新しい魔王

「これで、平和が訪れる。」


 魔王の城、玉座の間。黒い兜をかぶった者の亡骸の前で男は言った。

 彼は勇者。国に、王に勇者と認められ、仲間と共に民を魔物で苦しめる魔王を討ったのだ。


「やったな、遂にやったぞ!」


 仲間達も口々に喜びの声をあげる。当然だ。魔王はもういない。平和な時代が訪れ、更に言えば、自分達は英雄だ。歴史に書かれる英雄、偉人と言って良い。


「帰ろう、皆。帰って祝杯だ!」


 和気あいあいと勇者たちは帰路に着く。最早憂いは無く、魔物たちの跳梁も無いのだ。


 王城に戻り、王に報告する。王は喜び、国中に触れを出し、そして国民が、国の全てが沸いた。



「無事に帰って来てくれて何よりです、勇者様。」


 王宮でのパーティ、勇者の隣にいるのはこの国のお姫様だ。

 勇者はこの国の騎士であったが、魔王討伐の勇者を選出する武闘大会の折にお姫様と出会い、その後事あるごとによしみを深めていた。当然、恋心も。


「生きて帰ってこられたのは僥倖でした。勿論、決死の覚悟、そして仲間達の力があればこそでしたが。」


 バルコニーで想いを語る二人。


「これで貴方はこの国の英雄です。もし私が貴方の所に行くと言っても、お父様も喜んで送りだしてくれるはず。」


 勇者よりも位が上の貴族は他にごまんといる。平素であれば例えお姫様が勇者を見初めたのだと言っても、それは通用しないだろう。王としてもよしみを深めたい貴族はいる。であれば、姫はその貴族の子息に、というのが常であるからだ。しかし、今ならば。


 国を救った英雄。勇者の妻になると言って誰がそれを止めるだろうか?


 おそらく国中で盛大なパレードが催され、勇者を、姫を、王を、国を称えたとびきり豪勢な結婚式が行われるだろう。誰の頭にも容易に想像がつく事だ。


 そしてそれはご多分に漏れず、王にも。


「どうにかせねば。」


 グラスを片手に表面上はにこやかに過ごしている王は、胸中で汗をかきながらぼそりと独り言ちた。

 勇者が確かに歴史的英雄に名を連ねたのは確かだし、二人が恋仲になっているのも当然ながら知っている。


 しかし


 この国を継承する予定の王子、これが勇者と年が近かった。王としても勇者と姫が恋仲であるのはやぶさかでは無かった。英雄が自分の身内になるのなら、こんなに嬉しいことは無いだろう。しかし、状況は違った。

 もし勇者と姫が結婚となれば、勇者の子供には王族の血が入る。そしてもしこれに邪な貴族が肩入れし持ち上げだしたならば?当然内乱が起きて国が乱れるだろう。そしているのだ。王がその様な想像をしてしまう様な、力を持ちつつも王家にそこそこ反発している貴族が。

 平時であったならば、姫をそこに嫁に出して両家の仲をテコ入れしたいと言うのが王の本音だった。しかし勇者と姫の仲は、二人は隠しているつもりでも周囲には筒抜け。何せ勇者と姫だ。二人がどんなに努力して隠そうとしても、隠しきれるものではない。


 そしてそんな二人の仲を引き裂けば、国中が王をバッシングするだろう。その位で王が、王家が揺らぐことは無いが、各貴族の風下に回る事は必定だ。それは避けたい。

 とは言え、もし最悪の想像が現実の物となれば、これまで続いてきた王統が奪われることにもなりかねない。


(いっそ魔王と相討ちにでもなってくれれば良かったのか。)


 勇者は仲間共々ピンピンしている。


(何かの罪を着せて殺すと言っても、勇者は品行方正でケチな罪など犯す様な者ではない。それに別に死ぬ必要は無いのだ。国を救ったのは確かだし、厳密にはこちらの事情なのだから。国を救った英雄を謀殺するなどとてもじゃないが、しかし・・・。)


 試しに王は勇者を呼び、お話したいであろう貴族のお嬢さん方をぶつけてみた。チラと頭をよぎったが、もし勇者が意外と好色で、他の女性に鼻の下を伸ばすような男であったならば、そちらとどうにかしてくっつけてしまえないだろうかとも思ったのだ。

 しかし勇者は弁えたもので、見目麗しい貴族の令嬢方を相手にしても鼻の下を伸ばすこともなく冷静に対処していき、話もそこそこに姫の元に戻って行ってしまった。


(まぁ、姫と恋仲になっていながら他の娘に目移りなどしようはずも無いか。いや、これは親ばかか。)


 燃え上がる恋の炎、間に誰が割って入れるものか。王は一応やってはみたが、これは失敗。


(位を与えて遠い領地に行かせるというのもなぁ。)


 不安だった。勇者の領地と言うことで活気は出るだろう。しかし勇者が政治に向いているかどうかは未知数で、更に言えばその土地を開けなければならない。大体そうだが、王都から離れれば離れるほど独立気質が強く、扱いにくい貴族が増える。

 それに問題の根本的な解決とは到底いえなかった。いや、そればかりか悪手だ。勇者が位を持てば当然貴族だ。姫はより勇者の元へ嫁に行きやすくなってしまう。


(しかし国のためにまさに命を投げ打って戦った勇者には報いてやりたいところであるし、位を与えるのも領地を与えるのもやぶさかでは無いのだ。逆に言えば、あの貴族さえいなければ・・・。)


 とは言え、その貴族の排斥には多大な犠牲がついて回ることは確実だった。何かしらの理由で力を削ごうとしても必ず反発されるし、何なら内乱に発展してしまうだろう。それこそ魔王が討たれて皆がほっとしている所に内乱の火種など撒こう物なら、王に反発する者が多く出ても不思議では無い。負ければ当然王家は滅びるだろう。それでは本末転倒だった。


(しかし何かないだろうか。勇者と姫が結婚でき、儂も心から祝福だけできる状態になる。)


 顔は穏やかなままで、しかし王は考えに考えた。そもそも問題は一点。勇者が姫と結婚することによって他の貴族に政治的に利用されてしまう可能性があるということだけだった。正直に言えば勇者と姫が結婚することは親としても王としても賛成。位と領地を与えるのにも賛成。この問題をさえ潰せれば今にでも勇者と姫の婚姻を発表したっていいのだ。


(だが領地を与えれば他の貴族からの干渉は免れ得まい。遠ければ儂の目が届かぬし近ければもしそうなった時には喉元に剣の切っ先を突きつけられるに等しくなる。どこか無いか、他の貴族が干渉しにくく儂の目が届き、貴族達を押しのけること無く与えられる領地が・・・)


(駄目だ、無い。直轄地を与えることも考えたが王家の直轄地を与えればその分王家そのものの力が弱まる。それ避けたい。どうすれば良い?そもそも今完全に空白の土地なんぞ北のま・・・あ。)


 思いつくが早いか王は直ぐさま勇者と姫、そして勇者の仲間達を部屋に呼び寄せた。そして正直に一切の事情を打ち明けて、その上で提案した。


 魔王城への入城を。


 かくて勇者達はこれを謹んで拝命した。魔王が討たれ空白となったあの辺りの領地は、殆どの貴族が治めるのを忌避するだろう。つまり誰も文句を言わない土地だ。国の領土は広がり、もし魔王に連なる残党が出ても勇者達に任せれば良い。そしてそれを国が手厚く援助すれば、付けいる隙も生まれない。


(肩の荷が下りたとは言い切れないが、問題を解決するばかりで無く更に一歩推し進めたこの案。我ながら名案に過ぎるな。王家に反抗的であった貴族連中も驚くほど大人しくなったし。)


 しばらく後、王は笑顔で思いにふける。全てが上手くいった。そればかりか状況まで好転したのだ。自分のこの行いは後世まで賞賛されるに違いないと思わず自画自賛するほどだ。


 結婚式は盛大に執り行われ、国を救った英雄は自分の娘と結ばれた。辺境伯の位を与え仲間共々多くの褒美を手にして新たな領地に入った。頭を悩ます魔王はいない。魔物も鳴りを潜めるだろう。更に王家からの援助で勇者達との仲は良好で他が割って入る隙など無い。


「王子も良い年頃だし、王位を譲って悠々と暮らすのも悪くなさそうだな。」


 ふと言葉が漏れる。生きているうちに王位を譲れば、王子に王のなんたるかを直接教えられるし、自分の睨みが効くので政治もやりやすいだろう。


「しばらくしたら、可愛い娘に会いに行くのも良いかもな。」


 王は上機嫌でフフッと笑う。


 その様な訳で、今魔王城の玉座には勇者が座っている。

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