第47話 乙女の誇り
俺の姿を見るなり、マリア嬢はベッドから腰を上げて、
「お、遅いです、カズラ少尉! だ、誰かに、尾行されていませんか? あ、そ、その方は、確か、ソフィアさんの、親衛隊の」
「共犯です。こう見えて口は固いですよ」
「共犯ではありません、あくまで監視役であります」
余計なことを口走るシャーロットを、俺は手振りで黙らせた。
「ほ、本当に大丈夫なんですか? アメリアおばさまに知られたら、それはそれで問題があるんじゃ……」
「落ち着いてください、マリア様。そんな様子ではうまく行くものも行きませんよ」
「で、でも、ですが、その」
マリア嬢は、キョドキョドと視線を踊らせながら、自分のチョーカーを摘む。
「こ、この首飾りを、改造するなんて――ユ、ユリアお姉様が、知ったら、ど、どう思われるか」
迷い。怯え。
自分より強く大きな存在に逆らうことは、確かに恐ろしいだろう。
「……では、マリア様。これからもチョーカーに振り回され続けたいですか? たかが道具のせいで、自分の手を血に染めたいですか?」
「それ、は――仕方の、なかった、ことで」
だが、それより恐ろしいこともある。
「いつか遠くない将来にソフィア君と刃を交えるとき。あなたは彼女を殺した後も、仕方ないで済ませるのですか」
マリア嬢は。
言葉を失った。
「……自分にとって大切な人間も守れないなら、ただの
俺は吐き捨てる。
マリア嬢というより自分自身に向けて。
それから部屋を見渡し、目当ての人物を見つけた。
マリア嬢に探すよう頼んでおいた相手だ。
「あんたがまだ帝都にいてよかった。メイファン・リー」
「用があるならあなたが直接来てよ、
さも疲れたかのように肩を回しながら、女がぼやく。
「次からはそうするよ」
「あら、あなたが
ベッドに腰掛けた彼女――メイファン・リーは、深いスリットの入ったスカートを見せつけるように、足を組み替えた。
その美貌も人をからかうような態度も、最後に会った時――俺が収監される前とまったく変わっていない。
「……カ、カズラ殿? この方は、その……どういうお知り合いで」
「
後方支援クラスの中でも、とびっきり後方に位置する立場だ。
彼女達の仕事は、固有スキルの【
これによって、師弟関係によらないスキルの伝授が可能になる。
特に騎士団のように、早く大量に均質な戦力を作り出すことを必要とする集団では欠かせない存在だ。
一方で機密情報に触れることも多いために、帝国内で発見された
(つまり、アラステアの息がかかった人間がほとんどって訳だ)
デイブレイク家ならば密かに囲っている
よって仕方なく、俺の昔の
「信頼、というのは、つまり……情の通じた関係であると?」
「随分あやふやな表現だな。はっきり言え」
「ええと……メイファン殿はカズラ殿の恋人、ということでありますか」
違う、と俺が切り捨てる前に、メイファンは艶っぽく微笑む。
「ん~、まあそういう時期もあったわねぇ」
「やはりでありますか!」
何故か目を輝かせるシャーロット。
お前、そんな浮かれた奴だったか?
「くだらない話は後にしろ。お前も暇じゃないだろうが、メイファン」
俺が溜息をつくと、メイファンは肩をすくめた。
「何よ、いきなり正騎士の根城に引きずり込んできて、今更それ? 我ら
「……だから余計な話をするなと言ったんだ」
「あら失礼。あたしったら、根が正直なのよね」
特にマリア嬢は顕著だった。
手近な武器――腰に下げていた小剣を掴みながら、むき出しの敵意とともに、
「カズラ少尉! こ、これはっ、どういうことですかっ、ふ、不穏分子と知りながらっ、つ、つつ、通じ合って、いたとはっ」
「俺が紹介すると言ったのは、騎士団の管理下にない
「そっ、そ、それは……」
俺の故郷もそうだし、メイファン・リーの故国も同じだ。
そして俺やメイファンのような帝国以外の土地に生まれた人間――いわゆる異邦人に残された道は二つしかない。
異邦人部隊として擦り切れるまで騎士団に酷使されるか、あるいは亡き祖国の再興を夢見て地下に潜伏するか、だ。
日陰に潜む異邦人達が、過酷な帝国での暮らしの中でお互いを助け合おうと作った組織の一つが
彼らはいつか故国に帰る日を夢見ながら、不当な異邦人差別と戦い続けている。
(というのが、まあ、かなり好意的な説明だ)
マリア嬢のような正統なる帝国臣民に言わせれば――実績としても――彼らは助命の恩を忘れて国家転覆を企む
「重要なのは、このメイファンが腕のいい
「い、いいえっ、し、始祖より受け継ぎしデイブレイクの、名に於いてっ、悪行に手を染めた、恩知らずの異邦人と、と、取引を行うっ、など――」
予想通りの反応とはいえ、面倒なご令嬢だ。
ソフィア嬢と比べても遜色ない。
いや、潔癖で頭でっかちな分だけマリア嬢の方が手がかかるかもしれない。
「同じ質問を繰り返してほしいですか、マリア様。あなたの誇りは一体どこにあるんです? 力を得て誰かを守ること? それとも、ルールとお姉様に従う良い子でいること?」
「え……え、でも、貴族、たるもの……市民の模範、たらなければ……」
またしても言葉に詰まるマリア嬢。
信念の重きを測りかねる少女の横顔に、告げる。
「答えが出たら教えてください。まだ少し時間はあります」
そして俺は、シャーロットとメイファンを伴って部屋を出た。
……高級宿の廊下で正騎士とテロリストに挟まれる。
なんとも奇妙な状況だ。
「……カズラ殿。今、自分は何に巻き込まれているでありますか?」
「ソフィアお嬢様の命令だ。それ以上は聞くな」
もの問いたげなシャーロットの視線をかわすと、自然にメイファンと目が合う。
「変わってないわねぇ、その暑苦しさ。監獄暮らしですっかり飼い慣らされたのかと思ってたわ」
「……うるさい」
からかうように笑ってから、彼女は提げていた蒸留酒の瓶を見せびらかすように掲げた。
透明度の高いガラスが使われ、ラベルには名高い酒蔵のロゴ。
部屋のミニバーに飾ってあった高級酒だ。
「馬鹿野郎。これ以上、お嬢様に嫌われるような真似をするな」
「いいじゃない。未成年には必要ないでしょ?」
勝手に封を開けはじめるメイファンを尻目に、俺は背後の扉に向き直った。
あとはもう、待つしかない。
結局の所、自ら決断することだけがマリア嬢を変える手段なのだから。
あるいは力を得ることよりも、ずっと。
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