第27話 ああっと!

 幾重にも重なった下草と樹木の隙間に、穴が空いているなんて思いもせず。


 落下の浮遊感は一瞬。

 衝撃が背骨を貫き。


 ――そんな訳で、気づけばわたしとルシアさんは這い寄る甲虫クロウリング・バグズに囲まれていたのでした。


「マリアさーんっ! ジェーンさーんっ! 助けてくださーい!」

「――クソ! なんだアイツら、ノーリアクションかよ! 役に立たねェなッ」

「違いますよ、きっとお二人も別の罠にかかってるんですよっ!」


 そして試験官も。

 でなければ、こんなに危険なトラップにかかった時点で救助が入るはずです。

 当然、成績は減点でしょうけど。


(ということは、つまり)


 これはチャンス!


「罠を潜り抜けた上にマリアさんとジェーンさん、そして試験官の方まで助けたら、成績五倍は行くのではっ!? そう思いませんかルシアさんっ」

「潜り抜けてから言えッ! ――うおわッ」


 先行して飛びかかってきた一匹を、ルシアさんが篭手ガントレットで叩き潰しました。

 足が折れてるのに、ものすごい腕力。


 ですが敵はまだまだいます。

 あまりにも多勢。


(どうしましょう、どうしましょうっ)


 わたしが【赫灼たる籠グリスタリング・クレイドル】――見様見真似でお母様から学び取った勇者ブレイヴスキルを使えば、この程度の妖魔ダスクはすぐに一掃できるはずです。


(でも、こんな近距離で使ったらルシアさんが巻き込まれてしまいますっ)


 それどころか、まだ近くにいるはずのマリアさん達も巻き込んでしまうかも。


(他の方法、他の方法――)


 ――とにかくわたしも剣を抜いて妖魔ダスクを斬り落としますが、わたしが三匹倒す間に敵は五匹迫ってきます。

 かわして斬るだけでは、そのうち足の踏み場も無くなるかも。


「なんか手を隠してないですかルシアさんッ!」

「今使ってんだろ!」

「ビームが出るとか! 空が飛べるとか!」

「死んだら飛べんじゃねーか!?」


 残念。

 ルシアさんも由緒正しき勇者ブレイヴの血を引いているんですから、ユニークスキルの一つぐらい学んでると思ったのですが。


(こんなとき、カズラ先生だったらどうするでしょうか)


 わたしは思い浮かべます――あの無愛想で慇懃無礼で冷酷だけど、本当のところはお人好しでわたしを甘やかしてばっかりの先生のことを。


(――そうです!)


 先生だったらまず周囲の状況を確認して、そして、


「ルシアさん! 【登攀クライミング】スキルは習いました!?」

「何スキルだって!?」

「握力に自信は!?」

「リンゴならイケんぞ!」


 それなら十分そうですね。


「わたしが踏み台になりますから、上から伸びている根・・・・・・・・・に捕まって登ってくださいっ」


 わたし達が落ちたのは、複雑に絡み合う植物の足元――捻じくれた根の隙間にポッカリと空いた広間のような場所。

 見上げれば、先程の落とし穴からぶらんと垂れ下がった根が何本もあります。


 残念ながら、手を伸ばした程度では届きそうにありませんが。


「踏み台になるって、じゃあオマエはどうやって――」

「わたしは! どうにかしますっ!」


 そうです。

 カズラ先生なら、きっと先にルシアさんを助けるはず。


(口ではいつも、自分の安全を優先しろとか言いますけどっ)


 力の足りないわたしをかばいながら、それでもノー・ライフ・キングを倒した先生のように。


 どうせ戦うなら、わたしも誰かのために戦いたいです。


「信じてください、ルシアさん! わたしにはちゃんと奥の手があるんですからっ」

「オマエ――畜生、だったらはじめっから言えよな!」


 わたしが腰を落として両手を組むと、ルシアさんは骨が折れていない方の足で踏み込みました。

 痛みでふらつく彼女をなんとか押し上げて。


「――っし! 掴んだぞッ!」


 頭上から降ってくる快哉の叫び。

 そちらを仰ぐ暇はなく。


「急いで登ってください! できるだけわたしから離れて――」


 わたしは体内のマナに意識を向けます。

 スキル発動の第一段階――集中。


(大丈夫。この前はきちんと出来たんですから)


 先生もよくやったって褒めてくれましたし。

 わたしなら余裕だ、最高だ、かわいいし知的だしセクシーだし無敵だって――


 ルシアさんが防いでくれていたクロウリング・バグズが黒い波のように迫ってきます。

 何匹かが吐き出した強酸の唾液が、わたしの毛先を焦がしました。


(怖くない、怖くない、怖くないですっ)


 第二弾階――錬成。

 体内のマナを練り上げ、思い描く形へと変えていきます。


 勇者ブレイヴスキルを使うとき、思い浮かんでしまうのはお母様の背中。

 傷つき倒れた騎士達の上で、超然と佇む姿。


 勝利のために、すべてを利用してきた人。


「オイ、ワンパン――ソフィア! オマエも早く上がってこいッ! 何してんだッ!」


 足に激痛。

 バグズの放った酸が命中したのかもしれません。


(でも――これぐらいじゃ、わたしのスキルは止められません)


 何故なら。

 今ここで戦えば、きっとルシアさんを救えるから。


「――――」


 第三段階――行使!


「や――あああああぁぁぁぁぁぁッ!」


 わたしの中から溢れ出す、眼を灼くほどの輝き――【赫灼たる籠グリスタリング・クレイドル】。

 籠か、あるいは檻のように周囲へと広がっていく光の柱は、蠢く妖魔ダスク達を見る見る灰へと還します。


(うまく、行きました! あとは暴走しないように制御すれば――)


 それが何より難しいのは承知していたんですけど。

 わたしは自分の中で荒れ狂うマナの手綱を握ろうと、必死に集中力を高めます。


「オイ、スゲェ、なんだそのスキル! マジでスゲェじゃねぇかワンパ――うおわァッ」


 悲鳴がして――重いものが落ちる音。


 振り向くと、掴んでいた木の根を焼き切られて落っこちたルシアさんが、バグズの大群に飲み込まれるのが見えました。


「――――! ――――ッ!」

「ルシアさんッ!」


 まずい、ダメです、もうスキルが暴走し始めています。


 これじゃあ誰も救えないどころか、


(わたしが、彼女を死なせてしまいます――)


 でも他に何かしようとして集中を乱したら、スキルはさらに暴走してしまうでしょう。

 そうなれば誰も助からなくなってしまいます。


(でも、このままじゃわたしだけが助かって……)


 一体どうしたらいいんでしょう。

 分からなくて焦って泣き出しそうで、でもそんなことをしている暇はなくて。


 とうとう覚悟を決めて、わたしがルシアさんのもとへ駆け出そうとしたとき。


 ――新たな人影が、この落とし穴の底にやってきたのでした。

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