第25話 復讐は未だ成らず

 己がやったことを――今まで生きていたことを後悔させてやる。


 逆手で構えた二本のナイフで、それぞれローズの胸と腹を狙う【二連撃ダブルアタック】。

 ローズは身体を独楽のように回転させて、斬撃をかわしながら槍の柄を叩きつけてくる。

 俺は身体を前に投げ出すと、木々の根の間を転がって打撃を回避した。


(引くな――攻めろ!)


 相手の得物は槍だ。いくら短槍と言えども俺が使うナイフよりは遥かに長い。

 臆して間合いを取れば、活路は無い。


 それを承知しているからこそ、ローズは槍を無尽に振るって安全圏を作る。

 攻防一体の槍スキル【風車ホイール・ブロウ】――穂先で貫かずとも、鉄芯が通った柄だけで十分な凶器だ。


「どうしたの、異邦の犬。攻められるなら、攻めてみなさい」


 巧みな槍さばきによって生まれる障壁が、俺を茂る樹木や根に押しつけ、圧し潰そうとする。

 俺は躊躇わず、繰り出される柄と刃の間隙へ飛び込んだ。

 すくい上げるような一振りをかわし、落雷の如き一突きを逸らし、叩き伏せる一打をくぐり抜け。

 低空からの【水面蹴りサーフェス・キック】でローズの軸足を刈り取る。


「この――」

「――甘いわね」


 舞うように、飛ぶように。

 ローズは巧みに重心を変えると槍を地面に突き立てて跳んだ。

 その上、空中で槍を引き抜き、地を這う俺を繰り出す穂先で縫い止めようとする。


(クソッ)


 驟雨のごとく降り注ぐ【乱れ突きラッシュ・スラスト】をどうかわせばいいのか。

 考える暇もなく蹴り足を泳がせながら身体を捻る。


「――ッ! ――! ――こ、んのぉ!」


 紙一重の攻防の末。

 耳元で怪しげな根が切り裂かれる音を聞きながら、俺は左手のナイフを【投擲スローイング】した。


「ぬるい」


 ローズは身につけていた篭手ヴァンブレイスの装甲で刃を振り払う。


(攻め続けろ――相手に余裕を与えるなッ! 俺が本気で殺しにかかっていると思わせろ・・・・・!)


 そこに生まれるわずかな隙。

 俺はもう一振りの短剣を放つ――より強力なマナを込めた上級スキル【一射穿山イッシャセンザン】で!


「なん――のッ」


 それでもローズは防いでみせた。

 見事なタイミングと角度で槍の身を当て、軌道を逸らす。


(――ここだッ)


 だが、俺の攻撃はまだ終わらない。

 背中で床を滑りながら、全身のバネを駆使して蹴り上げる。


「――ッラァ!」


 金属補強をくわえたブーツの爪先が、ローズの脇腹を貫いた。

 真芯を捉えた感触。


「ぐっ――」


 横に吹っ飛んだローズは、それでも膝で着地をしてみせる。

 俺は起き上がりざまの【投擲スローイング】――腰に下げていた予備のナイフで、攻めに転じる間を封じる。


 地面を転がり投刃をよけながら、ローズが叫ぶ。


「こんな――小手先の、技でッ! 私達白夜騎士ミッドナイツをッ、倒そうなど――」

「言ってろッ」


 ありったけの武器を――ナイフを、針を、短剣を、全力で撃ち放っていく。

 ローズは恐ろしいほどの身のこなしで、かわし、受け、いなし、飛び退り――


「――――ッ!?」


 ついに、かかった。


(さっき俺が解除せず・・・・・・、残しておいたトラップ――)


 ヤツは巨大食人植物のツルデス・ネペンテシズ・ヴァインを踏みつけたのだ。


 デス・ネペンテシス――ウツボカズラによく似た壺状の植物妖魔ダスクは、とても執念深く慎重で、その分だけ獰猛だ。

 山や森など自然の多い環境に潜み、周囲の植生に紛れ込むようなツルを張り巡らせる。


 そして迂闊にもツルに触れたものを縛り上げ、生体エネルギーマナを吸い取った挙げ句、壺状の身体に放り込んで養分にしてしまう。

 対象が野生動物であれ、他の妖魔ダスクであれ、人間であれ。


「これは――あなたッ、まさか、罠を残しておいたのね――」

「俺のような異邦人ごときをそんなに信用してくれていたとは、光栄だな」


 ツルに足を吊るされたローズが、怨嗟の呻きを溢す。


 デス・ネペンテシスのツルは頑丈かつ強靭だ。

 足場がない空中で、しかも上下逆さまの状態で拘束を解くのは難しい。

 手持ちの槍で突いた程度では、とても脱出はできない。


 となると脱出方法は他人の助けを借りるか、マナを駆使したスキルに限られてくるが、


「――クッ、この、ツル――マナを、吸収するの……ッ!?」


 それもこのトラップの厄介なところだ。

 スキルを発動しようにも、錬成しようとしたマナが次から次へと吸い取られてしまう。


 ……自身が置かれた状況を、ようやくローズが理解したあたりで、


「ようやく落ち着いて話ができそうだな、ローズ中尉」


 俺はそこら中に突き刺さったナイフや針を悠々と回収しながら、彼女に話しかける。


「もう一度訊くぞ。三年前、俺の部隊を襲ったのはあんたか」

「あなたのような異邦人に話すことなど、何もないわッ」


 気丈な物言い。

 だが、デス・ネペンテシスによるマナ吸収は被害者の体力をみるみる奪っていく。


「ルールを説明しておくべきか? 正直に話せば解放する。話さないか嘘をつけば、このまま置いていく。あんたは妖魔ダスクの腹の中で、生きながらゆっくり溶かされる」

「拷問はしないというわけ? 蛮族が紳士を気取るとは、笑わせるわね」


 自らを奮い立たせるための挑発だ。

 意思の強さは買うが、虚勢は意味がない。


「そうだ。あんたにナイフ傷をつけたのがバレると、雇い主の機嫌を損ねるんでな」

「同胞の復讐を謳っておきながら、帝国の代表たる少将閣下に尾を振るなど――」

「いい加減、その民族主義的価値観とやらにすがるのはやめろ。誇るべき同胞は、今ここにいない。あんたの命を助けてもくれない」


 臣民だの異邦人だの、人を色分けするような話し方は心底ウンザリする。

 どんな血を引こうと、どんな誇りを抱いていようと、怪物の腹に納まれば糞になるだけだ。


「ふん、あなたには分からないでしょうね。例えこの場にいなくとも、あの方はいつでも私に力を与え――」

「くだらない挑発で時間を稼ぎ助けを待つのは勝手だが、体内のマナがあとどれぐらい残っているのか確かめてみたらどうだ? ローズ中尉殿」

「――――っ」


 ローズは歯噛みしたが、もう言葉は出てこなかった。

 とうとう敗北を認めたようだ。


「三度目だ。あんたが宵星部隊ヴェスパーズを襲ったのか?」

「……私は、関わっていないわ」


 言葉には力がなかった。

 マナの消耗と逆さ吊りによるうっ血のせいだろう。


「では次の質問だ。さっき言った白夜部隊ミッドナイツとは、どういう組織だ?」

「…………」


 沈黙。


「あんたの空白ブランクの経歴と関係があるんだな」

「……回答を、許されていないわ」


 それは結果的な自白だった。


(この女はただの末端に過ぎない、ということか)


 ローズ中尉という騎士の軍歴を、真っ白に塗り替えた誰か・・がいる。

 宵星部隊ヴェスパーズに対する理不尽な奇襲も、その誰か・・が仕組み、手勢にやらせたことだと考えるのが自然だ。


 何の目的があったのかは分からないが、味方の部隊を一つ潰して処罰なし、公式報告もなしだというのだから、ただならぬ影響力を持った存在なのは間違いない。


(ローズが、そこまでの大物とは思えない)


 だが、それでは辻褄が合わないことがある――というより、俺の直感に反することがある。


「三つ目の質問だ。あんたはその槍術スキルをどうやって身につけた?」

「……答えない」

「四つ目。あんたはその槍術スキルを、どうやってマリア嬢に教えた?」


 納得がいかないのは、この点だ。


(別人の仕業と言うには、あの日の”白い鎧の騎士ホワイト・ライダー”と戦い方が似すぎている)


 このローズという騎士も、マリア嬢も。

 まるで生き写しのように。


(いくら同じ訓練を受けたからといって、ここまでの模倣が可能なのか)


 あの透徹した殺意を、訓練で身につけることができるのか。


「…………」

「……だんまりか」


 最後の抵抗。


「マナが枯渇すると思考が鈍るだろう。口が動かなくなったら、次は肉と骨だぞ。溶解液と反応すると、酷い臭いになる」

「この程度、の、尋問で……帝国騎士が、折れると、でも?」

「見上げた騎士魂だが、あんたは大事なことを忘れてる」


 いよいよ目が虚ろになってきたローズに語りかける。

 少しずつ心に毒を流し込んでいくように。


「あんたがここにいるのは非公式な理由だ。死体が溶けてしまったら行方不明扱いになるな。すると、騎士としての名誉はどうなる?」

「……それ、は――」


 帝国騎士はみな、人々を守り妖魔ダスクの滅ぼすために命を捧げると誓いを立てる。

 ゆえに任務中の死はすべて英雄的行為であり、死後は英霊として讃えられ、遺族にも相応の支援がある。


 しかし。


「任務外の行方不明――理由なき離団は、すなわち敵前逃亡。誓いを破った騎士は名誉も財産も剥奪。不名誉除隊者リストに名前が載れば、人間以下クズの仲間入りだ。俺と同じく」

「――不名誉、除隊……この、わたし、が?」

「そうだよ、ローズ中尉。記録に残らない極秘任務についた勇気と献身すら、無意味になる」


 マナの消耗はすなわち精神の摩耗につながる。

 どれだけ強固な意志でも、いつかは削れ弱っていく。


「いや――いやァ。私、は……あの方の、元、に――戻らな、きゃ……絶対に――ッ!」


 弱々しい哀願。


 と。

 ローズの身体がするする吊り上げられていく。

 デス・ネペンテシスは、いよいよ肉と骨に取り掛かるつもりらしい。


(そろそろ時間切れか)


 俺はローズに絡みついていたツルを短剣で斬り裂き、代わりに火のついた松明を掴ませた。


 ……デス・ネペンテシスが妖魔ダスクであるにも関わらず、トラップ扱いされている理由がこれだ。


(捕まると厄介だが、対策は難しくない)


 知能が低く機械的な行動しかできないので、簡単に陥れることができる。


 燃える松明をそのまま壺状の体に取り入れたデス・ネペンテシスは、やがて黒煙を上げ始める。

 後は勝手に灰になるだろう。


 俺は足元に転がるローズを見下ろすと、念の為に【観察オブザーブ】を発動させた。

 マナの残量によっては、回復させておかないと衰弱死するかもしれない。


(黒幕を聞き出すまで、死んでもらっては困る)


 ようやく掴んだ手がかりなのだから。


(……なんだ?)


 小さな違和感。


 【観察オブザーブ】は相手のマナの状態を見るスキルだ。

 発動すると、視界には相手の肉体に重なるように白い光の流れ――経脈レイラインが浮かび上がる。


 その経脈レイラインが、首に集中しているのだ。


(……肉体の一箇所に集中するケースも、無いことはない)


 例えば脚力自慢の騎士が生まれつき足元にマナが集中しやすい体質だったケースもあるし、高レベルの遠距離スキル使いの中には、脳や眼球の経脈レイラインが異常に発達している者もいるという。


(いや。待てよ……これは、ローズの首を通っているんじゃない)


 別の経脈レイラインがローズの首に巻き付き、絡み合っているのだ。


 ――俺は【観察オブザーブ】を解除し、もう一度ローズを観察した。


「……首輪、か」


 繊細な彫刻が施された金属製のリング――おそらくチョーカーと呼ぶべき代物だ。


(どこかで見たな)


 あれは確か、対人試合が終わった直後。


(マリア嬢が身につけていたものに、そっくりだ)


 瓜二つの戦闘スタイル。

 お揃いのチョーカー。


(これは……偶然ではないだろうな)


 意識を取り戻したら、また詳しく話を聞かせてもらうことにしよう。


(コイツを安全地帯に運んだら、一度ソフィア嬢達の様子を見に行くか)


 ローズが上手く働いてくれたおかげで、深層の露払いはほとんど済んでいる。


 だが、あのソフィア嬢のことだ。

 油断して調子に乗った挙げ句、俺がわざと残しておいたトラップに引っかかってしまうかもしれない。


(ありえないとは思うが)


 まったく、俺も甘くなったものだ。

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