第2話 灰かぶり姫①

如月きさらぎ じんは新聞紙を片手にコーヒーを啜っていた。新聞には若者たちの暴動が隅に小さく載っている。流し読みでは見過ごしてしまうほどの申し訳程度の見出し。それでも職業柄か、いやでも目に入ってきてしまう。


3000紀を目の前にして、夢のある子守用ネコ型ロボットどころか、未来過去を行き来する引き出しや、遠くの世界とを繋ぐドアは開発を断念している。

現在、開発が盛んに行われているのは、千年前から相も変わらず続いているゴールなき都市開発。


目線は大きく見開きで記載された北区の情報。大型ショッピングモールの開発始動という見出しに誘導される。

簡単に喜んで良いものか。その裏には必ずしも貧富の差と、そこから生まれたる教育や子育てへの価値観の歪みが浮き彫りとなる。


開発予定地は児童相談所ができる場所だった。いつの時代になろうと、こう言った問題は無くなる事がない。


暴動を起こす若者が悪いのか。

救えない大人が悪いのか。


如月がため息を吐くと、ガサッと新聞紙が奪われる。

「先生、図書館の新聞は持ち出し禁止ですよ!それに、あと五分で診療時間です。準備をして下さい。」

目の前で女性が両手を腰に当てて、あからさまに怒っている。

肩より少し長めの黒髪を真ん中で束ねたポニーテールの女性は、白いブラウスと黒いパンツスーツに身を包み、きりっとしているが、見た目は二十代前半くらいに見える。

目がクリっと大きく、まつ毛が長い。顔もシュッと小さく、やや童顔のような気はするが容姿端麗で、間違いなくデザイナーベイビーだろう。


「本日付けで医療秘書を勤めます。早乙女さおとめ なぎさと申します。よろしくお願いします」

ハキハキとして声にも潤いがあり、仕事もテキパキとこなす。診察前の準備に何一つ余念がない。


容姿は整形術でどうとでもなるが、内面は根本的な教育と遺伝子から操作しないと簡単に手に入れられるものではない。


如月は促されるまま白衣を着る。

早乙女は何年も前からいたかの様な働きぶりだ。

パソコンを立ち上げ、病院の情報システムに連携させる。

「先生は支援診断システムを使われますか?」

わからないことはしっかりと聞いてから実行に移す。

「ああ、はい、お願いします。あと、キーボード優先で繋いで音声認識もお願いします」

分かりましたと返答が返ってくると、情報伝達システムが起動する。


早乙女は、今日、如月と初めて会ったにもかかわらず、阿吽の呼吸で仕事を進めていく。しかし、如月は一つも驚く素振りを見せない。なぜなら、この世界では当たり前のことだから。最高の人材は作れるのだ。


卵子、精子は冷凍保存が当たり前。体外受精や代理母出産に至るまで、マッチングアプリ一つで簡単にできてしまう。

テンプレによる、迅速かつ簡単で完璧で安全な子供づくり。妊活なんて言葉は時代遅れ。

人口減少の煽りもあり、自然分娩は淘汰されていた。


今現在、分娩台に横たわるのは、変わり者か、できちゃいました的な人か、一部の宗教者ぐらいだ。


如月が眼鏡をかけると、ホログラムが現れる。

「お待たせしました。如月先生」

当たり障りのない女性の声が、壁に埋め込まれたスピーカーから流れ出る。


早乙女はカタカタとキーボードを打ちながら、足りない情報は口頭でホログラムに話しかけ、説明していく。


モニターには、今日の予定が事細かに映し出され、如月は彼女に向けていた目線を画面に移し変えた。

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