Chapter:5 「だから一刻も早く」
博希たち三人は、目の前に座る男性から言われたことを、いまひとつ、飲み込めないでいた。
「イセカイ??」
「五月サン、異世界というのは『異なった世界』と書くんですよ。ここは僕たちの住む世界ではないということを、この方はおっしゃっているのです」
「じゃなんで俺たちがこんなとこに来たんだよ!?」
「そんな事、僕に解るわけないでしょう?」
男性は、一息ついて、腕を組み直した。
「私の名はスカフィードという。コスポルーダの神官だ」
「シンカン?」
「神主さんみたいなものですね。では、こちらはその……コスポルーダという世界の、神殿ですか」
「ここは神殿ではない、ただの一軒家だ」
「神官とかいうなら家じゃなくてそれっぽいとこにいなきゃいけねえんじゃねえの?」
「確かにな。だが私は皇姫のご命令で、ここにいる」
皇姫? 三人が三人とも首をかしげたので、スカフィードは簡単にこの世界についての説明をした。
コスポルーダは一人の皇帝によって治められている。
かつて世界を平和に導いていたのは皇姫マスカレッタだった。
だがある日――――
世界の中心にある城、ホワイトキャッスル。
逃げ惑う人々。
ホワイトキャッスルは、瞬く間に、血の海と化す。
どこから来たのかはわからない。
レドルアビデと名乗る者が、六人の部下を従え、突如世界を襲った。
『この世界は俺が征服させてもらう!! 行け、コスポルーダの隅から隅まで、我らのものとするのだ!』
コスポルーダの方々に部下が散らばっていく。
レドルアビデは余裕綽々の様子で、王室、次いでマスカレッタの居室へ向かった――
ホワイトキャッスルを強襲されたマスカレッタの忠臣たちは、迫りくるレドルアビデの気配になすすべもなく、皇姫を守るように取り囲みながら、彼女の逃げ道を作ろうと必死だった。
近づくレドルアビデの足音。
『皇姫、早く、お逃げなさいませ!』
『いやです! どうして私だけ逃げられましょう!』
扉はいとも簡単に壊され、レドルアビデが不敵な笑みでそこに立っていた。
『ひっ……』
彼の放つ真っ赤な光で、たちまち、その場にいた忠臣たちが、ただの魂となって崩れ落ちる。
『あああああ――――!』
『マスカレッタ。その美しさ、このレドルアビデが愛でてやろう』
『近づかないで! 近づいたら、舌を噛んで死にますよ!』
『ならば死んでみるがよい。死に顔もさぞかし美しいであろう』
『…………!』
レドルアビデは間を置かず、皇姫に魔法をかけた。
「……【エヴィーア】という名の花に変える魔法をね」
スカフィードの、ぎり、という歯噛みの音が、博希の耳に届いた。壮絶な内容の話に、五月も出流もすぐには二の句が継げなかった。
「花に……」
「その花は、人の血を吸って栄養とするのだ。今はまだ、皇姫の意識が残っているが、時が経てば、本当に彼女は【エヴィーアの花】として生き続けることになってしまう。人としての記憶も何もかも、失われて」
「……あなたはどうして、この話を知ったのですか?」
「私はここから、遠隔で様子を見ていた」
スカフィードはそう言って、棚から水晶球を出してきた。きゅい……と、ひと磨きする。すると、そこに、大輪の花が映った。
「薔薇ですか」
「これが【エヴィーアの花】だ」
博希と五月ものぞき込む。
「花の真ん中に顔があるねぇ」
「なんか、花に取り込まれてるって感じだなあ……アレ?」
博希はマスカレッタの顔を見た。瞳を閉じてはいるが、その美しさは感じとれた。淡いブルーの髪。白磁の肌……博希はそこで、気がついた。が、五月が先に、声を上げる。
「ヒロくん、この人、夢の中で血ィ流してた人だ!!」
あの、何夜も見続けた夢。「守って」と囁いた声。砂になって流れていった、真っ白なひと…………
三人は息をのんだ。なんの偶然だ、これは。
なにかしゃべろうとして言葉になりそうにない二人を少しなだめて、出流がスカフィードに向かう。
「あなたは皇姫の命令でここにいるとおっしゃいましたが――」
「昔、ある占い師が予言を残した。――コスポルーダに未曽有の憎悪巻き起こりしとき、【伝説の勇士】現れ、これを鎮めるであろう――と。レドルアビデが現れたとき、皇姫は私に【ライフクリスタル】を託し、勇士捜しと、勇士を導くことをお命じになったのだ」
ひとり落ちのびて、仲間の滅するのをただ見ていることしかできなかった、と、スカフィードの声が震えた。
「【ライフクリスタル】とは? その水晶球のことですか?」
スカフィードは、知らないのか、といった様子で出流を見た。それはそうだった。コスポルーダとアイルッシュでは、生きもののことわり自体がそもそも違っていた。
「私たちはそう呼んでいる。これが割れた時――皇姫は、完全に花になってしまう」
「なんで?」
「【ライフクリスタル】が割れると、持ち主は死ぬからだ」
「え……」
「だから一刻も早く、皇姫の魔法を解かなくてはならない」
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