第29話 戦うために生まれた少女

 ――アタシの名前はルシア。

 ただのルシアだ。


 ぶっちゃけた話、ドーンコーラスって家名がついたのは最近のことだ。

 本家が育てた期待の勇者ブレイヴ候補を現当主の目の前で叩きのめして、ようやく勝ち取った。


 それまでのアタシは分家に生まれた予備というか保険というかオマケというか、そんな存在だった。


 母は血統クラスが開花しなかった“うつわ”だ。

 父親は知らない――というか、分からない。


 母の夫は本家筋から充てがわれた優秀な血統クラスの若い騎士だったらしいが、戦場であっさりと死んでしまった。

 夫が生きているうちから愛人が何人もいて、誰もが父親の可能性があるらしい。


 実際のところ、母は真面目に後継を育てるつもりはなかったのだ。

 血統を残すという名目で本家からの援助を受けながら、悠々自適に暮らせればそれで良かったのだそうだ。


 そんな話を愛人のひとり――アタシと大差ないガキから聞かされて、アタシは母を心の底から軽蔑するようになった。


(いつも誰かに依存して、誰かに言い訳してる生き方なんてクソ喰らえだ)


 だから自分を鍛えた。

 あてがわれた家庭教師をぶちのめし、帝都にある民間の訓練施設を荒らして回った。

 噂を聞きつけた師匠――最強の騎士オードレナ・メテオライトにボコられてからは、あの人をぶっ倒すことを目標にして。


(アタシは生きるんだ。誰にも頼らず、たった一人でも)


 そのために誰よりも強くなる。


(そう思ってたのに)


 ……声が聞こえる。

 やけに能天気そうな女の声と、刃物みたいに冷たい男の声。


「あのっ、本当にこっちであってるんですかっ?」

「【追跡サーチ】スキルです。血の跡と足跡、それに枝葉の擦れ具合から推測するんですよ。試験官の騎士が一人を背負い、もう一人を引きずりながらこちらへ移動しています」


 自分が、何か温かいものに密着しているのが分かった。

 ゴツゴツとしているのに柔らかい、まるで人肌のような。


「もう少し移動速度をあげますよ。でないと彼女達に追いつけない」

「こんな根っこだらけのところ、走れませんよぅっ」

「なら俺の手を取って」

「えっ、でっ、え、でもそれは、なんかちょっと、恥ずかしいです……」


 その辺りでアタシは目を覚ました。

 同時に、身体中が痛みを訴えていることにも気付いた。


「……どういう、状況だ?」

「あっ、目を覚ましたんですねルシアさんっ!」


 まず視界に飛び込んできたのは、赤い眼をした美少女。

 ただし表情がアホっぽい。


「大変なんですっ、マリアさんとジェーンさんも何かに襲われて怪我をしたみたいでっ、試験官の方が安全な場所まで運んでいるみたいなんですけどっ、もしかすると試験官の方も混乱しているかもしれなくてっ、というのは進路がおかしいというか浅層じゃなくて一番奥のボスゾーンに向かっているらしくですねっ」


 話が長いし早口だし、よく分からねえ。

 このソフィアってヤツは頭が切れるし腕っぷしも立つんだけど、どうも変なんだよな。


「傷は痛みますか、ルシア嬢」

「折れた足はまだヤバいが、それ以外は大したことねぇ」

「骨の再生は最高級の回復薬でも時間がかかります。無理をすると後遺症が残りますから、しばらくは動かないでください」


 知らない男と話しながら。

 アタシは、自分がおかしな状況にあることに気付いた。


 ほとんど裸みたいなボロボロの格好で、黒い覆面をした男に背負われているのだ。


(……え、なんで?)


 ヤバくね?

 つかコイツ、アタシのナマ乳を背中に当ててんじゃねーか!

 フザけんなッ、アタシの乳は安かねーぞ!


「な、オイ、クソ、アンタ誰だよ! なあワンパン、説明しろよッ!」

「ルシアさんっ、この方はなんとですね――」

「通りすがりの斥候スカウトです。このお嬢様とは一切関係ありません」


 関係ない割にやたら息が合っているように見えんだけど。


「ワンパン、アタシをコイツに売ったんじゃねーだろーな!」

「先生に失礼なこと言わないでくださいっ! この方はいつもわたしを助けてくれる――」

「先生ではありません。通りすがりです」


 ……そうか。

 大体、状況が分かったぞ。


 この男、例の家庭教師だな。

 ソフィアのことが不安でダンジョンまでついてきてたのか。

 コイツ、ほっとくと何やらかすか分かんねーからな。


(でも手伝ったのがバレると試験がパーになるから、すっとぼけてる訳か)


 マジでめちゃくちゃ甘やかされてんな、ソフィアのヤツ。


(てかこの男、甘すぎだろ。本当にデキるヤツなのかよ?)


 アタシの師匠が認めたんだから、まあ大丈夫なんだと思うけど……


 ともかく、


「……悪ぃ。アンタが誰であれ、アタシとコイツを助けてくれたのはマジみてーだな。礼を言っとくぜ」

「いえ。……もう少し早く介入すべきだったと思っていますよ」


 声色こそ冷静に聞こえたけれど。

 肩越しに見えた横顔は、本気で申し訳なさそうだった。


 へぇ。無表情なヤツだと思ったのに、そういう顔すんのかよ。


「あのっ、ルシアさんっ! わたしも、その、ごめんなさいっ!」

「ハァ? 何がだよ」

「わたしのスキルが下手だったせいで、ルシアさんをバグズの群れに落としてしまって――」


 ああ、そのことか。


「まあ確かに、しばらく虫は見たくねーけど」

「本当にごめんなさい、わたしがもっとちゃんとスキルを扱えてたら、ルシアさんに怪我をさせずに済んだのに」


 アタシは首を振った。


「ちげェよ。オマエの奥の手・・・をアテにしたのはアタシだ。だから、こうなったのもアタシの責任だ」


 そもそもアタシがもっと強ければ、あんなクソ虫どもに負けずに済んだんだ。

 畜生、思い出したらドンドン腹が立ってきたぞ。


「いつか絶対叩き潰してやるからな、あの虫ども」


 噛み潰すように呟くと。


 ソフィアが大きな目を見開いて、アタシを見ていた。


「……ルシアさんって」

「なんだよ、文句でもあんのか」

「いえ、なんていうか……良い人なんですね。思ってたより、ずっと」


 オマエ、アタシのことなんだと思ってたんだよ。


「えっ。じぶんかっ――マイペースな方だなあ、って」

「オマエに言われたくねーよ。つか今、自分勝手って言おうとしてたろ」


 ぶるんぶるんと首を振るソフィア。

 ご自慢の銀髪が顔に当たるんだけど。いてーよ。


「そんなことないですっ、ルシアさんはとってもすごい人ですっ! ねっ、先生?」

「素晴らしい向上心と闘志ですね。やる気が底をついてるどこかのお嬢様は爪の垢を煎じて飲ませてもらえばいいんじゃないでしょうか」


 おっ、ちょ、いきなり褒めんなよ、照れるだろうが。

 てか師匠ですらそんな褒めてくれたことねーぞ。


「あれっ? 先生? なんでわたしの味方してくれないんです!? もしかしておっぱいですか? 背中に当たってるルシアさんのおっぱいが大きくて柔らかくて気持ちいいから甘やかしてるんですかっ!?」


 やめろ思い出させるんじゃねえ! 恥ずかしいだろうが!

 アタシだって好きで押し付けてる訳じゃねえんだよ!


「先生はおっぱいが大きかったら誰でもいいんですかっ!? お母様でもロゼリア叔母様でもっ!?」

「……どうやら試験官は混乱している訳ではなさそうですね。足跡に迷いがない。地図を確認しながら、まっすぐ最奥に向かっています」

「先生はわたしだけを甘やかしてくれる白馬の王子様じゃないんですかっ!? ねえ先生っ!」


 おいやめろソフィア!

 先生(?)をガクガク揺さぶるな、余計に胸が当たっちまうだろうが!


「――てか待てよ、ええと……先生じゃないヤツ。どういうことだ?」


 試験官は負傷したマリアとジェーンを連れてるんだよな?


「なのに、なんで試験官のヤロウは安全地帯に移動して救援部隊を呼ばない? 壊滅した受験生パーティを地上まで連れ戻すのがヤツの仕事じゃねーのか」

「鋭い指摘ですね。どこかのお嬢様にも見習ってもらいたいものです」

「あーっ! またヒイキですっ! わたしスネちゃいますよ先生っ!」


 わーわーと喚き続けるソフィアの唇に、先生ではない男が人差し指を押し当てる。


「静かに。ソフィア君」


 瞬間。

 ピタリとソフィアが動きを止めた。


「…………!!」


 その後、爆発しそうなほどの赤面。

 まあアタシでもそうなる。


 つかこの男マジで何なんだ? 狙ってやってんのか天然なのか。

 天然だとしたら最悪だぞ。


「移動スピードを上げます。ついてきてください、ソフィア君」


 ソフィアは口を切るが何一つ言葉にできず、ただコクコクと頷く。


「おい、結局どういうことなんだよ」

「予想よりずっとマズい事態だということです」


 男が走り出す――これまでよりも遥かに速く。


「二部試験そのものが、君達を殺すための罠だったのかもしれない」

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