第117話 準備期間

 報酬を貰った帰り。

 呼び出された当初の部屋に向かう。


「たしかここら辺だったよな」


 相変わらず通路まで埃が漂っている。あまりにも意図的に汚いので、強烈な違和感を感じる。

 2つ隣に男の子がいたはずだ。


「昼なのに気配があるぞ?」


 てっきり、勇者付き添いの依頼に、ついて行ったのかと思っていた。扉を開けると、ベットの上で呆けている男子。身体中に青痣を作りながら、意識ここにあらずという異常な光景。

 そして、以前にはほとんど見えていなかったが、頭上に魔力がまとわりついている。

 カオル達にやったのと同じように、気で弾き飛ばす。


「イテっ! うぅ」


 魔力が取れた途端に体を抱えて痛み出す。触れた自分の手すら痛いのか、触ろうとしたり離したりと繰り返していた。


「なんとも痛々しい様子だな」

「あん……た」

「まずは治してやろう」


 賦活の後に、ポーションを身体中にかけていく。

 イアさんに教えてもらったポーションは劇的だな。

 およそ5分程で腫れと痛みが引いている。


「確か、田中君だっけ?」

「そうだ。あんたは城を出ていった奴か」


 若干の侮蔑ぶべつを含んだ視線を向けてきたが、頭を振るとすぐにその視線が止んだ。


「なんだ。もう軽蔑けいべつしないのか?」

「逃げた理由がわかるから、納得している。俺も一緒に行けば良かったよ」

「今から出れば良いじゃないか」

「それは、他の奴の負担が増えそうだからな…やめておく」


 みんなで逃げれば良いだけなのに、そこまで考える余裕も無いのかね。


「それで、兵士と生徒。どっちにやられたの?」

「両方だな」


 詳しく聞いていくと、下位の子達が会う者達は固定されていて、同じ生徒か特定の教官のみ。従者達とも一切会うことが無くなっているらしい。時折聖女が治しに来てくれていたが、少し前から遠征に参加するようになり、治療もされなくなった。ここ最近の記憶も曖昧でよく覚えていないと言う。

 そういう環境に追い込んでいるのと、不満の解消場所に選ばれちゃったかな。


「他の子も部屋に居そうだから、治療はしてあげるよ」

「頼む……」


 第一印象も明るいタイプでは無かったけど、さらに落ち込んでいるな。


 他の4人もそれぞれ傷だらけで、満身創痍まんしんそういの状態だった。なかなかハードな治療だったが、普通に動けるまで回復している。やっぱりポーションってすごいんだな。


 田中君と同じように逃げないのか聞いてみると、誰もが逃げない選択をした。魔力は取り払ったが、まだ引きづられているように見える。

 これ以上は無理だと思い、帰ることにした。


「あんまり無理しないようにね」


 俺を見つめる視線が背中に刺さる。物悲しさと諦め。

 そうなる前に逃げられたら良かったんだけどな。

 帰ったら海野さんに相談しよう。




「そんなことに…なってたなんて」

「先生。私たちだったら死んでたかも知れないわよ」


 トモエの指摘は当たっている。ある程度使えると思われた者でこの扱いだ。

 いらない人間はすぐに切り捨てるだろう。


 改めて考えると、あの城は異常だな。

 王弟や料理長は至極まっとうな風に見えた。あれが演技だったら、見破れる奴は特殊なスキルを持ってるやつだろう。

 問題は、王女と王周辺か。

 王には会ったことないし、王女も最初の一度きりだ。何度も会ってたのは、中位以上だけかな? そこの差かもしれないな。


「実さん。逃してあげましょう!」


 それは良いんだけど、5人ともなると大変だ。


「私達も協力するわ!」

「僕もやりますよ!」

「私も」


 みんなやる気だけはある。

 どうしようか。実行は出来るし、依頼する金もある。


「国を出る準備をしておくんだな」

「ちょっと!」


 4人の鋭い目線が飛んできた。

 そんな怖い目しないで欲しい。


「全てを終わらせて、城から連れ出す。明後日の夜に決行するぞ!」

「「「「おぉ!」」」」


 頼むとしたらレンジャーになるかな?

 報酬も4人に渡すつもりだったけど、全額レンジャー行きになりそうだ。




「手伝っても良いが、わかってるよな?」

「はいはい。城からの報酬は全部持っていって良いよ」


 金額も伝えずに巾着を渡す。

 中を見たレンジャーは一瞬大口を開けると、ニヤリと笑い出した。


「なるほど。今回は最高のメンツにしてやろう」

「足りてたなら良かったよ。それで作戦は」


 家に戻ると4人がいそいそと支度していた。

 その動きを止めてもらい、作戦を話す。


「まず中に入るのは俺とあおい君。それにナイトと落ち合うことになっている」


 残り3人が不満そうにしているが、手で止めて詳しく説明する。

 城内の警備は、前回の一件から、警備が増やされていると想定している。さらに化け物級のメイドがいるので、逃げられる可能性がある者だけに厳選した。中での行動は、見つからないように移動して、救出する。最悪気絶させて運ぶことも考えている。

 全員をいっぺんに運ぶのは難しいので、ピストン形式で外に運び出し、順次森に連れ出していく。移動の要がカオルとピースで、従魔の運搬力を存分に発揮してもらう。トモエの絵で上空を警戒し、海野さんが地上を警戒。レンジャーの仲間を数人付けるが、彼らは基本自由行動でフォローしてもらう形になった。


 この説明でも、カオルだけは納得していない。


「以上だ。何かあるか?」

「私も中に行きたいです!」

「ダメだ」


 魔力を消し飛ばした後、時々カオルから殺気を感じる。この様子だと城の誰かに怒りが向いてるんだろう。

 1人でするなら別だが、今回は救出だ。邪魔されて失敗したら、被害を受けるのは全員になる。特にそんなことは言わないが、失敗の可能性が増えると言って理解させた。


「それなら僕は何をしたら良いですか?」


 あおい君はメイドになってもらう。服装はレンジャーから調達したし、化粧はトモエに手伝ってもらう。絵師の力を使えば、あおい君も完璧に変装出来るはず。城内ではナイトと行動してもらい、巡回に紛れ込ませる。


「なんて完璧な作戦なんだ。俺の脳細胞が最高潮に活性化している」

「調子に乗って失敗しないと良いわね」


 トモエの皮肉も今の俺には効かん!

 今日はゆっくり休んで、明日は準備に専念しよう。




「諸君、夜空も我々を歓迎している」

「すごい曇ってますよ?」

 海野さん。もう少しロマンチックに始めようよ。


「…闇夜に紛れやすくて良い日だな」

「救出なのに悪役っぽいと思いますが」

 あおい君もチャチャ入れないで欲しい。


「では悪役として」

「ノール。良いから始めよう。こっちもリスク背負ってるんだぞ!」

 泣きそう。


「じゃあ、各自健闘を祈る」

 それを合図に散開し、各々の持ち場へ向かっていった。


 俺とあおい君は城壁に近づくと合図を待つ。

 数分後、2階の廊下ろうかから警備兵の槍が3度光る。


「合図来ましたね」

「中に入るけど、ちょっと待ってね」


 ”精霊君寄ってきちゃって、かくれんぼさせてくれぃ。”

 寄ってきた羽虫が、俺たちの周りで踊り出すと、徐々に魔力の膜が出来上がっていった。

 足音を殺しながら城門を飛び越えると、予定地点にナイトがいる。


「お待たせ」


 軽く声をかけたつもりが、予想以上に警戒させてしまい、無言で剣を突きつけてくる。精霊魔法を解きながら、姿を現すとやっと警戒を解いてくれた。


「話には聞いていたが、恐ろしい技だな」

「俺はまた隠れて、後ろをついていく。この子と行動してくれ」


 あおい君が両手を前で揃え綺麗にお辞儀。

 どこからどう見ても立派なメイドさんになっている。


「こっちも良いスキルだ。この国にとっては残念だが、現状を考えると仕方ないな」


 ナイト達は俺が知らない情報を持っているようだが、教えてくれそうにない。

 俺達のことも深く聞かないので、お互い余計な話をするなと言うことだろう。


 俺達は、一度深呼吸すると、誰言うことなく歩き出した。

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