第28話 白馬の王子様には程遠いけれど
植物系のダンジョンでは頻出する
主な武器は酸性の唾液と強靭な顎、そして圧倒的な個体数。
硬い外骨格が擦れる独特の音や大きな羽音は威嚇にも高い効果を持ち、特に実践経験の浅い騎士や冒険者は対面しただけでパニックに陥ることもある。
(だが、コイツも対処方法が分かっていれば、それほど難しい相手じゃない)
つまり、どれだけ大きく硬かろうと。
(所詮は虫――知能はそれほど高くないッ)
――落とし穴に飛び込みがてら、俺はソフィア嬢めがけて泥団子を【
「――きゃっ!? なんですっ、この泥――なんか変な匂いがしますぅっ!?」
マナの障壁に叩きつけられた団子が破裂すると。
鼻をつく
同時に、蠢くバグズがピタリと動きを止めた。
「……えっ? あれ? なんで――」
先程までとは打って変わって、やけに弱々しい羽音を奏でながら甲虫達が後退していく。
(デス・ネペンテシスの
デス・ネペンテシスは自身の存在を主張して、他の
知能が高くない
罠を解除していく中で、念の為に【
「いいから集中しなさい! スキルの制御を取り戻して――マナを収束させるんです!」
「はっ、えっ、その声、カズラせんせ――あっ、あのッ! ルシアさんが、まだバグズの群れの中に!」
「俺が助けます! ソフィア君は制御を!」
ソフィア嬢が固く瞼閉じて、スキルの制御を取り戻そうとしている間に。
俺は後退を始めたバグズ達を蹴散らしながら、ルシア嬢を探し当てた。
「おい、返事をしろ! 生きてるか!?」
「……う……あ、ああ……」
防具は酸に焼かれ、美しかった肌は広範囲に渡って焼けただれている。足も折れているようだ。
だが、致命傷は見当たらない。
バグズは体内で作用する類の毒を持っていないから問題ないだろう。
「すぐに治療してやる。少しだけ耐えろ、いいな!」
「はや、く……――くれ……」
俺はルシア嬢を抱えあげるとソフィア嬢を振り向き、
「スキルを止められましたね。上出来です!」
「せん、せい……? あの、その……なんで顔を隠しているんです?」
指摘されて、俺は顔を覆う黒布に手を触れた。
(そうだった。あまりにも危うい状況だったせいで、忘れていた)
教師カズラはここにいてはいけない存在。
彼がここにいることが試験官や他の受験者に知られれば、ソフィア嬢の入試成績に悪影響がある。
だから、ここにいる俺は
「違います。俺は君の先生ではありません。通りすがりの
「え、でも声が」
「キノセイデス」
ええい、食い下がるな。察してくれソフィア嬢。
……彼女はしばらく怪訝な顔をしていたが、
「あっ、それよりルシアさんはっ、大丈夫ですかっ!?」
より重要な問題を思い出してくれたらしい。
俺はルシア嬢を平坦な場所に寝かせると、彼女の防具を外して衣服を引き裂いた。
当然、少女の豊かな胸も零れてしまうが、今はそれどころではない。
「先生っ!? ななな、なんでそんなハレンチな真似を!?」
「治療です。君は俺の荷物から青い瓶を取り出してください」
露出させた患部――首、胸元、腹、それから脚に、ありったけの治療薬を塗りたくる。
「――っつ、ぐうううぅぅっ」
「薬液が滲みているだけだ。必ず回復する。堪えろ、歯を食いしばれ!」
少将に陳情した、モーニングスター家お抱えの
効果は間違いない。
……やがてルシア嬢の呼吸が落ち着き、火傷が回復し始めたのが分かると。
俺とソフィア嬢は、同時に安堵の溜息をついた。
「火傷は広範囲に渡っていましたが、浅かったようですね。このまま傷がふさがった後、薬の副作用で失われた体力が戻ったら探索には問題ないでしょう」
「ありがとうございますっ、えっと、先生じゃない御方っ!」
飲み込んでくれたようで何より。
ルシア嬢に外套をかぶせて背負いあげると、常備している登攀用のロープで体を固定していく。両手で支えなくても済むように。
「いいですか、ソフィア君。トラップからの脱出に誰かの助けを借りた、とは口が裂けても言わないでください。意識を取り戻したルシア嬢にも同じように言い含めるんですよ」
「えっ、な、じゃあどうやってわたし達は助かったんです?」
「どういうストーリーにするかは任せます。とにかく、すべて二人の手柄にしなさい」
真っ当な教師なら口にしてはならない言葉。
だが、そんなのは今更だ。
この
抗議の言葉は今にもソフィア嬢の口をついて出ようとしていた。
だが、実際に漏らしたのは別の問いかけだった。
「もしかして。先生もダンジョンに潜って、わたしのことを影から見守っていてくださったんですか?」
俺は――答えに窮した。
(その通りだと答えてしまえば、それでいいのに)
そもそも俺がこのダンジョンに潜伏したのはローズを追うためだった。
ソフィア嬢達の監督など二の次でしかなかった。
落とし穴に飛び込む前ですら、意識のないローズの身体を枝葉の影に隠していた。
それ以前に、俺が手を出さなければローズはご令嬢達の監視を続けていただろうし、こんな危険は未然に防げたかもしれない。
(……シャーロットの心配は的中したな)
俺の復讐がソフィア嬢を危機に晒す。
結局、俺は自分の復讐のためにソフィア嬢を利用しているに過ぎないのだ。
そんなことは今更確かめるまでもなく。
俺は頭を振って、ソフィア嬢の質問に答えた。
「それより、後の二人――マリア嬢とジェーン嬢、それに試験官は?」
「あっ、そうです、あの方達も何か別の罠にかかったんではないかと!」
別の罠、だと?
「俺が落とし穴を見つけたとき、周りに罠が発動した形跡はありませんでしたが」
「で、でも、ここに落ちたのはわたし達だけですしっ! 上から何の助けもなかったので、マリアさん達もきっと罠にかかって困っているんだろうって思ったんですけど……」
つまり。
どうにかソフィア嬢とルシア嬢の窮地を救ったはいいが、今度はマリア嬢達の行方が分からない、ということか。
(クソ、最悪だ)
マリア嬢にもしものことがあればソフィア嬢達の問題行動はごまかしが効かなくなる。
入試結果は無残なものになるだろうし、名家の令嬢が亡くなったことによる政治的な影響がどこまで及ぶか想像もつかない。
何よりも。
(マリア嬢自身が
無関係な者を復讐に巻き込みたくはない。
例えそれが――俺の欺瞞であったとしても。
「ソフィア君。手を貸してください」
「えっ、手って、わ、わたしの手ですか?」
怪訝そうに、右手を差し出してくるソフィア嬢。
そういうことじゃない。
と切り返しそうになって、面倒になり。
「マリア嬢達を探します。彼女達を死なせる訳には行かない」
少女のしなやかな手を引き寄せると、いつかのように抱き上げた。
落とし穴から脱出し、ダンジョンの本筋へと戻るために。
「きゃっ――は、はいっ! そうですねっ」
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