第31話 少女達の戦い
周囲は元より刺された当人にすら気付かせない秘密の一撃。
最小限の力で最大限の成果を得るための、最も合理的な方法。
――【
一瞬の沈黙。
しかるのち、
「――――ッ!!」
言葉なき絶叫――人ならぬ怪物の断末魔。
それは広間全体を揺さぶるほどの大音響だった。
「こ――これは一体ッ、何故……だッ、誰です、お前はッ!? いつからそこに!?」
レベード試験官は、ここに至ってようやく俺の存在を認識したようだ。
「俺よりも目の前の相手に集中したほうがいいぞ、試験官殿」
虚を突かれた女騎士が、振り向いたとき。
枯れ始めた蔦や根を刈り取るようにしながら、既にソフィア嬢は走り込んでいた。
「やぁぁぁぁぁぁッ」
「チッ――問答無用とは、流石は
「だったらっ! わたし達を騙してっ、マリアさんとジェーンさんを誘拐した罪を、認めてくださいっ!」
ソフィア嬢が放った剣撃を、レベード試験官は難なく防いだ。
同時に体重を移動させて相手の死角に入ると、すぐさま反撃を繰り出していく。
「――くぅっ!」
「ふんッ、いくらトップクラスとはいえッ、所詮はッ、受験生レベルッ! 井の中の、蛙ですよッ!」
かろうじて刃を受け止めるソフィア嬢。
レベード試験官の淀まず止まらない太刀筋の前に、さしものご令嬢も後退せざるを得ない。
(強いな。伊達に試験官をやっている訳ではなさそうだ)
だが。
防戦の中でも、ソフィア嬢の赤い瞳は炯々と輝き続けている。
(なら、問題ない)
対人試合の時と同じ眼だ。
相手の体を見取り、呼吸を読み、技を盗もうとしている。
彼女が持つ最大の武器。
学び取る力。
ある意味、
(俺は自分の役目を果たしますよ――
――周囲の植物型
ツタは萎れ根は崩れ、花は腐り枝は乾いて折れる。
魔王ファルロスから供給される
俺は最上級の移動スキル【
宙吊りにされたジェーン嬢とマリア嬢の元へと跳んだ。
メリメリと音を立てながら、少女達を捕らえていた根が裂けていく。
意識をなくしたまま落下すれば、二人とも死は免れない。
間に合うか。
(――こ、の――ッ)
二人の身体が宙へ解き放たれる――その寸前に。
手を伸ばし、しっかと抱きかかえる。
「――……ひ、あっ!?」
「黙っていてください、舌を噛みますよッ!」
勢いを殺すために宙返りをうちながら、何本かの立木と根を足蹴にして。
それでも二人分の荷重には勝てず、俺は無様に背中から叩きつけられた。
衝撃に息が詰まる。
「オイッ、大丈夫かよ覆面の兄ちゃん!」
「俺は……いいからッ、二人を連れて撤退をッ」
足を引きずりながらヨタヨタと駆けてきたルシア嬢に、マリア嬢とジェーン嬢を押し付ける。
「お、おう! オラ、立て、ジェーン!」
「ええ、はい、あの……かしこまり、ましたわ、ルシア様」
ジェーン嬢に肩を貸しながらルシア嬢が手を伸ばす。
「ああ、クソ、脚、めちゃくちゃ痛ぇな! マリア、オマエ自分で歩けるか!?」
「い、え――ソフィア、さんが……まだ、戦っているのに」
額を抑えながらマリア嬢が立ち上がる。
「ここで、背中を見せては――デ、デイブレイク家の、名折れ、です」
「仲間想いなのは結構なことです、マリア嬢。ですが、マナを吸われた状態では足手まといになるだけ――」
俺の忠告に頭を振って応えると、
「だい、じょうぶ……まだ、
マリア嬢が首元のチョーカーに触れた。
(それは……)
ローズが身につけていたものと同じ。
俺は咄嗟に【
「わ、私だって――お姉様みたいに、デイブレイクを名乗れるんです……ッ」
マリア嬢がマナを僅かにチョーカーへ注いだ。
その瞬間。
「――――ッ!?」
チョーカーから溢れたマナが、彼女の
(なんだ……スキル、なのか?)
まるでチョーカー自体がスキルを発動し、マリア嬢に力を与えているかのような。
しかしマナは生命エネルギーだ。
一時的に無機物に宿ることはあっても、さらに自律してスキルを発動することなどありえない。
(だとすると、これは――)
少女の白く淡い頬から色が失われていく。
朝焼けに似た紫苑の瞳が、冷たく透き通る。
「――さあッ! 終わりです、
「――――っ!」
叫びに、意識を戻すと。
気合とともにレベード試験官が繰り出した【
鋼鉄の胸当てが吹き飛び、鮮血が舞う。
手から滑り落ちた剣が木の根に突き立った。
(いや――まだだ)
ダンジョンに足を踏み入れる前のソフィア嬢だったら、ここで死んでいただろう。
だが、レベード試験官の太刀を一つかわすごとにソフィア嬢の動きは精度を増していた。
そして何よりも、
(実戦の緊張感、殺意への防御反応――)
あるいは。
友を傷つけられたことへの怒り。
「――わたし……まだ――負けてませんっ!」
マナによって錬成された無形の斬撃は確かにソフィア嬢の肌を裂き、肉を断った。
しかし、
「ならばッ! これが引導ですッ」
それを見抜けない試験官は、最後の一閃を振るおうとするが。
「――させませんよ」
それよりも早く、マリア嬢が踏み込んでいた。
影すら取り残す猛烈な突進――対人試合でも見せた渾身の【
「チッ――邪魔ですね」
レベード試験官は冷静にかわす。
しかしマリア嬢の槍は、流水の如き軌道で追いすがる。
「よくも好き放題やってくれましたね、
「傲慢な――たかが、受験生の分際――でっ!?」
試験官の剣と少女の槍が数合。
驚くべきか否か――力の差は歴然としていた。
「教えてあげます――格の違いというものを」
「黙れッ、至上主義者がッ」
鋭い突きからの流れるような【
マリア嬢の技はすべて、華麗でありながら殺意に裏打ちされた緻密な攻勢だった。
「背後をッ、取らせは――」
レベード試験官が振り向いた時、既にマリア嬢は技の準備を終えている。
試験官は果敢にも斬りつけるが、
「終わりです」
刹那、槍の穂先がブレた――
(【
三度の突きが一度に見えるほどの速さで、最大限に練り上げられたマナを刳りこむ絶技だ。
回避はもちろん、ドラゴンの鱗すら貫く威力を前には防御も不可能。
そんな技を、人間が真っ向から喰らえばどうなるか。
「――ぷばァッ」
水袋が裂けるような、間の抜けた音と共に。
試験官が弾け飛んだ。
人の体だったものが、一瞬にして肉塊に変わる。
触手のように広がった血と臓物が、マリア嬢の全身を赤黒く染め上げた。
しかし、彼女は槍を突き出したまま微動だにしない。
(圧倒的だ。圧倒的、すぎる)
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
あまりにも鮮やか過ぎる手並みが現実感を失わせていた。
「……マリア――さん……?」
やがてソフィア嬢が沈黙を破った時。
誰の目から見ても明らかなほど、マリア嬢の槍が震えていた。
(動揺している、のか)
あの無造作な殺意はいつの間にか消え失せて。
そこにはただ、自分が為した所業に怯える少女がいた。
「……か、勝ちました。で、ですよね……ソフィアさん?」
「あの……マリアさん、まずは顔を拭きましょう。お洋服も、変えないと」
振り向いたマリア嬢は、笑っていた。
目を見開き口角を吊り上げ、暴れる肺から必死に息を絞り出す姿を、他にどう評すればいいのか。
顔を赤黒く染めたまま少女が叫ぶ。
「わっ、私がっ、勝ちましたっ! 実戦で! 皆さんを、守ったんです! 国を守り民を導くデイブレイク家の一員としてッ! 私が――この手でッ‼」
彼女に応えるものは、誰もいなかった。
ご令嬢達も俺も――無残に弾け飛んだ、試験官の遺体も。
何を言えばいいのか、分からないままに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして少女達は主席入学の座を勝ち取った。
ある意味で史上最も華々しく、聖クリス・テスラ女学院での生活を始めたのだった。
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