく自由行動にしましょう」

 三人は村の十字路で別れた。

 博希は、沙織の生徒手帳を持って、村の中を巡った。生徒手帳は学生証も兼ねている。沙織の写真を見せるにはうってつけであった。

「すいません、この子、知りませんか?」

「さあ……知らないねえ」

 博希は一人だけでは諦めなかった。何人もの村人に写真を見せて回るうち、いかにも怪しい、身体を全体的にすっぽりと布で覆った人物を見つけた。

「あの、この子を捜しているんですが、知りませんか」

「ほう? ずいぶん、きれいな子だね。……いなくなったのかい?」

 博希は背中に、つるっと、冷や汗が走った。

「はいっ」

「そうかい……気をつけた方がいいよ」

「どういうことだ!?」

 博希は、裏道に連れて行かれた。何かヤバいヤツなのかと、彼は一瞬、身を固くしたが、怪しい人物はこそこそと博希にこう囁いてくれた。

「この都市――グリーンライの総統、ヴォルシガ様は、相当な女好きでいらっしゃる。各村の美しい娘は、いつも狙われているという話だよ。この子も美しいから、ひょっとしたら――」

「…………!」

 冷や汗が滝のように流れる。

「グリーンライ総統……ヴォルシガ……」

 つぶやく博希。その名前、記憶しておかなくてはならない。本当に情報通りだったとしたら、そいつを最低百発はぶん殴ってやらないと気が済まないと思った。

 博希が去って行くのを見て、怪しい人物は、そのまま地面を蹴った。

「来たな、【伝説の勇士】……!」

 中身はデストダだった。彼は誰にも見つからないよう、天高く飛び去り、グリーンライ中心都市、ヴォルシガの居城を目指した。



 五月は、村の中の店を回っていた。

「わあ、可愛い」

 自分の部屋のインテリアにぴったりそうな、小さなキャンドル。

「欲しいなあ。でも、お財布はイーくんが持ってるし」

 スカフィードがくれた旅費を分割しようと博希が言ったら、それはいろんな意味で危なすぎる、と出流が預かることになったのである。

「じゃ、僕が買ってあげようか?」

「え……?」

 五月がふいと振り返ると、ずいぶん背の高い青年が、そこにいた。

「何が欲しいのかな? ん? 言ってごらん」

 青年は耳のピアスをキラリとひらめかせて、五月をニコニコと見ている。しかし、五月はその笑顔の裏の、わずかな悪意を感じとった。身体が知れず、震えた。

「……あの」

「大丈夫だよ。僕はお金持ちだからね」

「あのっ」

 五月は下を向いて、一気に言った。

「ママがっ、知らない人からモノをもらっちゃいけませんって!」

「……は……?」

 五月は一目散に走り出した。あとには呆気にとられる青年が残った。

「……ママが……ねえ」

 苦笑する青年。彼はそのときふいに、なにがしかの気配を感じた。

「――城のほうにおられなかったもので――ここでいらっしゃいましたか」

「何用だ」

「【伝説の勇士】、この村に来訪した模様にございます、ヴォルシガ様」

「ふうん。やっと、来たか」

「いかがなされます」

「そうだな……女を取られた男の恨みは深い。寝ている間に俺自身で手を下してやろう」

 完全に目的が私事になってないか、デストダは思ったが、なにせ、自分の仕えるレドルアビデ直属の部下である。素直に返事しておく。

「……はっ……」

「デストダ、お前は奴らの宿屋まで確認してから城へ戻ってこい」

「御意」

 青年――ヴォルシガは、それだけ言うと、ふっと、ニヤついた目をした。

「さっきの娘、なかなかに……」

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