第49話 女学院最強を決める戦い

「両者とも、準備はよろしいですね」


 審判を務めるラフネル・アンダーソン教師が、二人が構えた木剣の切っ先を掴む。


「はいっ」

「もちろんよ。ラフネル先生」


 ソフィア嬢とユリア嬢の決意の程を確かめてから、


「この戦いは帝国貴族法に基づいて行われる正式な決闘です。アナスタシア八世陛下の御名において、勝者には事前の契約書に基づく要求を叶える権利を得ます」


 決まり文句を唱えあげる。

 二人が頷く。


「あなたもいいですね。マリア・デイブレイク候補生」

「……承知しました」


 審判の背後――戦う二人を見下ろす位置にある椅子に座るマリア嬢も、首を縦に振った。

 決闘の立会人にして“景品トロフィー”たる少女。


 三人の候補生達――いずれも次代の騎士団の中心となることを期待された名家のご令嬢達。

 それぞれをもう一度見回してから、ラフネル教師は溜息をつき。


「……まったく。怪我しないでね、二人とも」


 冗談めかした一言。

 しかし、ソフィア嬢もユリア嬢も互いから目を逸らそうとはしなかった。


 再び、小さな嘆息。しかるのち。


「――はじめっ!!」


 号令が発された。


 その刹那。

 ソフィア嬢が動いた。


 否、正しくは――ソフィア嬢が防御の構えをとった。

 その動きしか見えなかった・・・・・・


「――――ッ!!」


 彼女の肩から、吹き出す鮮血。

 木剣でつけられたとは思えない切り傷。


「流石ね。これで終わらせるつもりだったのだけど」


 振り抜いた木剣を構え直すユリア嬢は、ソフィア嬢の遥か後方にいた。


 一体いつ、どうやってそこに移動したのか、誰にも分からなかった。

 闘技場には数百の騎士と候補生が集っていたのに、誰一人として。


(……これが、現“黎明の御子ルシファー”の実力、か)


 恐るべきは技の速さだけではない。

 初撃にて的確に相手の急所を狙う冷酷さ。

 それが可能だと判断する戦術眼。


 一切の無駄なく敵を排除する戦い方。


「ねえソフィア。私の動きは見えていたの? 勘で防いだのなら、もう終わりにした方がいいわ」

「……ユリアさんこそ、見ていなかったんですか?」


 裂けた制服の袖を見せつけながら、ソフィア嬢が口角を釣り上げる。


「あなたは、わたしを、仕留めそこなった・・・・・・・・んですよ」


 ふっ――と、微かな吐息とともに。


「流石は、モーニングスター家の女ね」


 再びユリア嬢の姿がかき消えた。


「――――ッ」


 今度は俺にも見えた。

 突進の勢いを載せた強烈な突きがソフィア嬢の鳩尾を貫く。


 かろうじて切っ先と体の間に木剣を挟んでいなければ、ダメージは内蔵まで到達していたかもしれない。


「ご、ぶっ――」


 それでも衝撃に息が詰まるソフィア嬢。

 その首筋を、ユリア嬢の追撃が打ち据える。


 前転してかわし――今度は無慈悲な蹴りがソフィア嬢の体躯をボールのように跳ね上げた。


「ギブアップはいつでも受け入れるわよ」

「――お心遣い、痛み入りますッ」


 飛び上がりながら振るう木剣は、鼻先で回避される。

 同時に肩を打たれる。傷が開く。鮮血が舞う。


「……くぅっ」


 ……あまりにも一方的だ。

 絶対強者が挑戦者を叩き伏せ、自らの秩序をより盤石にしていくような光景。


 だからこそ、闘技場の観客達はますます熱狂する。

 ある者は快哉を叫び、ある者は悲鳴を上げ、ある者は檄を飛ばす。

 建物そのものが揺らいでいるかと錯覚するほどの歓声、嬌声、怒号。


 そのすべてを無視して、俺は自問した。


(何なんだ。ユリア嬢の、あの速さは)


 スキルによる身体強化だけでは説明がつかない。

 マナを使ってあれほどの加速をしたら、肉体の強度が追いつかないはずだ。


(どうすれば打ち破れる。どうしたらソフィア嬢を勝たせられる)


 思わず思考の海に沈みそうになって――


「……見事なユニークスキルだ。そうは思わんかね、カズラ少尉」


 はっと我に返る。


 アラステア・シリウス=ヴァイスハウプトは、背後から俺に刃を突きつけられたまま・・・・・・・・・・・続ける。


「【照耀たる沓シャイニング・グリーヴス】――デイブレイク家の秘伝だ。空間と質量に作用することで肉体の限界を超えた速度を生み出すユニークスキルだよ」


 俺は狂騒に身を潜めることで、すべての警護と監視をかいくぐってアラステアに近づいた。

 そして肩甲骨の間――ちょうど心臓の真裏にナイフをあてがったのだ。


 俺があと少し力を込めれば心臓を一突きにできる。

 だというのに、アラステアはまるで意に介していなかった。


「あのユリア・デイブレイクと剣を交えて、まだ殺されていないソフィア・モーニングスターも素晴らしい才能だ。だが、あの二人がどれだけ傑出した天才だとしても――」


 死など恐れていないかのように。

 滔々と語る。


「彼女達に妖魔ダスクどもは滅ぼせない。この戦争を終わらせることも、世界を救うことも出来はしないのだ」

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