藤原埼玉の魅力について

あきかん

第1話

 悪のりして書いた生物小説。そこで使わせて頂いた藤原埼玉と言う名前の文字列がいたく気に入ってしまった。

 そこで藤原埼玉という文字列の魅力について併記する。説明しなければこの性癖は理解されないだろうから。


 藤原という姓でイメージされるのは牛若丸。源頼朝の歴史に付随する奥州藤原氏が有名だろう。この藤原と源頼朝の物語が印象強く、藤原という姓からは牛若丸をイメージしてしまう。

 埼玉と言えばサッカーどころ。国内最大手の浦和レッズと大宮アルディージャがあるのが埼玉市だ。また、赤き血のイレブンは有名だろう。古くから埼玉はサッカーが盛んであった。

 この藤原姓と埼玉名を組み合わせるとファンタジスタをイメージしてしまうのだ。

 しかし、サッカーどころであるのならば他の地名で良い、と言うわけではない。藤原の姓と釣り合う名でなければならないからだ。

 例えば、広島。藤原広島だとなんだか居心地が悪い。サッカー界において広島は特別な地だ。その名に釣り合うほど藤原という姓は強くはない。

 ならば、清水ならどうか。藤原清水。これはリズムが良くない。韻を踏むと言うのだろうか、ふじわらしみず、ではどうも声に出して読みたい何かが足りない。ふじわらきよみず、ならば良いのだが、きよみずは清水ではない。

 ならば、藤原東京。しかし、これもまたバランスが悪い。東京という名の圧倒的な重さに藤原という姓が対抗できない。

 幾つか例をあげたが、藤原という姓とほどよくバランスするのが埼玉という名しかないのだ。


 これまで語ったのは藤原埼玉の第一印象。しかし、藤原埼玉という名の魅力に気がつかなかった。何か奥歯につまったような感覚。

 藤原埼玉という文字列はそれだけで完璧ではないかと、この文字列から得られるインスピレーション、ファンタジスタが駆け巡るあの様こそが藤原埼玉の全てであると思い込んでいた。

 しかし、それは違ったのだ。また、牛若丸の話をする。源頼朝。その読み方はみなもとのよりともである。"みなもと"と"よりとも"の間に入る"の"が重要なのだ。話を藤原埼玉に戻す。藤原埼玉、その読みはふじわらさいたま。間に"の"は入らない。ここにのを入れて読むとしっくりとおさまるのだ。ふじわらのさいたま。これだけではない。藤原埼玉という姓と名の間に、一音入れるとしっくり来る。これは逆接的に次の事を意味する。読み手が藤原埼玉の間に一音入れる余地が存在すると言うことだ。

 これこそが引っ掛かっていた藤原埼玉の謎であった。一拍でも良い。受け手が関与する余地が存在する藤原埼玉は、玉串色の輝きを放つ名前なのだ。


 完璧にしてアンバランス。調和の中にある不協和音。私は藤原埼玉という文字列に魅了されている。

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