第78話 閑話 講和会議

 <ワルシャの街>


「では、こちらにサインをお願いします」

「まぁ、こんなところだろうな」


 吹き抜けのある大きな広間で会議が行われていた。


「帝国も相当な快進撃でしたな」

「何を言っておる? 今回は聖教国の根回しにやられた方だぞ」

「ふふふ」

「はっはっは!」


 向かい合うのは、法衣に包まれた初老の男と胸に数多の勲章をぶら下げた若者。

 声では笑っているが、お互いギラついた目を離さないようにしている。

 今回の講和で元王都とワルシャの中間で分け、西側を帝国に、東側を聖教国が受け取る形となった。

 どちらの国も想定通りの分配となったが、まったくと言って良いほど削ることが出来ずに、若干の落胆が見える。


「そちらの勇者でしたかな? やつの偉業には参りましたな」

「何をおっしゃいますか。わずか半日で打ち破られたと聞いております。勇者の御霊が天に召されることを……」

「冗談言うな。王都周辺じゃ勇者は悪魔のごとき存在だ。亜人からすれば、どの人族も恐怖の存在になっておる。どんな育て方をしたらああなるんだ?」

「……き導きに出会えたのでしょう」

「まぁ、終わったことだ。後の細かい詰めは事務官に任せる。さて、これはニールセンの老人共に渡しておく」

「よろしく頼みます」


 そう言って、お互いのトップが帰っていく。


「1つ忘れていた! 元貴族でそちらに行きたいと言ってた者が居たが、どうする?」

「後片付けはお互いでやりましょう」

「素早い返答感謝する。くっくっく! はーっはっは!」



 ◆◆◆


 <聖教国サイド>

「何が『素早い返答感謝する。』だ!化け物老害が!」


 声を荒げながら法衣の男がクッションを投げつける。

 すぐ後にノックの音がした。


「大司教様。よろしいでしょうか?」

「む。ごほん。入って良いぞ」


 扉を開けて入ってきたのは、飾り少なめの法衣、司教だろう。


「失礼致します」

「何かあったか?」

「いえ。約定の細かい詰めも想定通りに納めました」

「む。そうなったか。相手も結構なやり手を連れてきたようだな」

「いえ……それがですね」


 どうにも尻窄みになってしまっている。


「問題があったか?」

「えぇ。例の勇者と騎士団がやりすぎたようです」

「どういうことだ!?」

「順を追って説明します」


 司教が話してくれた内容はこうだった。

 まず勇者が神人教徒を扇動して、共に亜人排斥を行っていたこと。それを我が国が指示しているとうそぶいていたそうだ。確かに元王都で聖教は浸透し始めていたが、まだ洗礼していない者は多い。そう言った者達は、技術や生業を持っていて、聖教としても囲いたかった存在だった。その者達から、聖教に不信感が高まっているという問題がある。

 もう1つが、騎士団の中に、その排斥に乗ってしまった者達がいたということ。そのせいで、聖教騎士団の名誉が汚されてしまった。元々亜人に対して反感はあったが、戦争をきっかけに噴出したようだ。

 勇者達、騎士団合わせると1000を超える亜人が殺されたという。

 確かに戦力は必要だったが、人員を選ぶ余裕はあった。こちらの落ち度も大きい。


「力及ばずすみません」

「いや。その状況で予定通りなのだ。良かった方だろう。それより、何か追加があったか?」

「布教の制限がかかりました」

「なんと言うことだ! 今度は我らを排除するのか」

「お待ちください! 検問が加えられるようになったのです」


 詳しく聞くと、帝国に入る時に、荷物と人物の検査が入る。

 今回のような、暴走する者を入れないための処置だ、と言われてしまったらしい。そう言われると断りづらい。ただ、要するに布教する人員は、まともな人間を選んで欲しいということだ。


「それだけでは無いだろうが、仕方ない」

「それで、その騎士団はどう致しましょうか?」

「勝手にやったことについては諌める必要がある。1ヶ月の奉公と配置換えだな。場所は民衆の評判で決めれば良い。問題なければ東、不満が多ければ南だ」

「なるほど。承りました」

「また何かあれば知らせに来てくれ」

「はい。失礼致します」


 部屋から出た司教が呟く。


「南だと獣王国か。もう情報は伝わっているでしょうから、行ってしまったら帰ってこれないでしょうね」


 ◆◆◆


 <帝国サイド>


 ここはワルシャにある帝国が持つ邸宅。

 先ほど講和会議で話していた若い男とメガネを掛けた事務官が1人いる。


「最後の大司教様の顔見た? あれは笑えるね」

「中将。口調が戻ってますよ」

「もう良いだろ? だけど、聖教国もずいぶん荒らしてくれたよね」

「元王都のことですか?」

「それが大半だけど、聖教国が通った他の村や街もだね。他国の人族ってだけで批判されるんだからさ。予定だったら無血開城だよ? 僕らと聖教の戦いだったのにさ」


 勇者と騎士団が通った場所は、ほとんどと言って良いほど評判が悪い。

 自分たちでは無いと伝えるだけでも時間がかかってしまい。奪えたはずの領土が取れなかった。


「検問なんて作らせるように言ったけど、布教や商売なんて出来るのかね? 聖教国出身だけでマイナス要素だよ」

「うまい商売人は何とかするでしょう。それよりも、我らとの交易もやりづらくなりますよ?」


 問題は向こう側だけでなく、こちら側も行きづらくなってしまうことだ。

 いずれ聖教国に伝わるだろうが、元王都では、排斥運動に参加していた聖教徒や神人教徒が磔にされている。どうやって調べたのか、亜人達は間違い無く選んで攻撃している。

 帝国も、優秀な諜報員は喉から手が出るほど欲しい。だが、数十年前まで、一部の過激派が亜人排斥をしていた経歴がある。今ではそういった者達は排除しているが、それでもあまり好まれていない。


「聖教国との交易は少数で、規模を減らすしかないな。海路と北東を増やすよう上に掛け合うかな」

「それしか無いのでしょうね」


 2人が話していると、豪快に扉が開く。


「呼ばれたと聞いて、来ましたぞ!」


「エドガー。前から言ってるけど、ちゃんとノックしろよ」

「それは失礼した。ところで何の要ですかな?」

「ニールセンの南街についてね。あそこは一応治外法権だからね。奪えそうなら手を出そうかと思って」


 中将が言うと、エドガーは顎に手を当てる。


「ブルーメンの奴は面白いでありますな。えぇ」

「使えそうな人員なのか?」

「いえ。全く」

「じゃあ奪えるか?」

「辞めたほうが良いかと思いますな」


 聞けばブルーメンに住む者達は、犯罪者ばかり。強い者も多いが、厄介なのが、叩くと四方に逃げるという点だ。例えると海辺の平たい蟲。近くを歩くと素早い動きで逃げ去り、いつの間にか戻っている。場所を奪うと、隙間を見つけて別の場所へ行く。

 今は、幾つかのグループが絶妙なパワーバランスで街を運営している。


「面倒な奴らだな」

「私としては、協力者を作るのが良いですな」

「だとすると、対価がいるか」

「戦技はどうでしょう?」

「あれは祖国の秘技だ。国が許可しない」

「ですが、私が見たところ、あの街の相当数が使っていましたぞ?」

「なんだと!?」


 エドガーが戦ってみた中で、何人も使う者がいたらしい。その者達は、ことごとくエドガーから逃げ去り、逃げられなかった者達も後から救出されている。その後、何食わぬ顔で街を歩いていたらしい。1人全力で追いかけてみたが、丸1日走って、振り切られてしまったと言う。

 戦技が使えない者達も、弁が立つ者やカリスマがある者、魔術がうまい者もいた。帝国や聖教国の犯罪者も多い。

 その者達は、街中でしのぎを削りあっているが、街外の問題には共同で対策すると言う。


「なんて奴らだ……」

「ニールセンは、そこの魔鴨団と接触しています」

「なんだそれは?」

「例の戦技を使う集団です」

「一番欲しかったが、他を探すか……良さそうなグループを探しておいてくれ」

「了解であります!」


 そう答えると、エドガーは扉を大きく鳴らして退室した。



「あいつのガサツさは、どうにかならないのか?」

「指導したのは中将でしょう? ご自身でなさったらどうですか?」

「領地をとっても問題ばかり。大変なことだ」

「話を逸らしましたね?」

「さーて、何のことやら」

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