第24話 いざ、復讐のとき

(やめろ! 頼むから他の方法で最優秀の座を掴んでくれっ!)


 と叫びそうになるのを必死でこらえる。


 壁のように厚く折り重なる根や枝の隙間に身を潜め、俺は密かにソフィア嬢達の様子をうかがっていた。


「オイ、マジか! それアリなのかよ?」

「そ、そんな、じ、自分から危険に飛び込むような、真似は……許されていないんじゃ――」

「……確か、試験の実施規定には『試験は浅層エリアで行う』『試験中の地上への脱出は不合格とする』」としか記されていませんから、深層への進入自体は問題行為とは見なされないはずですわ」

「そ、そ、そうなんですか? そ、そのルール、ご存じだったんですかソフィアさん?」

「いえ全然。ジェーンさんは物知りですねぇ」

「知らなかったのかよッ! オマエ、ホント勢いで物言ってんなオイ!」


 ――“深緑の塊根ディープ・グリーン・ルート”の第三層をさまようソフィア嬢達に追いつくのは、さほど難しくなかった。

 受験生は皆、妖魔ダスクを見つける度に喜び勇んで戦いに向かうが、俺は【隠身カクレミ】を使って脇をすり抜けるだけでいい。結果として、移動スピードはこちらが遥かに速い。


 しかも、肥大化が進みすぎた植物型妖魔ダスクの肉体によって出来上がったダンジョンは、身を隠す場所がいくらでもある。

 初めは誰かに見咎められないかと警戒していたが、今や心配は不要だと分かった。


(……実際、暗殺や不意打ちにはもってこいの環境だな)


 俺は、ソフィア嬢達から視線を外した。

 彼女達を監視しているのは俺だけじゃない――俺がいる場所とは別の、巨大な根の影に潜んでいる女騎士がいる。


(やはりいたな、ローズ中尉)


 巧みに身を隠してソフィア嬢達の目を避けているが、俺の【索敵サーチ・エネミー】をかいくぐれるほどではない。

 ヤツが数十人からなる騎士を皆殺しにする無双の強さを誇るとしても、斥候スカウト系スキルには長じていないのだろう。


(そうだ。例え白兵戦では無敵だとしても、完全無欠はありえない)


 どこかに必ず弱点はある。

 そこを攻めれば、誰であろうと殺せる。


 俺は後腰に佩いた短剣を強く握りしめた。


(さっさとローズを捕らえて、尋問できればよかったんだが)


 あの殺戮の背景と黒幕を押さえずに殺しては、復讐は完遂できないというのに。

 ヤツが俺よりもソフィア嬢達に近づいていたせいで、これまで手出しができなかったのだ。


 強引に事を運ぼうとして、こちらの存在が少女達や試験官にバレるのは不味い。

 ソフィア嬢が不正を企んだと見なされたら、彼女は受験資格を失ってしまう。


(だから、さっさとローズを捕らえて距離を取りたかったんだが……ソフィア嬢め。これからダンジョンの深層に挑むだと?)


 深層は、これまでの道程とは訳が違う。


 既にあらかたのトラップが解除され、危険な場所も把握されている浅層とは違い、近接戦闘クラスによるゴリ押しは通らなくなる。

 様々な魑魅魍魎と悪意と罠がうごめく深層を生き残るには、万全の準備と慎重な作戦、そして何より命をも使い捨てる覚悟が必要だ。


(そもそも、ソフィア嬢は今が何時か把握してるのか? 最深部のボスまで辿り着くには何日かかるのか、野営をするなら食料や寝床の準備、補給ルートの設置、過去に発見された妖魔ダスクのレポートや対策は把握して――)


 ……俺は一体、何を考えているんだ。

 家庭教師という任務は手段であって目的ではない。


(優先順位を取り違えるな)


 冷静に考えれば、これはむしろチャンスだ。


(おそらくローズは焦っているはずだ)


 俺と同じ理由で、ローズもまた深層に向かう少女達を引き止めることは出来ない。

 せめて一行の中で唯一のオトナである試験官が制止してくれれば良いのだが……


「なあ、試験官ドノ? 縦ロールが言う通り、マジで深層に入っても問題ねーのか?」

「……規定の解釈に誤りはないかと」

「ハッハァ、マジか! オイみんな、試験官ドノのお墨付きが出たぞ!」


 どうやら期待できそうにない。

 ならばせめて影からの支援を行って、彼女達を生還させなければ。


 と、ローズは考えているはずだ。


(だが、彼女自身の斥候スカウトスキルや後方支援系スキルで、どこまでソフィア嬢達を支援できるか)


 いかに歴戦の正騎士といえど、単身で深層に潜り込むのは危険過ぎる。オードレナのような規格外の怪物なら別だが。


 つまり、これは俺がローズに付け入るチャンスなのだ。


 ……そして。

 ソフィア嬢達が深層に向かって出立し。

 気配を悟られないように間を置いて、ローズも出発しようとしたところで。


「……少しよろしいですか、ローズ中尉?」


 俺はついに、白い鎧の騎士ホワイト・ライダーの肩に手をかけた。


 ――ローズの反応は迅速だった。

 振り返らずに俺の手首を掴み、屋内戦用に短く仕立てられた戦槍の石突を鳩尾に突き込んでくる。

 一片の無駄も容赦もない一撃。


(あの日、俺達宵星部隊ヴェスパーズに向けられた刃――!)


 俺は掴まれた手首を支点に身を翻し、相手の肘を捻り返す。

 自身の関節の角度が限界を迎える前にローズが俺を解放するのと、俺が敢えてローズの正面に降り立ったのは、ほぼ同時だった。


「――俺は味方です・・・・・・、ローズ中尉!」

「――――ッ!」


 ローズが突き上げた穂先は、俺の下顎を貫く寸前でピタリと止まった。


「……突然失礼しました。マリア・デイブレイク嬢の家庭教師を務めていらっしゃるローズ中尉ですよね?」

「あなた……確か、モーニングスター家の家庭教師ね?」


 しかし殺気は収まっていない。

 下手な真似をすれば、ローズは即座に俺の顎と脳を串刺しにするだろう。


「あなたも生徒を影から支援するためにここまで来たんですよね、中尉?」

「……あなたも・・・・、と言ったわね」


 俺は頷く。

 ローズの槍はまだ引かない。


「自分の教え子を信じていない訳ではないが、勝率を上げる手は出来るだけ打っておきたい。違いますか」


 嘘は一つも言っていなかった。

 真実を語っているとも言い難いが。


「……どうやって私の後を追ってきたの?」

「あなたを追っていた訳ではありませんが、俺は斥候スカウト部隊の出身です。妖魔ダスクと見れば追いかけ回す子供の集団を見つけるのは、火事の現場を探すより簡単ですよ」


 ある程度は筋が通った話だと思ったのだろう。

 ローズが槍を引く。


「じゃあ、さっきのご令嬢達の会話も聞いていたのね」

「ええ、急ぎましょう。あの子達より先に深層へ降りて露払いをしなければ」


 目的が一致すれると分かれば、後は早かった。


 俺とローズは全速力で移動を開始する。

 ソフィア嬢達とは別のルートで深層に降り、先行して妖魔ダスクの排除とトラップの破壊を行うために。


(……本隊に先行して敵地に潜入し、ルートを確保する、か)


 気付けば宵星部隊ヴェスパーズにいた頃と同じことをしている。

 しかも宿敵と思しき人間と。

 皮肉といえば、これ以上の皮肉もない。


(だが、コイツが優秀なのは確かだ)


 深層エリアにおける罠の解除と妖魔ダスクの掃討は、予想よりも遥かに早いペースで進んだ。

 植物系ダンジョンならではの多種多様な妖魔ダスク――昆虫属、獣属、植物属に精霊属など――を、ローズは的確な一手で討伐していく。

 慢心もなければ油断もなく、いっそ無造作と言ってもいいぐらい気負わずに。


 おかげで俺は索敵と罠の解除に集中できた。


(喜べば良いのか、不安になれば良いのか)


 こんな鍛え上げた鋼鉄のような騎士を、一体どう殺せばいいんだ。


 ――共に行動すると決めたとはいえ、ローズはまだ俺の正体を測りかねているようだった。

 もう何十体目になるのか、狼に似た妖魔ダスクを一突きで討ち倒しながら、こちらを伺っている。


「……あなた、斥候スカウト部隊の出身と言ったかしら。随分と若いようだけど、騎士団に入って何年になるの?」

「七年です。十二の時に、故郷にやってきた外征部隊に拾われました」


 外征部隊とは、帝国領外での妖魔ダスク討伐を行う騎士達のことだ。

 長く続く妖魔ダスクとの戦いのせいで消耗し、今やまともな武力を確保できなくなった異邦にとっては、救いの手と言ってもいい。


 ……俺の身上を知ったローズの反応は分かりやすかった。

 あからさまな侮蔑。

 こちらが異邦人だと知ったときの、平均的な帝国臣民の反応だ。


「ああ、つまり異邦人部隊アウトサイダーズというわけ。よく最前線で七年も生き延びられたわね」

「俺以外のメンバーは全員死にました。三年前に」


 言葉に、ローズは眉一つ動かさなかった。

 憶えていないのか興味がないのか、あるいはその両方か。


 異邦人など、代わりの利く消耗品だと思っている正騎士はいくらでもいる。


「……宵星部隊ヴェスパーズという名に聞き覚えは?」

異邦人部隊アウトサイダーズなどいちいち憶えていないわ。随分と大層な名前をいただいたようだけれど、それは皇帝陛下がご寛容と言うだけのことよ」


 踏みつけにした妖魔ダスクの心臓部を貫きながら、ローズは吐き捨てるように言った。

 新たに見つけた致死性の高いトラップに取り掛かりつつ、俺は続ける。


「俺の部隊――宵星部隊ヴェスパーズは”白い鎧の騎士ホワイト・ライダー”に襲われ、全滅しました。騎士団が発した戦死通達では、その辺りの事情はすべて省かれていましたが」


 ようやく。

 紫紺の瞳が俺を捉えた。


「……何が言いたいの?」

「白い鎧、白い外套マント、そして正確無比な槍術スキルを振るう騎士でした。あなたと同じようにね、ローズ中尉」


 僅かな沈黙。

 言葉を失ったと言うより、刃が振り下ろされる寸前の微かな隙のような、饒舌すぎるがゆえの静けさ。


「まさか、私がやったとでも言うつもり?」

「関係が無いというなら教えてもらえますか、中尉。空白ブランクの軍歴でどんな任務をこなしていたのか」


 長いまつげに縁取られたローズの目が、にわかに細められる。

 その瞬間、彼女の何か・・が変わった。


(この気配――)


 あの日、俺達が晒されたものと同じ。


 透徹した殺意。

 いや、殺意ですら無い――ナタで薪を割るかのような、無感覚な害意。


「――――ッ!!」


 気付けば銀の光と化した穂先が、俺のこめかみをかすめていた。

 あと少し首を逸らすのが遅れていれば、死んでいた。


(強い。あの時と変わらない)


 だが。


(三年間、俺は寝ていた訳じゃない)


 俺は敵の懐へと踏み込んだ。

 もう二度と逃げるつもりはなかった。


(今度こそ、コイツを殺す)

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