第40話 生徒会長からのサプライズ
「……おい、ワンパン――ソフィア」
「どうしたんです、ルシアさん?」
首を傾げるわたしに、ルシアさんは深い溜め息をついてから、
「いや、どうしたもこうしたも、オマエ……なんで家庭教師を
雑な手付きで示したのは、この部屋全体――わたし達が借りている
聖クリス・テスラ女学院の学生の多くは通常の訓練や講義に加えて、気の合う仲間や同じ系統のクラス適性を持つ生徒同士でクランを結成し、独自の訓練や研究を行います。
これは生徒の自主自律を重んじる女学院の方針であると同時に、生徒同士の交流を活性化することで戦場におけるチームワークを強化し、より総合的な騎士としての能力を磨くものであるとかなんとか……うんぬん。
(折角の機会だし、わたしは読書愛好
同好の士が集まるクランであんなお話やこんなお話をして、優雅で淑女らしいティータイムを満喫しようかな、って思っていたんですが。
(ルシアさんが、ジェーンさんと新しいクランを立ち上げるからオマエも入れ、って言い出して……)
カズラ先生も、二人の向学心を分けてもらったほうが良い、なんて仰るから。
わたしはしぶしぶ、この新設クラン――独立戦闘研究
「……オイ。寝てんのかソフィア」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと回想していました」
「ホンット人の話聞かないよな、オマエ……」
さて、それじゃあどうして部室にカズラ先生がいるのか、というと。
「昨晩の長時間訓練のせいで今日はマリアさんの個人指導がお休みなので。その分、しっかりわたしの面倒を見てもらおうと思いまして」
「その分ってオマエ、一体どういう理屈で……あーもう、オイ、ちゃんと説明してくれよ家庭教師。この摩訶不思議女、アンタが管理責任者だろ」
「買いかぶりですよ、マリア様。俺は哀れな被害者です」
ちょっと二人とも、本人の前で失礼なこと言うのやめてもらっていいですか?
「わたしが甘やかしてもらうデーなんですっ! おはようからおやすみまで付き合ってもらうんですからっ」
「それは……まさかベッドの中まで、ということですの?」
頬を赤く染めながら、ジェーンさん。
わたしはもちろん頷いて、
「もちろん子守唄を歌ってもらいますっ」
「……お願いですからソフィア君を煽らないでください、ジェーン様。この方は本気にするんですよ」
「あら、ごめんあそばせ。わたくし、ついソフィア様の味方をしてしまいますの」
何故か先生はうんざり顔です。
一体どうしてなんでしょう、マリアさんの訓練にはあんなにも一生懸命付き合っているのに。
(先生は、わたしよりマリアさんの方がお気に入りの生徒なんでしょうか)
確かにマリアさんはおしとやかですし、立ち振舞にも気品があって、優雅で控えめで全然気取ったところがなくて、戦いの時も果断で誇り高くて先生のような騎士の隣に立つには相応しいかもしれませんけど――
でも。
わたしにだって良いところの一つや二つ――いいえ、三つや四つぐらい、きっとあるはずです。
……多分。
「失礼。独立戦闘研究
「アァン? 誰だオマ――お、オマ、オマエ……」
耳慣れない声。
珍しく慌てふためくルシアさん。
部室の入り口を振り向くと、そこにはマリアさんにそっくりな女性が立っていました。
「……えっ。ユ、ユユユユユユユッ、ユリア会長っ!? 本物ですの!? ど、どどどどどど、どうしてっ、このような場所にっ!!」
ジェーンさんが、見たことのない動き方で驚いています。
縦ロールが触手みたいにわさわさと。
「ご機嫌よう、ソフィア。入学式以来ね。元気そうで何よりだわ」
「おかげさまで絶好調ですよ、ユリアさんっ」
秋の晴天のごとき微笑みと、草原を吹き抜ける風のごとき美声。
聖クリス・テスラ女学院の全生徒をまとめ上げるリーダーにして憧れの的。
「じ、直で知り合いだったのかよ、ワンパン!」
「ええ、まあ、昔はモーニングスター家とデイブレイク家のお茶会もありましたし、入学式のときもお話しましたから」
「少し会わない間に立派になっていて驚いたわ。昔はもっと、小さくてかわいらしかったのにね」
優しく微笑む彼女こそが、ユリア・デイブレイク生徒会長――マリアさんの実のお姉様です。
流麗な曲線を描くユリアさんの眉が、ふとしかめられました。
視線の先にはカズラ先生。
「あら。男性に校内へ入られては困るわ。世話係であれば、待機棟にいてもらうように――」
「ごめんなさい、ユリアさん。今日は特別講師として、わたしの先生をお招きしているんです」
用意しておいたわたしの言い訳――半分は事実ですけど――に、ユリアさんは何かを思い出したように腕を組み、
「とすると……あなたが噂の少尉殿ね! アメリア少将閣下のお眼鏡にかない、あの戦嫌いのソフィアくんを新入生代表にまで押し上げ、“
えっ、カズラ先生ったら、いつの間にそんな有名人になったんです?
「自分には過ぎた評価です、ユリア様」
「謙遜は不要よ、カズラ少尉! 私も生徒達の先頭を歩む者として、ぜひ一度教えを請いたいと思っていたの!」
固く先生の手を握るユリアさん。
カズラ先生はどことなく居心地が悪そうですけど、ユリアさんは星を見るような尊敬の眼差しです。
え……あれ?
あれあれあれ、えっと、も、もしかしてカズラ先生って……モテるんですか?
まさか、そんな……いや、でも。
そういえば、屋敷のメイドの人達は先生が通るたびチラチラ見たり、こっそり休憩時間にお菓子を分けたりしてましたし、シャーロットさんや親衛隊の方達も先生をやたら訓練に誘ってたりしましたし、さっき学院を歩いているときなんて生徒が何人かこっそり尾行してるな……と思ってましたけど。
(わたし……甘かったんでしょうか)
先生はわたしだけの先生で、いつもそばにいてくれて、これからもずっとわたしの先生でいてくれるんだって、
(そんな風に思ってたのに)
例えばマリアさんみたいな新しい生徒ができたら。
あるいは先生に恋人ができたりしたら。
ううん、それよりも。
先生が――
「――すると、独立戦闘研究
ユリアさんからの質問に。
わたしは我に返りました。
「い、いえ、あとは、マリアさんが登校できるようになったら、ぜひ入っていただこうかと」
あの入試を一緒に突破した四人。
スキルに偏りはあるけれど、一緒にいればお互いに良い刺激を受けられるだろう、とカズラ先生が仰っていたから。
「……今、なんて?」
ユリアさんの完璧な眉が、わずかにしかめられました。
「え? えっと。マリアさんをお誘いしようかと思っています」
「残念だけど――それは認められないわ」
さっきまでの爽やかさとは打って変わって、冷たい宣言。
決定事項を述べるように。
「あの愚妹をしつけるのは、私の役目だもの」
愚妹。愚か。しつける?
……あのマリアさんを?
「
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