第48話 それが最後の質問だった

「お集まりの淑女の皆様っ! たいっへん長らくお待たせいたしましたっ!」


 一体、何をどうしたらこんなことになるのか。


「現生徒会長にして”黎明の御子ルシファー”ユリア・デイブレイク対、次期”黎明の御子ルシファー”候補筆頭にして反逆の剣姫リベレイテスソフィア・モーニングスター! 世紀の決闘はまもなく開始いたしますっ!!」


 巨大な闘技場を揺らす異様な歓声と熱気に包まれながら、俺は何度目かになる頭痛を堪えようと額に手を当てた。


「応援グッズはこちら! こちらですよーっ! 似顔絵入りの扇っ! 鉢巻っ! ガウン! 更にマナを込めると光る応援杖! それから観戦のお供に、家紋入りのクッキーやお飲み物も揃ってます! 早いもの勝ちですよー!」

「こっちにユリア様の扇を十くださいな!」

「こちらにはクッキーとワインを!」

「ソフィア様のガウンを二十くださる!? サイン入りのものはあるかしら!」

「サイン入りは数量限定ですよっ! 急いで急いで!」


 商魂たくましいどこかの商家が広げた露天に群がるのは、やけに鼻息の荒い女生徒達。


「楽しみですわねっ、あの小生意気な新入生がユリアお姉様にどう許しを請うのか!」

「聞き捨てなりませんねッ! 勝つのはソフィア様! 彼女こそが女学院にはびこる旧弊を廃し、新時代を築かれるのですッ」

「アタシはユリア嬢に金貨七枚ですね。積み上げてきた実績が違いますよ」

「ボクはソフィアさんに九枚賭けたよ。倍率が全然違うもん」


 聞いたところによると、決闘の噂を聞きつけた生徒達がユリア派とソフィア派に分かれて学内で対立を始めたらしい。

 本来的にはモーニングスター家とデイブレイク家の威光を巡る政治的闘争なのだが……なんというか、令嬢個人に対する肩入れが激しすぎる。


「なんでこんなに浮かれてるんだ、この学院の生徒達は……」

「まったくですよっ! あの似顔絵、もうちょっと鼻のところをシュッて描けなかったんでしょうかっ! あと、胸周りもボーンって感じで、もっとセクシー路線にしていただきたかったんですけどっ」


 隣で鼻息を荒くするソフィア嬢を、ちらりと見やる。


「なんでそんなに浮かれているんですか?」

「ほんと、なんででしょうね! どちらのお家の絵師さんが書いたのやらっ」

「あなたのことですよ、ソフィア君」


 ようやくこちらを見た少女は心底驚いた顔で、


「浮かれてなんていませんっ! 例えそのように見えたとしても、今のわたしは常在戦場の心構えですっ」


 むんっ、と徒手空拳を構えてみせた。

 まさかその妙なポーズが、少将から教わったユニークスキルじゃないだろうな。


「今日だけは負ける訳にいかないんです。マリアさんを、守るために」


 不意に滲む、秘めた覚悟。


 ならば負けはしないと思ってしまう。

 例え相手がどれだけ強大であろうと――彼女なら打ち倒せると、信じてしまう。


 それでも一言付け加えたくなるのは、俺が臆病だからか。


「……ユリア嬢は、これまであなたが戦った誰よりも強いかもしれません」


 彼女の戦績は調べた。訓練風景も盗み見た。

 恐ろしいほどの剣技とスキルの精度。

 現“黎明の御子ルシファー”という看板に偽りはなかった。


 クラスは既に上級である剣聖ソードマスターに到達している。

 デイブレイク家のユニークスキルもおそらく習得済みだろう。


 どこにも隙はない。

 少なくとも、俺自身が面と向かって勝てると思えない。


「おそらく向こうは、こちらの隠し玉――少将から教わったユニークスキルのことも予想しているでしょう」


 その上で決闘を承知した。

 どんな技だろうと、ユリア嬢は対処できると踏んでいるのだ。


 それは圧倒的強者の余裕に他ならない。


「……分かってます。勝ち目が全然ないってことは」


 ソフィア嬢の瞳が陰る。

 しかし、目は逸らさなかった。


「だけど、それでも」

「それでも勝ちたいなら。……肩の力を抜きなさい。ソフィア君」


 俺は笑って肩をすくめた。


「誰かのために剣を取れる。それはあなたの優しさです。でも、優しさだけでは勝てない」


 どんな大義も理由も、勝利を保証しない。

 自分よりも遥かに強く大きな相手に立ち向かうのであれば、なおさら。


「どうしても勝ちたいなら。勝たなければならないと思うなら。冷静でいることです。以前に教えたこと、忘れたとは言わせませんよ」


 ……ソフィア嬢は。

 見たことがないほどに呆けた顔で、こちらを見ていた。


 まるで、西から昇る太陽を目にしたかのような。


「わら、った」

「……聞いてますか、ソフィア君?」


 少女の手が小刻みに震えはじめたかと思うと、あっという間に全身を戦慄かせて、


「笑いました! 先生が! 今! 笑いましたよね!? ニコって! あの! 鍛冶屋さんが鍛えた鋼だった先生の! ほっぺたが! クイってなりました! ね! ですよね! 今のもう一回やってください! お願いします先生っ!」


 ぐにぐにと頬を掴まれて、俺は辟易する。


 どうして、このご令嬢はいつになっても俺の話を真面目に聞かないのか。

 そんなに面白くないだろうか。もっとユーモアを散りばめた方がいいだろうか。


「……カズラ先生」


 ふと。

 ソフィア嬢の表情に真剣さが戻る。


「約束してもらえませんか? もし、わたしがユリアさんに勝ったら……」

「勝ったら?」


 まるで瞳を覗き込むように。

 そうすれば何かが分かるとでも言うように、ソフィア嬢は俺の顔を引き寄せて。


「教えてください。先生は、誰に復讐しようとしているのか。どうして、復讐しなければいけないのか」


 その疑問を、彼女はいつから抱えていたのか。

 答えを知ることがどういう意味を持つのか。

 

 俺はもう答えに迷わなかった。

 躊躇う意味は既になかった。


「……いいですよ。お答えしましょう」


 何故ならば。


 この決闘の最中に。

 俺は、アラステア・シリウス=ヴァイスハウプトを殺すと決めていたから。

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