第23話 欲望まみれのお嬢様パーティ

「オラァ! どけどけどけどけェェェェェッ」


 自分で言うだけあって、ルシアさんのスキルは見事なものでした。

 先陣を切って襲ってきた獣属の妖魔ダスクを【衝撃打スマッシュ】で押し返すと、立て続けの【突進乱打チャージング・コンボ】で後続の妖魔ダスクもあっという間に薙ぎ倒してしまいます。


「お背中、預からせていただきますわっ」


 ルシアさんに追いすがろうとした植物属の妖魔ダスク――シビレヅルを斬り捨てながら、ジェーンさんが叫びました。


「やるじゃねーか、縦ロール!」

「光栄ですわ、ルシア様っ」


 なんだかやけに楽しそうに笑い合うお二人。

 きっと気が合うんでしょうね。

 なんていうか、努力と勝利が大好きなお二人ですから。


 ノリノリで妖魔ダスクを蹴散らしていくルシアさん達を、わたしとマリアさんは少し離れたところから見守っていました。


「……あ、あの。ソフィアさん? わ、私達……ここで、ボーッとしていて、その、よいのでしょう、か?」

「休憩も大事な任務ですよマリアさんっ! わたしの先生も『休めるときは最大限休め』って言ってましたっ」


 わたしは断言しましたが、マリアさんはどことなく居心地が悪そうでした。

 もしかしたら、隣に立っている試験官の方を意識なさっていたのかもしれません。


「ねっ、そうですよね、レベード試験官っ」

「……試験中、こちらに話しかけるのはお控えください、受験生ソフィア」


 整えられた毛先からブーツのつま先まで、塗り固めたように隙のない騎士。

 こんな女性が近くにいたら、マリアさんは落ち着かないでしょうね。


 でも、仕方ありません。

 この方がわたし達の行動を見て、合否を判定するんですから。


「どちらにせよこの通路の幅では四人は戦えませんし、マリアさんの槍を振るうのも難しいですからっ! 次がんばりましょう、次っ!」

「え、ええ、はい、そうですね……」


 残念そうな、でも少しホッとしたような吐息。


(思うに、マリアさんもわたしと同じで、戦うのとかあまり好きじゃないのでは?)


 とても器用で賢い方だから、戦闘スキルだって完璧に身に着けてしまったみたいだけれど。

 きっと彼女にとってはただの余技に過ぎないのだと思います。


(やっぱりマリアさんも、戦いなんか関係なく、自由に暮らしたいって思っているんでしょうか)


 訊いてみたい。

 マリアさんが、この試験のことをどう思っているのか。

 これから先のことを、どう考えているのか。


 なんて考えていたら、通路の向こうから返り血にまみれたルシアさん達が帰ってきてしまいました。


「ふぅーっ、いっちょアガリだぜ! ったく、こんな浅い層にいる妖魔ダスクじゃ歯ごたえがねぇよなぁ」

「お見事でしたわ、ルシア様っ! あの華麗な踏み込み、わたくし惚れ惚れとしてしまいましたっ」


 こんな大雑把で血の気の多いメンバーがいる状況では、マリアさんとゆっくりお話するのは難しい気がしてきました。

 でも、試験さえクリアすれば、またゆっくりルシアさんとお話しする機会もあるかもしれません。


 わたしは気持ちを切り替えて、ルシアさん達を出迎えます。


「流石でしたねー、ルシアさんもジェーンさんも! わたしが見立てた通りでしたっ」

「えっ……見立て、してたんですか、ソフィアさん?」


 マリアさんの疑問は聞かなかったことにして、わたしはうんうんと頷きます。


「この狭い通路で敵に対応するには、ルシアさんのような“格闘士セスタス”がうってつけですし! ジェーンさんはルシアさんと息が合いそうだから、きっとコンビネーションばっちりだろうなって思ってましたよっ」

「えっ、お、おう! そうかよ。ま、アタシにかかりゃあんな狼の出来損ないぐらい楽勝だぜッ」

「こ、この身に余る光栄でございますわっ、ソフィア様っ!!」


 ルシアさんもジェーンさんも満更ではなさそうです。


 よし、これでただサボっていたのではなく、的確な状況判断で役割分担をこなした参謀っぽさが出ましたね。

 計画通りです。


「しっかしアレだよなぁ、いくら箱入りのお嬢様達が相手の入試とはいえ、こんな浅い層で実力が分かんのかぁ?」

「志願者は、わたくし達のように修練を詰んだ者や才能に恵まれた者だけではありませんもの。通常の受験生にとっては、この層でも十分な脅威になるはずですわ」


 今わたし達は、巨大な植物型妖魔ダスクが形作るダンジョン“深緑の塊根ディープ・グリーン・ルート”の第三層――普通の建物なら地下三階ぐらいの深さにいます。

 いわゆる浅層エリアと呼ばれるところで、騎士か冒険者の護衛があれば資源回収業者などの民間人も立ち入れる部分です。


 試験官から告げられた概要によれば、このフロアにいる低層エリアのボスを倒して証拠を持ち帰ることが私達のミッションなんだそうです。

 もちろん、試験とはいえダンジョン探索任務には変わりませんから、古代遺物の回収やモンスターの掃討を行えば、その量に応じて評定にはプラスがあるんだとか。


「試験に臨むパーティはランダムで組まれますから、わたくし達とは逆に戦闘スキルの使い手が欠ける場合もあり、そういう場合も探索や掃討をこなすことで合格が可能なのだと伺いましたわ」

「すごーい、ジェーンさんって物知りなんですねっ」

「こっ、これぐらい! 女学院入学を目指すものとして当然ですわっ」


 手を叩いて褒めると、ジェーンさんはちょっぴり誇らしげに胸を張りました。

 かわいい人ですよね。


「なあ縦ロール、探索も掃討もたっぷりこなしてからボス倒した場合はどうなるんだ?」

「ボス討伐の時点で合格は確約されますわ」

「そうじゃなくてよぉ、なんかボーナスとかねーの? 入学した後で休みが取れるとか、つまんねー座学はパスできるとかさぁ」


 ルシアさんってば、怠惰なのか熱心なのかよく分からないことを仰るんですね。


「でもそれ、魅力的ですねっ。追加ボーナスで優雅で自由な学園ライフ!」

「だろ? 夜中まで稽古してた翌日とか、なーんかかったるい日とか、休みてー時ってあるだろ」

「あっ、わたしは自由に早退できる権利がほしいですっ! 新刊の発売日とか早く書店に行きたいですしっ」

「お二人とも、試験官の前でよくそんなお話できますわね……」


 そんなこと言って、ジェーンさんだってボーナスもらえたら嬉しいくせに!


 と、マリアさんが小さく手を上げて、


「あの……さ、最優秀の成績で、入試を突破した生徒は、入学式で、表彰されて、せ、生徒会に、推薦される、って……お、お姉様が」

「ああ、そうか、そうでしたわね! 史上最高の成績で入学を果たされたユリア・デイブレイク様はマリア様の姉君ですものねっ! ご高名は、わたくしの住むネイト領にも届いておりますわっ!」


 表彰? 生徒会? ……なんのお話ですか?


「なんだそれ。つか、マリア、お前ねーちゃんいたのか?」

「は、はい、その、ユリアと言いまして……一昨年の入試で最優秀の成績を取って、今は、生徒会長を勤めていて」

「今、もっとも次の”黎明の御子ルシファー”に近い方ですわっ」


 何故かマリアさんよりジェーンさんの方が誇らしそうです。


 そういえばお話は伺ったことありましたけど、会ったことないですね、ユリアさん。

 そんなにすごい方だったんですねー。びっくり。


「へー、すげえじゃねえか。ってことは、アレか? 最優秀取ったら、その辺のヒラ生徒どもが平伏してお出迎えしてくれるってことか! 面白ぇな!」


 ヒラ生徒って言葉、初めて聞きましたけど。


(あ、でも、そういえば)


 カズラ先生が言ってましたね。

 ”黎明の御子ルシファー”になるには、入試で上位に入らなきゃとかなんとか。


(わたしが最優秀の成績取ったら、先生、どんな顔してくれるでしょう)


 この前のダンジョン攻略のときみたいに、お説教モードじゃなくて褒めモードになってくれるかもしれません。

 それどころか、もしかしたらもしかして、


(カズラ先生が、あんな秘密やこんな秘密を教えてくれるかも!)


 わたしは自分の心に火がつくのを感じました。

 先生がわたしの言葉を受け入れてくれたあの夜から、ずっとくすぶり続けている火が、また強く燃え上がるのを。


「マリアさんっ! ユリアさんはどうやって最優秀を取ったんですかっ!?」

「えっ、ええと……お姉様は、座学もほぼ満点、対人試合も圧勝で、そ、それから……二部試験では、確か、予定外のトラブルがあって、強力な妖魔ダスクが出現したのを討伐したとか――」


 強力な妖魔ダスク討伐。

 やはりそれですか。


 わたしは頷き、それからルシアさんを振り向くと、


「やりましょう。ルシアさん」

「あ? 何をだよ」

「奇跡を待っていてもダメなんです。奇跡は、自ら起こさなきゃいけないんですよ」


 決め顔で、何かの娯楽小説に書かれていた台詞を引用してみました。

 名言は説得力があっていいですね。特に意味とか論理とかなかったとしても、なんとなく人を奮い立たせてくれます。


「お、おう、なんかよく分からんけどカッコいいじゃねえか」

「……えと、ソフィアさん? そ、その、具体的には、何を、しようと……?」

「今、マリアさんが仰ったとおりですよ。やっぱり最優秀を取るなら、強力な妖魔ダスクを討伐しなければダメなんです」


 低層エリアのボス程度では、普通の合格しかもらえません。

 もっともっと、強い妖魔ダスクを倒さなくては。


「向かいましょう。第三層より深い場所――最下層へ!」

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