第39話 ご令嬢vsご令嬢、仁義なき戦い

「コソコソ隠れるスキルしか無いネズミどもが、貴重な兵糧を食い漁ろうとは!」


 ――いつ頃の記憶か、憶えがなかった。

 少なくとも、まだ宵星部隊ヴェスパーズのみんなが生きていて、俺の傍にはいつも妹のサクヤがついて回っていた時期だろう。


「これは俺達への配給だ。上に確認してみろ」

「黙れ、異邦人が! 正騎士が供与を命じたならば応じるのが貴様ら下賤の務めであろうが!」


 目の前には補給線を断たれ、空腹に苛立つ帝国騎士が三人。

 背後には、俺にしがみつくサクヤ。


「……ごめん、お兄ちゃん。やりすごすつもりだったのに」

「お前のせいじゃない。謝るな」


 彼女の頬にできた痣を見れば、連中に何をされたのかは概ね想像がついた。


 サクヤは決して弱くないが、性根の優しい少女だ。

 反撃に出て正騎士と揉めれば、巡り巡って部隊にも累が及ぶと思ったのだろう。


「……いいか。もう一度だけ警告してやる。物資の割当を確認しろ、お前らの偉大なる部隊長閣下に」

「どうやら教育が足らんようだな――口の聞き方に、気をつけろッ、ドブネズミがッ」


 比べて。

 俺はサクヤほどに思慮深い人間ではなく、心優しい性格でもなかった。


「警告はしたからな。クソ帝国臣民ども」


 顔面を狙って繰り出されたガントレットの一撃を受け流し――そのまま懐へ踏み込むと。

 騎士の踵を、つま先ですくい上げた。


「――んなッ!?」


 見事にひっくり返った正騎士は、後頭部を地面に強打する。

 その鼻面へ、俺の全体重をかけた肘を叩き落としてやる。


「ぶぎゅぉァッ」


 悲鳴ともつかない無様な断末魔とともに、正騎士は昏倒した。


「――き、き、ききき、貴様ァッ!?」


 残る二人が慌てて腰の柄に手を伸ばす。

 その刃が走るより早く、俺は手近な一人に飛びかかった。


 ――最後の一人を、先に倒れていた二人の上に投げ落とすと、腰を下ろして椅子代わりにしてやる。


 前歯が折れた正騎士の一人が、口からドバドバと血を流しながらわめく。


「ギ、貴様ァッ、我々にこんなことをして、ただで済むと――」

「偉大なる部隊長閣下にチクるか? たかが異邦人のガキ一人に三人がかりでノされました、我々のような無能では仕返し一つ満足にできません、と。閣下は大層お怒りになるだろうな。おお、怖い怖い」

「む――ぐぐぐぅ」


 俺は大げさに言ってから、顔が腫れ始めた騎士を見下ろした。


「良い事を思いついた。しっぺ返しを食らう前に、お前らを縛り上げて妖魔ダスクの縄張りに捨ててくるか。俺達斥候部隊スカウトの得意分野だぞ。死体を隠す手間も省けるし、ちょうどいいな」

「なッ、き、ききき、貴様ッ、そ、それはッ、いッ、いくらなんでもッ、やっていいことと悪いことが――ぼギャッ」


 踵を喰らわせる。

 さらに汚い血を吹く騎士。


「なら。異邦人の女から食料を取り上げるのは――俺の妹に手を出すのは、やっていいこと・・・・・・・なのか?」


 それから先、騎士どもがどんな言い訳を披露したのか、あまり憶えていない。

 醜くわめく連中の顔がぼやけてきて、俺を止めるサクヤの声も遠くなって、すべてが白く溶けていって――


「――――!」


 チョーカーをむしり取ろうとする白い手を寸前でかわしながら、俺は閉じていた瞼・・・・・・を開いた。


(本当に、恐ろしい執念だな)


 とうに日付が変わり、もはや黄昏よりも曙光が近いほどの夜更け。


 俺は相変わらずデイブレイク邸の訓練室にいた。

 マリア嬢も、また。


「……今のは、絶対に、寝入っていた、と、思った、のに……」


 放課後に始まったチョーカーの争奪戦は、未だに続いている。


 常人だったらとっくに体力も気力も限界を迎えているだろう。

 実際、何度か休憩は挟んでいた――俺も、隙を見て仮眠を取っていた――が、それでもマリア嬢の闘志が尽きることはなかった。


 ここまで来ると、異常と言ってもいい執念だ。


「【夜警ナイツウォッチ】という常時発動パッシブスキルですよ。眠っていても、周囲の動きを察知できるんです」

「涼しい、顔で……!」


 汗が滴る頬には疲労の色が濃い。

 眠気と戦っているせいだろう、目も血走り始めている。


「病み上がりの身体に長時間の訓練は堪えるでしょう。そろそろ切り上げませんか」

「だったらっ! 首飾りをっ、返してっ!」


 一体このチョーカーにどれほどの魅力があるのか。

 依存性を高めるような仕掛けでもあるのだろうか。


(いや……違うな)


 おそらくは、マリア嬢自身の意志。

 度々口にしている通り、“黎明の御子ルシファー”である姉のような存在になりたいという強迫観念だ。


 そのためなら手段を選ぶつもりはない、という固い決意。

 例え他人のスキルを借り受けようと――普通の騎士ならば絶対に認めない方法でも。


(だとしたら、別のやり方を取るか)


 隠された素質を引き出していくソフィア嬢への教え方とは違う。

 マリア嬢には、マリア嬢に相応しいレッスン。


「マリア様。お尋ねしますが――あなたの周囲で、口が固く信頼の置ける分析士アナライザーはいますか?」

「……えっ?」


 じりじりと突進のタイミングを伺っていたマリア嬢が虚を突かれた、その時。


「――カズラ先生っ! マリアさんっ!!」


 どばんっ!


 ひしゃげるほどの勢いで、訓練室の扉が開かれた。


「……夜更しは身体によくありませんよ、ソフィア君」

「いくらなんでも遅すぎますよ二人ともっ! 窓見てくださいっ! もう朝ですっ!」


 激しい寝癖と口元のよだれを煌めかせながら、ソフィア嬢が噛み付いてくる。

 相変わらず眠気には勝てないんだな。


「言ったでしょう、授業に口を挟むなと」

「言われました! 確かに言われましたけど、でもやっぱり我慢できませんでしたっ!」


 どんなにアホらしい主張も、彼女が堂々と叫べば妙に説得力が出るものだ。

 それともこれが勇者のカリスマという奴なのか。


「だって若くて健康な男女を一晩同じ部屋に閉じ込めておくなんて、そんなの不健全ですっ、破廉恥ですよっ! 例え戦女神が許してもこのわたしが許しませんっ! この! わたしが!」

「二回言いましたね」


 無駄に胸を張り、無駄に自分を示すソフィア嬢。

 本当にどこから湧いてくるんだ、この情熱は。


「……あの、ソフィアさん。今は、まだ……私の時間、ですよ」


 思わず。

 俺はマリア嬢を振り向いた。ソフィア嬢と同じような驚きの表情で。


「少尉が持っている、首飾りを取り返すまでは……終われませんから」


 まさか、あの引っ込み思案のご令嬢にこんな主張ができるとは。


「でっ、でも! カズラ先生はわたしの先生ですっ」

「ご紹介、してくださったのは、感謝してます……ただ、今は、お返し、できないんです」

「もう十分じゃないですかっ! わたし、今日は先生と全然お話してないですしっ、夕食も一緒に取ってないですしっ、食後にデザートを摘みながら他愛のないおしゃべりしたり、寝る前にお茶を飲みながらお話もしていないですし、目覚めたときのおはようも言ってないんですよっ!?」


 支離滅裂に切り返すソフィア嬢。

 どうでもいいが、他愛のないおしゃべりとか言っているやつ、それ全部講義だからな。

 

 マリア嬢も思わず訝しげに眉をひそめながら、


「い――いつも、そんな、身近に、少尉を置いて……?」

「先生は、わたしの先生で護衛なんですからっ、当然じゃないですかっ」

「と、ととと、当然、じゃありませんよ……っ。ソ、ソフィアさんこそ、不健全、です!」

「マリアさんに言われたくありません! 密室で一夜を明かすなんてっ! この、その、あの……エッチ! エッチ令嬢!」


 言い合いの方向性がおかしくなってきた。

 二人とも、慣れない徹夜で頭が回らなくなっているのか。


「分かりました。今回の訓練は終わりにしましょう。チョーカーはお返しします、マリア様――」

「い、いいえっ、私は諦めません、絶対に、この手で、奪い、ます!」

「そうはいきませんよマリアさんっ! 先生を取り戻すのはこのわたしですっ!」


 だからなんで君達がぶつかり合う方向に行くんだ。

 実は仲が悪いんじゃないのか?


「マリアさんのことは大好きです――でも、先生は譲れませんっ!」

「わ、私だって、絶対に、首飾りは、諦めませんから!」


 噛み合わない信念。

 心なしか目をぐるぐるさせながら、ソフィア嬢とマリア嬢が床を蹴る。


「ええぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」

「ったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 二人の拳がぶつかり合う寸前。


「だから――終わりだと言ったでしょう」


 足払いをかける。


「にぎゃっ」

「ふむぎゅっ」


 悲鳴とともに訓練室の床へ叩きつけられ、そのまま昏倒する二人。

 見下ろして、俺は独り溜め息をついた。


「……ちょっとやりすぎたな」


 二人とも、すまない。

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