Chapter:9 「棺桶の中で寝ていなさいな」

 夜。それなりにご馳走になった後、布団に入った博希たちは、疲れもあってぐっすりと眠った。――ただ一人を除いては。

 真夜中、出流は、持ち前の神経質さも手伝っての事だろうが、ふと、話し声に目が覚めた。この家の父親と、誰かもう一人か二人、大人が話をしている。

「もうこの村で残っているのは、隣とうちだけだ。明日にも、隣の娘が……」

(……?)

 出流は寝たフリをしつつ、悪いとは思ったが聞き耳を立てた。

「仕方がない事だ。神の呪いには、逆らえん」

「それはそうだが、お前はそれでいいのか? 娘を奪われるんだぞ」

 出流はどうするか迷ったが、今、博希と五月を下手に起こすと、ろくなことにならない。二人とも寝起きがいまいちよくないのは、昔からの付き合いでよくわかっている。

(二人には明日話をしてみましょう……それにしても、神様とはね……)

 朝、娘は部屋から出てこなかった。出流にはすぐに察しがついた。だが、

「あれえ、娘さんは?」

 五月がかなり無神経に聞く。出流は慌てて「あとで説明しますっ」と言ったが、博希までもが首をひねった。

「何の話だよ?」

「ですから――ああもう」

 彼は二人を伴って無理やり外へ出ると、夜中に聞いた会話をとつとつと説明した。

「ふ――ん。そいつぁ……」

「どう思いますか?」

「怪しいねえ。ひっじょ――に、怪しい」

「えー? ねえねえ、怪しいってどういうコト?」

 五月はまだ飲み込めないでいる。博希はそれを半ば無視して、家に戻った。

「おっちゃん、詳しく聞かせてもらっていいか? 神の呪いとやらについて?」

 博希に促される形で、父親はぼそぼそと話しだした。

 この村にあった五つの【ご神体】が、ある時、すべて壊されていた。

 ご神体が壊されたその日に、村の人間が五人、死んだ。

 村の執政官の夢枕に、ご神体が立ったという――これは神の呪いだと。

 毎日一人、ご神体に村の娘を差し出さないと、村の者が毎日五人死ぬだろう――と。

「ね、イーくん、ゴシンタイってなあに」

 五月がこそこそと聞く。

「ご神体というのは、神様を象った、石の置き物とかそういうものです。お地蔵さまみたいなものですよ」

 父親は更に続けた。

「娘を一人ずつ差し出すようになってからは、村の者は死なずに済みました。ですが、隣とうちの娘で、もう、最後なのです。それで呪いが止むのかもわからず……」

 博希がむーと腕を組む。

「じゃあなんで、おっちゃんたちが動かないんだよ? 差し出しといて、後でもつけりゃもしかしたら取り返せるんじゃねえの?」

「……それは……できません」

「なんでー?」

 五月が無邪気に聞く。出流はまっすぐ父親を見た。――胸に、わずかに引っかかるものを感じたが、他の言葉を探す。

「とにかく、朝ごはんをいただきますね。ありがとうございます」



 朝食をとり、部屋に下がった三人は、さっき父親から聞いたことを反芻していた。

「多分神様なんてもののやってることじゃねえんだと思うんだよなありゃ」

「僕もそう思います」

「次の棺桶は今夜だろ。ならもう、今夜しかねえんじゃねえのかな」

「そうですね。これ以上、娘さんたちを危険にさらすわけにはいきません」

 うとうととし始めた五月を揺り動かして、出流は声をかける。

「五月サン。そういうわけですから、いいですね?」

「ん? うーん」

 起きた五月にもう一度説明してやる。

「……そういうわけで、五月サン、娘さんの代わりに棺桶に入ってください」

「そんなことするの!? ぼく怖いよっ」

「どうせ、その頃には眠くなっているでしょう? 棺桶の中で寝ていなさいな」

「ダメダメダメ。だって、初めて、鎧装着するかもでしょ!? そんな時に寝ぼけてたら、ぼくのキレイな登場シーンがダメになる」

 出流は絶句して、少し、考えた。

「ではお昼寝しておきなさい。そうすれば、夜は寝なくてすみますよ」

「あ、そうか。じゃそうするねっ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 五月が布団に入るのを見ながら、博希がつぶやいた。

「……やっぱり棺桶に入るの、俺でなくていいのか」

 出流はしばしの沈黙の後、答えた。

「慎ましく却下しておきます」

「そうか……」

 顔を見合わせて、博希と出流は、ぷっ――と笑うのだった。

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