Chapter:8 「火事場の馬鹿力かな?」

「お、標識があるぜ」

 だが、当然の事ながら、読めない。これがコスポルーダ語というのだろうか。不思議な文字の羅列が、博希たちの目に飛び込んできた。

「じゃ、ここは僕に任せて下さい」

 ブレスを標識の前に突き出す。

「……明鏡止水! 翻訳開始」

 出流の【声】を受けて、ブレスがキラリと輝いた。コスポルーダ語で書かれた標識に、光が当たって、文字が読めるようになる。

「こっちの方向にあと五十キロあまりで、ライブレアという村があるようですね」

「まだまだ違いなあ……とにかく、今夜寝る場所だけでも確保しねーと凍死すんぞ」

「ええ。こちらは、僕たちの世界と違って、冬に入りかけているようですし」

「もう疲れたよう」

 やはり、というかなんというか、五月がいの一番に音を上げた。

「まだあと五十キロもあるんだぞっ」

「もう少し、頑張りましょう、五月サンッ」

 ――だがそう言いつつ、博希も出流も、当然といえば当然であるが、疲れていた。普通は遠足でもそんな長い距離を歩くということはない。腹も減った。ひとまず、草むらを見つけて休憩する。

「……ねえ」

 五月がぼそりと言った。

「おなか、減った」

「……みんな減ってんだよっ」

 博希が殺気立っている。

「やめましょうよ博希サン」

「どうでもいいけどなんでこの世界には乗り物がねぇんだ」

「都市部に行けばあるんじゃないですか。ここは外れの方だからないんでしょう。……でも、お腹が空いたのは事実ですね」

 三人は草むらの上で途方に暮れた。その時である。

「!」

 博希がいきなり立ち上がった。

「どうしたんですか!?」

「……食いもんの、匂いだ」

「ええっ!? どっち!」

「……あっちの方だ……走るぞっ」

「ぼくもう走れないー」

「悪いけど、僕もです」

「まいったな、どうすっか。運ぶものでもあればなあ」

 言いながら、五月をひょいと抱っこする。

「アレ? えれェ軽くないか?」

 ついで出流も担ぎ上げてみる。

「なんだこれ、出流もすげぇ軽い……これなら二人とも乗せられそうだぞ」

「えっ!? 二人とも!!??」

「いくぞおおおおっ! それーっ!」

 博希は一気に、五月と出流を両肩に担いだ。

「ええええ俺いつの間にこんな怪力になったんだ? とりあえず走れるかな……」

 実際走ることはできた。それも、博希自身の全速力で。

 走っている間中、「なんじゃこれワケわからん俺どうなっちゃったんだ」と混乱した博希の言葉が出流と五月の耳に届いたが、それを聞きたいのは二人も同じだった。

「あ、なんか、光が見える! 村だよきっと」

「とりあえず、寝るところを探そう」

 博希はこともなげに二人を肩から降ろした。

「あの、博希サン、疲れてないんですか」

「別に疲れてはねーな……なんだったんだいったい……火事場の馬鹿力かな?」

「…………」

 火事場の馬鹿力で何十キロもの距離を二人担いで走れてたまるか。出流は考えたが、あたりはすでに暗い。考えるより、泊まる所を探すほうが先である。

「そこの家で聞いてみよっか?」

 五月の提案で、一番社交性のある出流が代表で聞きにいくことにした。

「ごめんくださいませ」

「ど……どなたでしょう」

「私たちは旅をしている者なのですが、もう暗いので、辺りに宿を探しているのです。この村に宿はありますでしょうか」

 出てきたその家の娘らしい少女は、どこか暗い顔をしていた。中にいる人間と何か相談し、しばらくして、再び顔を出す。

「あいにく……この村に宿はありませんの。うちでよろしければお泊めできると父が申しておりますが」

「本当ですか! それはありがたい。お願いいたします」

 程なくして、三人とも家の中に入れてもらえ、とりあえず、凍死の心配はしなくてよくなった彼らであった。



 夜の闇が、真っ白な城を黒く染めていた。

「【伝説の勇士】が、うちに?」

「デストダの報告ではな。中心に着くのはいつになるか解らんが」

「グリーンライにいくつ村があると思っている。俺が手を下すまでもなかろう」

 はっはっ、と笑う、影。

「さあ、どうかな……」

「もし村の執政官にも倒せないような奴らだったら、俺が出るさ」

「奴らがお前の存在に気がつくまで、放っておくつもりか?」

「執政官の働きを邪魔するほど野暮ではないだけだ」

 唇の端をフワリと歪める。

「そうだ、一つ聞いておく。【伝説の勇士】とやらの中に、女はいるのか」

「……、……知らぬ」

「なんだつまらん。それじゃあな」

「あまり悪い癖を出すな、ヴォルシガ」

「人のことが言えるのか、レドルアビデ、様?」

 ヴォルシガ、と呼ばれた影は、悪戯っぽい笑顔でそれだけ言うと、消えた。

 夜の闇が深くなってゆく。

 そして、博希たちにとって、最初の事件が起ころうとしていた。

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