転生先の条件

鹿野苑 捨名

転生先の条件

 ふと彼は目を覚ました。辺りは暗く、何も見えない。


「おぉ、目を覚ましたか。」


 声のした方を向く。するとそこには見覚えのない老人が一人佇んでいた。


「あのぉ、あなたは一体。ここはどこでしょうか?」


 男は老人に尋ねる。最後の記憶は街の中。夜だった。酒を飲んで家に帰る途中だったのは覚えているが、あいにくそこからの記憶が無い。


「生憎じゃが、ここは死後の世界でのう。儂は神様と言う訳じゃ。」


 淡々とした口調の老人に対し、男はすこし興奮気味で言った。


「いや、神様って。それに死後の世界とは?私はこの通り、元気そのものなのですが。」


 男はその場で飛んだり跳ねたりして見せた。確かに元気な様だ。


「今のお主は魂だけの存在。その体はお主が自分の死を認識しておらぬが故にそう見えているだけじゃ。実際は病院の中で息を引き取っておる。享年34歳、早すぎる死という奴じゃな。」


「そ、そんな。」


 男はそう言われてたじろぐ。確かに言われてみれば自分は呼吸をしていないようにも思えるし、声だって出ている様な気がしない。老人の声は頭に響いてくるようだしなんだったらこの場所がもうなんなのか説明がつかない。

 何せ辺りに光は無いくせに、老人と自分の姿ははっきりと見えるのだから。


「まぁ、そう気落ちするものでもない。死んでしまったのは残念だろうが、儂ならばお主を生まれ変わらせることが出来る。」


 老人のいう事に、男は喜んでいいのかどうか少しわからなかった。生まれ変わる事が出来るのは確かに良い事なのかもしれないが、自分は一回死んでいるのだと思うと素直には喜べない。当然だろう。


「まぁ、生まれ変わるのはいいですけど、私はどのような所へ生まれ変われるんでしょうか?」


 男は当然の疑問を口にした。生まれ変わる事が出来るといって、もし生まれ変わったとして、先ずもって人間とは限らない。よしんば人間として生まれ変われたとしても、すぐに死んでしまう環境では意味がない。また、今の自分の記憶が無いのでは、生まれ変わる事になんのメリットがあるだろうか?


「安心するがよい。お主の希望に沿う所へ生まれ変わらせてやろうではないか。人間として、今の記憶を持ったまま、好きな所へ。」


 自分の生前の行いはそれほど良かっただろうかと首を傾げつつ、しかし神様と名乗る老人の話には素直に乗っておこうと男は思った。これが例え夢であったとしても、乗っておいた方が話も面白い筈だからだ。


「違う世界でも良いぞ。剣と魔法のファンタジーな世界でも良いし、科学文明が頂点に達したような世界でも可能じゃ。お主の望む世界に生まれ変わらせてやろう。」


「そうですね、そこまで言ってくれるのであれば。先ず、あまり危険な世界には生まれ変わりたくありませんね。剣と魔法の世界は魅力的ですけど、モンスターに襲われて直ぐに死んでは意味がありませんし。かと言って科学の進んだ世界と言うのも、なじめるかどうか分からない。なまじ今の記憶がある分混乱してしまいそうです。」


 男は自分の生まれ変わる世界の条件を次々と提示していった。危険ではなく、科学もそこまで進んでおらず、モンスターなど明らかに凶悪な生物がいない。それでいて暮らしやすい世界。


「成程のう。お主の条件は分かった。丁度良い世界があるから、そこに生まれ変わらせてやろうではないか。」


 老人は頷き、杖を何処からか取り出し男に向けた。


「おぉ、有難う御座います。しかし、一つ聞いていいですか?何故私の好きな所に生まれ変わらせてくれるのでしょう?不慮の事故で死ぬ人は、それこそ数多くいるでしょうに。」


 当然ともいえる疑問を男は老人に投げかける。


「まぁ、大した理由ではない。たまたまといった所じゃよ。」


 そう言って杖を振り下ろす。男の意識は霧に包まれたようにぼんやりとし、体も消えてなくなってしまった。




(……、ここは一体どこだろうか?)


 辺りを見渡す。うすぼんやりとして視界が効かない。自分は何処に生まれ変わったのだろうと少し不安になった。

 この鳴き声は恐らく自分だろう。生まれたばかりなのだ。生まれ変わったのだから、当然と言えば当然だが。


 誰かに抱かれている。母親だろうか?近くで声がするのを男ははっきりと聞き取れた。


「見て下さい、玉のような赤ちゃん。」


 日本語だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る