第26話 先生と、わたし。

「なあ。気付いてるか、ワンパン?」

「……それ、わたしのことです?」


 まさかと思って確認しましたが、ルシアさんは「おかしなことを訊くな」とばかりにこちらをチラ見してから、


「このダンジョン、深層の割に罠がねーし妖魔ダスクも妙に少なくねーか?」

「えっ。そ、そうですか?」


 そんなことを聞かれましても、ちょっとよく分からないです。


「オイしっかりしろよ、オマエ、パーティの参謀になるとか言ってたじゃねーか」

「えええ、そんなこと言われましても」


 前にダンジョンに潜った時はカズラ先生が全部なんとかしてくれちゃいましたし。


「は? マジかよ。ワンパンソフィアの家庭教師、甘すぎじゃね? そんなんでよく“黎明の御子ルシファー”になるとか言ってんなぁ、オマエ」

「言ってるのは、わたしじゃなくて先生ですよ。わたしを学園で一番の候補生にしないと……なんか、困るんですって」


 ルシアさんはますます眉根を寄せながら、


「だったら尚更厳しくすんだろ、フツー。アタシの師匠なんざ、アタシを置き去りにしてしれっとダンジョン脱出してたりするぞ?」

「ええっ、怖いですねえ」


 それはもう授業ではなく誘拐なのでは? 育児放棄なのでは?


「つかオマエ……もしかして“黎明の御子ルシファー”に興味無いとかじゃねーよな?」

「えーっと……あるか無いかでいうと、無し寄りのありです」

「はああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 ものすごく大きな声が、そこら中で伸びて捻れた木の根の間を突き抜けていきました。

 前を歩いていたマリアさん達も、後ろにいた試験官もビックリしてこちらを見ています。


「“黎明の御子ルシファー”そのものに興味はないと言うか、その過程に興味があると言いますか……」

「なん、え、オイ正気か? なんでそんな中途半端なモチベーションでこんなクソめんどくせぇ入試に参加してんだよ! バカか!?」

「違うんです、あの、なんていうか……ちょっと複雑なんですっ」


 わたしは嫌なんです。

 自分が傷つくのも嫌だし、誰かが傷ついたりするのも。


 先生は、だったら強くなれとわたしに言いました。

 そうすれば誰かを救うこともできるし、生き方も選べるって。


 でも実は、強くなるためには誰かを傷つけなくてはいけないんじゃないでしょうか。

 例えば対人試合でジェーンさんを倒したみたいに。


(そしてジェーンさんが、わたしのことを「様」づけで呼ぶようになったみたいに)


 もしもわたしが誰よりも強くなって本物の勇者になったとして。

 その時、わたしは独りぼっちなんじゃないでしょうか。


(お母様のように)


 あの人は孤独だから、あんな風に身勝手で傲慢なんじゃないでしょうか。

 他人を自分の駒としか見ないのは、あの人が誰よりも強いから。


(わたしのことも、死んだお父様のことも)


 誰も傍にいてくれなくなって、誰かのことを考えられなくなるとしたら。


 ものすごく頑張って“黎明の御子ルシファー”になったところで。

 本当に人を救うことなんて、できるんでしょうか。


「……あれ。もしかしてわたし、やっぱり“器”になったほうがいいんですかね?」

「ウツワって……『尊き血を残すために尽くす乙女』か」


 帝国血統典範の一節をサラッとそらんじるルシアさん。

 あっ、意外とそういう知識はお持ちなんですね。


「今、失礼なこと考えたろ。ワンパン」

「いえいえ滅相もございません」

「ウソ下手すぎんぞ、オマエ……」


 ルシアさんは気を取り直すように咳払いをして、


「ウツワって、アレだぞ。よく知らん男とヤッて子供つくる係だぞ」

「大体あってますけど言い方がちょっと」

「いいだろどうでも。なにオマエ、血統クラスが良けりゃ誰でもいいんかよ? それか裏で愛人囲って楽しみたいクチか?」


 えっと。もう少し歯に衣着せて話してもらえると嬉しいのですが……


「アタシならゴメンだなー。そもそもあんな他人をアテにする生き方、クソだぜ」

「えっ、でも、素敵なパートナーと出会って新しい家族を作るのって、素晴らしいことだと思いません?」


 嫌悪に満ちたルシアさんの表情。

 そんな顔しなくてもいいのに。


「素敵なパートナーって……あのな、現実見ろよ。優秀な血統クラスなのにまだ生きてる・・・・・・ってことはよ、戦場に行けない根性無しかアホってことだぞ。あと、ガキとかジイさん? オマエそういう趣味か?」


 ……言われてみれば一理あるような。


(つまり、”器”として幸せになるのも結構大変ってことですよね)


 優秀な血統を持っていてお花が似合う優しい感じの王子様とか、優秀な血統を持っていてちょっと強引で眼差しがキリッとしたワイルドな冒険者さんとか、優秀な血統を持っていて髪の毛がくりっとしてメガネが似合うオジサマとか。

 そういうパートナーに巡り会えなかったら、ずっと不本意な暮らしを続けなきゃいけないってことですし。


(うーん。どうやってそんな相手を見つければ良いんでしょう?)


 わたし、男の人の知り合いなんていませんし、小説みたいに友達の紹介とか学校での出会いとかもありませんし……


「……めちゃくちゃ考え込むじゃねーか、オイ」

「あの、参考までに聞かせていただきたいんですけど、ルシアさんって彼氏いますか? もしくは男性のお友達とか」

「ハァ!? いっ、いっ、い、いいいい、いねーよバカ! ナメんな!」


 さっきまでのふてぶてしい態度はどこへやら。

 赤らんだ頬を拳でこすりながら、ルシアさんはそっぽを向いてしまいました。


「アタシは強くなんなきゃいけねーんだよ! ふんぞり返ってる本家の連中を全員ブッ殺して、アタシがトップに立つんだからな! 恋だの結婚だの、遊んでるヒマなんざねーよ!」

「でも、さっき趣味・・がどうとか言ってませんでした?」

「るっせーな! 趣味ぐらいあるだろ! 想像はしてもいいだろうがテメー、思想統制部かよ!」


 ルシアさんは一体、何に対して怒ってるんでしょう……


「でも、そっか……じゃあ他のツテを探さないといけないですね」

「ア? オマエ、まさか自分で男を探すつもりか」


 わたしは頷きます。


「だって一番手っ取り早いじゃないですか」

「深窓の令嬢とは思えねー雑な思考だな……」


 深い溜め息の後。

 ルシアさんはふと思いついたように指を立てました。


「あ。つか、いるじゃねーか。オマエの身近に」


 わたしが首を傾げると、ルシアさんは軽く鼻を鳴らしながら、


「あの家庭教師だよ。顔だけじゃねーんだろ。ウチの師匠もエラく気に入ってたし」


 ……え。


(でも、でもでもでも……)


 カズラ先生は戦闘スキルを教えるために雇われた教師です。

 魅了スキルの練習台になってもらうことはできても、わたしは生徒で先生は先生な訳で。


(そんな、先生とわたしが、本気でそういう関係になるなんて)


 仮に、先生が、わたしの、パ、パートナーになって、そしたら、その、キッ、キスとか、こ、子供を作るとか作らないとか、なんて、そんな、わたしなんてまだまだ全然っ、こ、こここここ子供だしっ、先生はずっとオトナだしっ、先生にはやらなきゃいけないことがあって、そんな事考えてる余裕なんてあるはず無いしっ、


「えっ、でも待ってくださいっ、場合によっては、ひょっとすると、あるいは――」

「ちょ、オイ、何ブツブツ言ってんだよ。え、大丈夫か……?」


 ――今にして思えば、このときのわたしは完全に油断していました。

 だから気づかなかったんだと思います。


 目の前に仕掛けられていた落とし穴に。

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