第30話 その名は汎勇者育成連盟

 正確には、“深緑の塊根ディープ・グリーン・ルート”はダンジョンではない。

 つまり屋根と壁と床があり、侵入者に対する悪意を持って造られた迷宮ではなく。


 とある巨大化した樹妖精トレントなのだ。


(ここは、巨大な妖魔ダスクの腹の中だ)


 植物型妖魔ダスクは、巨大化するにつれて動きも思考も緩慢になっていく。

 大半の個体は肥大化の途中で枯死するか他の妖魔ダスクの餌になるか、あるいは討伐されるが。

 運と環境に恵まれた個体が際限なく成長を続けた結果、建造物と見紛うほどに肥大化する。


(その一つが“深緑の塊根ディープ・グリーン・ルート”という訳だ)


 よって、このダンジョンのボス――魔王から供給され続ける暗黒物質ダークマターを周辺環境に拡散する核は、個体の妖魔ダスクではなく暗黒結晶ダーク・スフィアそのものだ。


「……なんつうデカさだよ」


 呆然と呟くルシア嬢。


(まったく同感だ)


 その広間を形作る植物群は、これまでの通路や部屋とは段違いの密度で絡み合っていた。

 天井の中心から降りている無数の根が、巨大な漆黒の球体ダーク・スフィアを中空で支えている。


 目測で、軽く人間二人分の直径はある。

 どれほどの暗黒物質ダークマターが蓄積すれば、ここまでの大きさになるのか。


「――離れ、なさいっ、この下等生物!」

「あれは――レベード試験官ですっ」


 ソフィア嬢が示した先には、蠢く枝葉を切り払う女騎士――レベード試験官がいた。


 一人にしてはかなり善戦しているようだが、いかんせん相手は迷宮の主だ。

 少女達を置き去りにして早々に脱出、とはいかなかったらしい。


「マリアとジェーンの奴は――」

「あそこ! 誰か吊るされてますッ!」


 ダーク・スフィアの周囲でざわめきうねり狂う無数の根。

 その一部に吊るし上げられた人影。


「――おふたり、とも――お、に……げに――なって……」


 ジェーン嬢の輝く縦ロールは、遠目からでもはっきりと分かった。

 とすると、彼女と背中合わせで絡め取られているのがマリア嬢だろう。


 マリア嬢は沈黙したまま――まだ生きているか、ここからでは分からない。


(マナが枯渇する前に、彼女達を開放しなければ)


 先程のローズのように、人喰い植物どもの餌食になってしまう。


 残された時間は短い。

 俺は背負ったルシア嬢を降ろし、すぐさま行動に移る。


「――何故、お前達がここに?」


 少女達の到着に気付いたレベード試験官が、襲い来る食人植物を斬り裂きながら問う。


「質問があるのはこっちだ、クソ試験官ッ! なんでマリアとジェーンがこんなとこで吊るされてんだッ!」


 ルシアは吼える。

 折れた脚をかばいながら、気丈にも。


「二人が望んで、ここまでやってきたのですよ。受験生ソフィアと受験生ルシアの遺志を継ぎたいとね」

「そんなの嘘ですっ! 二人を襲って、無理やり連れてきたんでしょう!? ここまで二人を引きずってきた痕跡が残っていましたよっ」


 ソフィア嬢が叫ぶ。

 その横顔に宿る怒り。

 これまで見たことがないほど真っ直ぐで激しい感情。


 ――彼女にも、こんな表情ができるとは。


「チッ。少しは頭が使ったようですね。暴力と蹂躙にしか興味がない血統クラス至上主義者が」


 聞くに堪えない雑言とともに、レベード試験官が唾を吐く。

 なるほど、これが正体か。


「大人しく罪を認めて剣を捨ててくださいっ、レベード試験官! そうすれば――」

「罰を免じてやる、ですか? いつから帝国の法は子供の玩具に成り下がったのです」


 女騎士は、憎々しげに頬を歪めた。


(……血統クラス至上主義者なんて言葉を使うのは――汎勇者育成連盟オール・ブレイバーズの連中か)


 人は誰でも勇者ブレイヴになれる――そんな甘ったるい理想と、血統クラスによる盤石の支配体制を築く貴族社会の狭間で生まれた歪み。

 希少血統レアクラスを有する貴族を暗殺することで、より多くの人々が勇者ブレイヴになる機会が得られるという狂った信念を囚われたテロリスト。


 誰よりも自分達が金と栄誉と劣等感に囚われ、妖魔ダスクの脅威を忘れた愚か者の集団。

 それが汎勇者育成連盟オール・ブレイバーズだ。


(正騎士にも協力者がいるとは聞いていたが、まさかこんな中枢に潜り込んでいるとはな)


 名高き聖クリス・テスラ女学院といえど、甘い理想と劣等感に耐えられない者もいるということか。


「るせェ、何様だテメェ!」

「口の聞き方に気をつけなさい、血統クラス以外に取り柄のないクズが。お前達のような親の七光が学院の風紀を乱し、学生全体の士気を落とし、引いては騎士団の質を下げるのですッ!」


 レベード試験官は見事な【回転斬りワールスラッシュ】で周囲の食人植物を切り裂いてみせた。

 その立ち回りから見て、おそらく彼女のクラスは俊剣士クイックフェンサーだろう。


(確かに、平凡な生まれでも辿り着ける中級クラスだな)


 とはいえ並の腕前で試験官は務まらない。

 いざとなれば四人を抱えて一人でダンジョンから脱出しなければならないのだから。


 果たして今のソフィア嬢一人で相手ができるか。

 ルシア嬢の脚が治りきっていれば良かったが。


「血統だのなんだのうるせーバカ! 文句があんなら正面切って来いや、相手ンなんぞオラッ」

「足の骨がまだくっついてないのに、よくそんなこと言えますねルシアさん」

「アホ! 敵の前でバラしてどーすんだッ!」


 ……この連携の悪さでは、傷が治ってもまだ不安が残る。


 いずれにせよ。


(レベード試験官と真っ向から張り合う必要など、無い)


 騎士の誇りもご令嬢達の闘志もテロリスト共の大義も。

 どれもこれも、俺にとっては隠れ蓑に過ぎない。


打ち合わせ通り・・・・・・・時間を稼いでくれよ、二人とも)


 俺はただ彼女達の影で、為すべきことを為すだけ。


「ちょうどいい機会です、お前達もまとめて妖魔ダスクの餌に――クッ、邪魔な化け物めッ! 失せろ!」

「へっ、余裕かますんなら、このデッカイ妖魔ダスクどもを手懐けてからにしやが――うおッ、あっぶねえ!」

「もうっ、前に出ないでくださいルシアさんっ、また怪我しますよっ!」


 女騎士はもちろん少女達も喰らおうとねじれ蠢く植物型妖魔ダスクが、両者の動きを止めている間に。


 準備は終わった。


 ――宙に吊るされた大きな漆黒の球体ダーク・スフィア

 それに足をかけてから【隠身カクレミ】を解くと。


 俺は、完全なる【不意打ちバックスタブ】を仕掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る