Chapter:3 「意味わかんないいいいいいい」

 午後の本鈴が鳴ったとき、博希と五月は裏庭の温室前に来ていた。

 まだ警察は来ていない。博希はこれ幸いとばかりに、温室のドアに手を触れた。しかし――

「どうしたの?」

「……開かない」

 鍵がかかっている。博希は淡々と言ったが、無論、心の中は『どうしよう!?』の大行進である。彼はいっそこのドアを蹴っ飛ばそうか、とまで、思った。

 だがそれより先に、背後から、冷たい声がする。

「計画性もなく動くと、そういう事になるんですよ」

「出流っ!」

 いつもの微笑を浮かべたまま、そこに立っていたのは、出流だった。

「やはり僕がいないとだめなようですね。どいて下さい、今鍵を開けます」

 温室の鍵は簡便な南京錠である。出流はポケットからクリップを出すと、ピンと伸ばしてこちょこちょといじった。

「開きました」

 博希と五月は「おお」と拍手をすると、連れ立って温室へ入っていった。

 出流は一瞬、授業に戻ろうかどうか迷ったが、「ま、乗りかかった舟ですね」と、二人の後を追った。

 温室内は様々な観葉植物であふれかえっていた。博希は沙織の名を呼びながら温室内をずんずんと歩いていく。五月と出流も続いた。

 温室の奥――【アレカヤシ】とネームプレートのつけられた葉の多い観葉植物の前で、博希は足元に何かを見つけた。

「なんだ、これ」

 駆け寄る五月と出流。一目見て、出流が「生徒手帳ですね」と、拾い上げた。

「沙織サンのもののようです」

「なんでここに落としちゃってるのかな」

 やっぱここでなんかあったんじゃねえのか、と博希は言って、出流の手から生徒手帳をひったくる。さりとて本人は見当たらない。

 奥から入口方面をぐるりと見渡して、まいったな、と博希が頭をかいたときだった。

 ばさ……ばさ……と、風もないのに音がする。

 三人は恐る恐る振り返った。

 そこには鉢も葉も揺らしながら、三人に迫る、五株のアレカヤシがあった――――常識では到底考えられないほどにうごめき、その動きはまるで三人を捕らえようとしているかのようだった。

「きゃ――――――っ!!」

 五月が恐怖に耐えきれずに、悲鳴を上げる。

「五月っ」

 博希がアレカヤシを一株蹴り倒すが、その目の前に、パキラがネームプレートをぶるんぶるんさせながら現れる。


  温室中の観葉植物が……【動いて】いる!?


「うわあああ!!」

「なんなんですか一体っ……!」

「意味わかんない意味わかんない意味わかんないいいいいいい」

 五月が一目散にドアまで走って、逃げ出そうとした。だが――

「ドアが……ドアが開かないよう」

 ドアに、ポトスが巻きついていた。それも、何重にも。まるで、彼らを最初からここに閉じ込める手筈になっていたかのように、観葉植物たちの動きは周到なものだった。

 こんな時でも、実に冷静に状況を見ていた出流はその時、なおドアを開けようと躍起になる五月の、完全に死角になった位置から、ポトスが蔓を伸ばしているのを見た。

「五月サンっ、危ないっ……」

 思わず五月をかばった出流の身体が、ポトスにぐいん、と持ち上げられた。腕だけではなく、気がつくと、腰にも足にも、蔓が巻きついている。

「い……イーくん!?」

「出流!」

「ぐ、っ……」

 出流に巻きついているポトスとはまた別の蔓が、ぐるうん、と、輪を描いた。それは人が一人、やっと入るくらいの輪。その中が真っ黒く染まって、奇妙な空間を生み出していた。

「なんだ、ありゃ……」

 ごおおおお……と、風が起こり、周りのものが少しずつ吸い込まれている。そして、その輪の手前にいる出流の髪の毛や服が風になびいている……まさか……博希は叫んだ。

「出流! 離れろ、吸い込まれるぞっ!」

「解ってますよ、解ってますけど……動けないんですっ」

 もがけばもがくほど、蔓は出流の体を締めつける。

 まさか沙織もこれにやられた? 博希はポトスを引きちぎろうとしながら得も言われぬ不安に駆られた。

「……くう」

 強い引力。腕の一部が、ずるり、と入り込んだ。

「うっ……」

 ぞくり。出流の全身に、不快感が走る。

「う……わああああああ…………」

 蔓に巻きつけられたまま、出流は奇妙な空間の中に吸い込まれてしまった。

「出流――――!」

「ど、どうしよう? イーくんが、連れてかれちゃった……」

「決まってるだろ、助けに行かねぇと……」

「どうやって!?」

 だが、その心配はいらなかった。蔓はじわじわと、二人に迫っていたのである。

「うげえっ!?」

「気持ち悪いっ」

 気づくのが遅かった。彼らもまた、蔓に巻きつかれ、あの空間から、再び、風が起きた。

「うわああああ…………」

「きゃああああ…………」

 二人の叫び声を残して、温室は、静かになった。奇妙な空間は輪が閉じられることにより姿を消し、観葉植物もそれぞれの場に戻って、それっきり、動かなくなった。

 雨が、降り出した。

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