第42話 ソフィアの挑戦状

 その一撃は、まさに神の如く。

 まして二人同時に繰り出してくるとは。


 かわしたというのに――あるいは敢えて外されたというのに、俺は自分の胸に穴が空いていないことが信じられなかった。


 特殊連携研究部、訓練場。

 古い館の裏にある、なんということのない広場だ。

 その中心で俺は名も知らぬ三人の少女と刃を交えていた。


「見事だ、カズラ少尉。今、君がかわした【螺旋突スパイラルチャージ】がこの子達・・・・の再現限界だ」


 言葉とは裏腹に、アラステア大佐はそれほど感心した様子でもなかった。

 すべてが予想通りだとでも言いたげな。


 大佐が指輪をはめた右手を上げると、少女達は戦いの構えを解く。

 明らかに体格にそぐわない長さの槍を下ろし、そのまま静止して。


 しばらくすると、顔つきが戻った――傷つき疲れた少女のものに。


「……驚きましたね。二人は同じスキルを、同じ体勢、同じタイミングで放ってみせた」

「これが、我が白夜部隊ミッドナイツに於いて試験中の新型スキル【白紙上書オーバーライト】――いや」


 アラステアは一度頭を振ってから、


「スキルという呼称はもはや相応しくないな。これはスキルと呼ばれる個人に依存した概念を根本から覆す新たなシステムだ」


 そう断定してみせた。


 【白紙上書オーバーライト】。

 ある個人が持つスキルを、他人に上書きオーバーライトするスキル。

 それは確かに、この帝国を支える血統主義や社会階層を丸ごと塗り替える可能性を秘めた技術だ。


(……騎士団も隠したがる訳だ)


 血統クラスとスキルの絶対性が揺らげば、騎士団中の上下関係や組織はたやすく瓦解する。

 力を得たものを都合よく管理する方法が見つかるまでは、開けっ広げに情報を公開したくないのだろう。


「大佐殿。二三、質問をしてもよいですか?」

「構わんぞ。カズラ少尉」


 言いながら、俺は膝をついて被験者の一人に手を差し伸べたが、彼女は手を取る余裕もないほど疲弊していた。

 これが身の丈に合わない大きな力を得た代償か。


 仕方なく視線だけをアラステアに戻す。


「この卓越した槍術スキルは、大佐ご自身が身につけたものですか? それを他の騎士に配っていると?」

「否だ」

「では、大佐はあくまで指揮とマナの中継役であり、力の源ソースとなる騎士が別にいらっしゃるということですね」


 アラステアは頷き、


勇者ブレイヴを一人用意し、あとは指揮官と受け皿・・・を用意するだけで無敵の騎士団が出来上がる。それがこのシステムの目指すところだ」


 つまり今はまだ、万能ではない。


 俺は更に質問を重ねる。


「先程、大佐は再現限界と仰っていました。現状の課題はそこですか」

「二つあるうちの一つだ。この特殊連携研究クランに入った者には、限界を超える方法を模索させている」


 腹立たしいほどに実直な回答。


「もう一つは?」

「耐用限界だ」


 アラステアの手が、頬に広がる大きな傷跡に触れた。

 槍でえぐられた跡が一つ、それから火傷がいくつか。


 意味があるのか無いのか――いや、この男は無意味な仕草などしないだろう。


「他者のスキルを再現するのは、肉体的にも精神的にも負荷が伴うのだよ」


 すべての言動に意味があり、すべての行動に目的がある。

 そして意味と目的のためならば手段を選ばない。


 ……俺は被験体の少女に肩を貸しながら、アラステアという男に対して妙な確信を得ていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 カズラ先生が被験者と呼ばれた少女達との戦いを終えたとき。


 わたしは、呼吸をすることさえ忘れていました。


(今のは――あのスキルは……)


 名前も知りません。顔も見たことがありませんでした。

 けれどわたしは、彼女・・を知っていました。


 あの夜。イヴリナ達。一斉に構えた槍。放ったスキル。

 迎え撃ったわたしの剣。

 誰も救えなかった。

 ああすることしかできなかった――弱かったわたし。


 一瞬のうちにたくさんのものが溢れ出して、視界がちかちかと瞬きます。


「実際に見てみて、どう思ったかしら? ソフィア」

「……どう、ですか?」


 ユリアさんは、くすりと笑って、


「あの子達は、この春入ったばかりの新入生よ。我ら特殊連携研究クランには、もっと高いレベルで神槍ディバインランスが使うスキルを再現した子もいるの」


 誇らしげに続けます。


「出自は様々だけど、皆、もとは滑り込みで入学したような低適性者ロークラスばかりよ。それでも、あそこまで優秀な働きができる。アラステア大佐が発見した【白紙上書オーバーライト】スキルのおかげで」


 低適性者ロークラス――お父様は、イヴリナのことをそう呼んでいました。


 イヴリナ達は今はなき理術研究院で『チョーカーを使った実験』に参加していました。

 その結果、驚くほど高度なスキルを身につけた代わりに心を壊してしまい。

 そして二度と笑顔を見せることなく、亡くなりました。


「このシステムがあれば、帝国騎士団は数段レベルアップできるの。そうなれば私達の土地に居座る妖魔ダスクどもを蹴散らし、帝国はこれまで以上に版図を広げられるのよ。もしかしたら私達の世代で、魔王ファルロスを滅ぼせるかもしれない――」


 ユリアさんが続ける言葉は、もうほとんど耳に入っていませんでした。


 気になったのは、実験台にされた少女がつけているチョーカーです。

 訓練のとき、マリアさんもカズラ先生から奪い返そうとしていました。


(あれは……イヴリナと同じもの?)


 だとしたら、マリアさんも。


「……ユリアさん」

「どうしたの、ソフィア?」


 気付けばわたしは、ユリアさんに向き直っていました。


 艶やかな金髪と夕焼け色の瞳を持つ美少女。

 麗しき“黎明の御子ルシファー”。


 女学院最強にして、最も次代の勇者ブレイヴに相応しい方。

 あのマリアさんが尊敬し、付き従うお姉様。


 でも。だからといって。


(この方に――マリアさんは渡せません)


 ユリアさんの目を真っ直ぐに見て、わたしは言いました。


「わたしと決闘してください」


 自分の胸に手を当てながら、


「わたしが勝ったら――マリアさんには、うちのクランに入ってもらいます」


 驚愕、あるいは唖然。


 ……やがて、ユリアさんはくすくすと笑いをこぼし始めました。


「やっぱりあなたも、モーニングスター家なのね。突拍子もなく、強引で、省みることを知らない。あなたのお母様のように」


 優雅な仕草で拳を胸元に添えて。


「このユリア・デイブレイク、あなたの挑戦を受けましょう。その代わり――私が勝ったら、あなたも特殊連携研究クランに入ってもらうわよ。ソフィア」

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