第43話 わたしにはあなたがいる

「……一体、どうして――なんで、決闘なんて馬鹿げた話になったんですか?」


 俺は一言ずつ噛みしめるように、言い含めるように、できることなら言葉を耳から脳までえぐりこみたい気持ちで質問した。


 ……突然打ち切られた特殊連携研究クランの見学。

 訳が分からない俺を無理やり館から引っ張り出したソフィア嬢は、事の次第を教えてくれた。


 マリア嬢の進退を賭けて、ユリア嬢に挑むという。

 女学院最強の騎士候補にして、最も次代の勇者ブレイヴに相応しき乙女に。


 無知、無謀、あるいは傲慢。

 そのすべてかもしれない。どうでもいい。

 予想される結末の無残さに比べれば、大したことはない。


 悪びれないことで定評のあるソフィア嬢も、流石に言葉を選んでいるようだった。


「えっと……どうしてもそうしなきゃって、思って、その……一言で言うなら――勢い、ですかね」


 これ以上ないほどの返答に、思わず膝から崩折れそうになる。

 許されるなら床を転げ回った挙げ句、泣き言の四つや五つぶちまけてやっても良かった。


(勢いって……お前、勢いって)


 もちろん許されない。

 誰よりも俺自身が許さない。


(クソ、アラステアの懐に入り込む絶好のチャンスだったんだぞ)


 マリア嬢のための調査という名目で潜り込み、チョーカーの攻略方法とアラステア自身を殺害する方法を探る。

 そのためにはもう少し時間が必要だった。


 だが、ソフィア嬢とユリア嬢が決闘によってマリア嬢の進退を決定すると言うなら、俺のような家庭教師が出る幕はもう無い。


「あの……怒ってますか、カズラ先生?」


 俺は深く――とんでもなく深い溜息をついてから、


「相手は現“黎明の御子ルシファー”ですよ。女学院で最強の存在――つまりソフィア君が目指すべき、未来の姿です」


 ソフィア嬢に問いかける。


「二年後の自分――いいえ、君が理想とする自分自身・・・・に勝つ自信はありますか?」


 少女は目を瞬かせ、しばらく沈黙する。


 何を考えているのか。

 できれば言い逃れや気を利かせたつもりのジョーク以外が聞きたいが。


「……どうしても、勝たなきゃいけないんです。マリアさんのために」


 ぽつりと漏れたのは、決意だった。

 これまでに一度か二度、聞いたことがあるかというほどに貴重な言葉。


 そして曙光のような瞳が、俺を映す。


「それに、ユリアさんとわたしは違います。だって、ユリアさんのそばにカズラ先生はいなかったんですから」


 胸を刺すような――むず痒いような感覚。

 これがソフィア嬢の魅力カリスマなのか。


「かわいい教え子をむざむざ負けさせたりしないですよねっ、カズラ先生っ」


 あるいは、この真っ直ぐな信頼を裏切らなければいけないという予感のせいなのか。


 分からないまま、俺はもう一度溜息をついた。


「……尊敬する家庭教師に恥をかかせたりはしませんね? かわいい教え子君」


 どうせソフィア嬢の発言は取り消せないのだ。

 俺にできるのは、せいぜいその機会を活かすことだけだ。


「かっ――かわっ、か、かかかか、かわっ、かわいい、ですかっ!? わたしが! かわいい!」

「何を照れてるんですか。自分で言ったんでしょう」


 さっきまでの凛とした気配はどこへやら。

 もごもごと言い募るソフィア嬢を尻目に、俺は思考を巡らせる。


(決闘は一週間後。それまでに、少しでも勝率を高めるには――)


 心当たりは一つある。

 というより、家庭教師の職に就いてから、ずっとあったのだ。

 ただ、実現させる方法が思いつかなかったと言うだけで。


 一番シンプルで、危険で、厄介で、効果が見込める訓練。


(……現役の勇者ブレイヴから、ユニークスキルを学ぶこと)

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