第22話 生徒が生徒なら教師も教師

「ややっ! 見つけたぞ――貴殿がカズラ教師だなっ!」

「……どちら様でしょう」


 ――“深緑の塊根ディープ・グリーン・ルート”の監視キャンプ。

 本来はダンジョンから迷いだしてくる妖魔ダスクを見つけて処理するダンジョン管理部隊の駐留基地だ。

 今現在は聖クリス・テスラ女学院二部試験の監督者の詰め所であり、俺達のような付添人達の待機場所にもなっている。


 俺はソフィア嬢達がダンジョンに踏み込むのを見届けると、すぐに行動を開始した。

 あの女――マリア・デイブレイクの家庭教師であり、騎士団の空白地帯ブランクを歩んできた女――ローズを見つけるために。


 ところが、突然呼び止められてしまった。

 振り返ると知らない女がいる。誰だ。


「これは失敬、ご挨拶がまだであったな」


 日に焼けた肌と引き締まった肉体、荒っぽくまとめた草色の髪に紋章が染め抜かれた眼帯。

 溢れんばかりの活力を騎士制服に押し込んだような女は、慣れた様子で胸元に拳を当てる騎士団流の敬礼を行い、


「我が名はオードレナ・メテオライト! 帝国騎士団インペリアル・オーダーにて中尉を拝命し、只今はルシア・ドーンコーラス嬢の師を務める者なり!」


 ……なんだと?


「オードレナ――まさか、”求道者モンク”のオードレナ中尉?」

「よせよせ、拙者のような未熟者には過ぎた渾名よ!」


 わっはっは、と彼女は笑ってみせるが。


(とんでもない大物だ……!)


 オードレナ・メテオライト中尉。

 それは騎士団きっての実力者であると同時に、風変わりな人物としても知られる名だった。


 かの”勇者ブレイヴ”に次ぐ強さを誇る最上級クラス拳聖ゴッドハンドまで上り詰めながら、地位も名誉も求めず己の強さだけを磨き続ける騎士。

 その禁欲的な生き方ゆえに、求道者と渾名される。


(まさか、こんな大物が家庭教師をやってるとは)


 噂では後進の教育など眼中にないと聞いていたが。

 やはりドーンコーラス家ともなれば、このクラスの人物を繋ぎ止める力を持っているのか。


「それよりもカズラ殿! 貴殿に是非ともお伺いしたいのだが」

「……俺でよければ、なんなりと」


 輝かんばかりのオードレナ中尉の笑顔。

 噂に違わない明け透けさだ。


「貴殿の弟子――ソフィア・モーニングスター嬢が一部試験で見せた妙技! あれは貴殿の指導か? 卓越した観察眼、最上の結果を得る最小限の技。久々に肝が震えたぞ!」


 これはまた、随分と高く買ってくれたものだ。

 あの英雄の肝を震わせたとソフィア嬢に聞かせてやったら、どんな顔をするだろう。


 ともあれ俺は首を振ると、


「本人は、俺の真似をしたと言い張っていましたがね。あんな印象の悪い勝ち方、させたくありませんでしたよ」

「ふむ、なおさら興味深い! ソフィア嬢は貴殿の教えを吸収するばかりか、己の中で昇華させたということだ。拙者の弟子にも見習って欲しいところだな!」


 どうやらオードレナ中尉は謙遜ではなく、本気で言っているようだった。


「言わせてもらえば、ルシア嬢の勝ち方こそ見事でしたよ。初手で最大の力をぶつける――これこそ戦術の理想でしょう」

「然り。人が相手ならば、それで良いのだがな」


 不満そうに眉根を寄せるオードレナ中尉。

 なるほど、流石は求道者というべきか。教え子に求めるレベルも高いらしい。


「騎士が本来相手にすべきは妖魔ダスク――人よりも邪悪で、人よりも強靭な魔物だ。特に上位の妖魔ダスクともなれば、考えなしに全力で迎え撃っても勝てる可能性はゼロに等しい」


 妖魔ダスクとは、常に未知なる敵だ。

 膨大な種類、無尽蔵の力。未だにその生態も総数すら把握できていない。

 つまり、いつ想像もしていなかった強大な種と遭遇し、灰にされるかは誰にも分からない。


 だからこそ常に敵を観察し、必要とあらばあらゆる手段を講じる必要がある。

 それは自爆特攻から敵前逃亡まで、すべてを含めて。


「技ばかり磨いて相手を侮るようでは、結局妖魔ダスクどもには勝てぬし、まして真の武に辿り着くなど夢のまた夢。そうは思わぬか、カズラ殿?」

「確かに、慎重さは己を助けるでしょうね」


 彼女が言う真の武とやらが何なのか、俺にはまるで心当たりがなかったが。

 とにかくオードレナ中尉は満足げに頷いた。


「貴殿が話の分かる御仁で良かった! 残念ながら、マリア・デイブレイク嬢の家庭教師殿はあまり話好きではなかったようでなぁ」


 何気ない言葉に思わず反応してしまう。


「彼女に――ローズ中尉に会ったんですか?」

「ローズ殿というのか! 先程見つけたので声をかけたのだが、どうやら急ぎの用があったらしい」


 会釈だけで通り過ぎられてしまった、とオードレナ中尉は苦笑する。


(急いでいた? どこへ?)


 ソフィア嬢やマリア嬢達によって組まれた超・近接戦闘偏重型パーティはとっくにダンジョンの中だ。

 俺達、家庭教師にできることは、もはや教え子の無事を祈って女神に祈りを捧げることぐらい。


(と考えるだろうな。まともな家庭教師・・・・・・・・なら)


 ローズは、表に出せないようブランクな任務をこなしてきた特殊部隊の出身だ。

 まともじゃない・・・・・・・任務を押し付けられてきた宵星部隊ヴェスパーズとは同類と言っても良い。


(つまり俺と同じ考え方をする――任務の成功率を高めるためならモラルやルールなど度外視するはずだ)


 この推測が正しければ、ローズがどこに向かったかは見当がつく。


「騎士団の生ける伝説にお会いできて光栄でした、オードレナ中尉。申し訳ないが人を待たせているので、話の続きはいずれ」

「こちらこそ優秀な教師殿と話せて嬉しかったぞ、カズラ殿。また必ずな」


 俺はオードレナ中尉に別れを告げると、すぐにモーニングスター家のキャンプへと戻った。

 きっと必要になるだろうと持ち込んでいたダンジョン探索用の装備を身に着け、手早く準備を済ませる。


「シャーロット、悪いが少し出てくる。もし学院側のスタッフに何か聞かれたら、ごまかしておいてくれ」


 待機時間のために用意していたのだろう、読んでいた教本を閉じながらシャーロットがこちらを見る。


「了解であります、カズラ殿。ですが、一つお訊ねしてもよいでしょうか?」

「手短に頼む」


 俺は剣帯に納めた鞘の固定を確かめつつ、答えた。


 シャーロットの眼差しが、わずかに細められる。


「あなたがこれから追うのは、お嬢様ですか? それとも、あのローズという女でありますか?」


 俺は。

 手を止めてしまった。


 横目で見返す。シャーロットが持つ緑の瞳に込められた感情を探る。

 怒り、疑念、あるいは観察。


(まだ俺の真意を探っている段階か)


 であれば、アメリア少将が約束を破って俺の正体を親衛隊に伝えたのではない。


「……昨夜、俺を尾行していたのはお前だったのか」

「お気づきでしたか。何故、撒かなかったのでありますか?」

「隠す必要はないと思っていた。俺が、ただの熱心な家庭教師でないことを少将は知っているし、お前達親衛隊も薄々は気付いていただろうからな」


 むしろ今までが、あまりにも監視が緩かったと言うべきだろう。


「カズラ殿。あなたは、我々騎士団を恨んでいるのでありますか? あなたが探っているローズという家庭教師は何をしたのです? あなたは何故――復讐・・を企んでいるのですか?」


 シャーロットの口から、復讐という言葉が漏れた時にピンときた。


「ダンジョンで夜営した時に、俺とお嬢様の会話を聞いたのか。シャーロット」


 彼女は首肯する。

 まったく、自分の脇の甘さが心底嫌になる。


「やれやれ。好奇心でお嬢様を釣るのも、程々にしないとな」

「いいえ、逆であります、カズラ殿。あの時、あなたはお嬢様に本心を明かしているようにお見受けしました。少なくとも、あなたの害意はお嬢様に向けられてはいないのだと。だから自分は、まだ憲兵に通報していないのであります」


 見上げた忠誠心と冷静さ。

 重ね重ね、俺はシャーロットに感謝しなければならないだろう。


 憲兵の介入を許せば、流石のアメリア少将も俺を見放すかもしれない。


「お前のことだ。俺の立場ぐらいは検討をつけてるんだろう?」

「……本隊の仲間に調べさせましたが、あなたの名前はどの正騎士部隊の名簿にもありませんでした。初めは偽名を疑ったでありますが、騎士嫌いのお嬢様があなたには懐いていたこと、そして例の復讐の話・・・・を組み合わせると、推測はできます」


 シャーロットの視線が揺らぐ。

 おそらくは嫌悪、あるいは軽蔑の色だ。


「カズラ殿。あなたは黒塗り部隊ペイント・ブラックのご出身でありますね」


 様々な理由で祖国を追われ、帝国の臣民権を求めて軍役に就いた異邦人による寄せ集め部隊。

 シャーロット達のような帝国出身の正騎士とは違う、使い捨ての人材。


 本来ならば騎士を名乗ることすら許されない、と考える正騎士もいる。

 彼らによって、俺達の名はいつも黒く塗りつぶされる。

 名簿でも報告書でも、墓碑ですらも。


 シャーロットも、そういう類なのか。


「俺は、仲間を殺し部隊を壊滅させた騎士を探している。例え俺達が異邦人だろうと、それぐらいの意地はある」

「……騎士がやった、というのは間違いないのでありますか? いくら異邦人の部隊とはいえ、同じ騎士の部隊に攻撃を仕掛けるなど――」


 ありえない。

 俺もそう思っていた。奴が現れて、俺の仲間を殺すまでは。


「シャーロット。お前がどう考えようと、俺は自分が見た光景を忘れないし、犯人を探すのを辞めたりもしない。気に食わないならせいぜい監視を続けることだ」


 俺は剣帯の確認を再開し、身支度を終えるとシャーロットに背を向けた。

 背後で彼女が立ち上がったのが、気配で分かる。


「誤解をしないでいただきたいであります、カズラ殿。もし本当に犯人が正騎士ならば、騎士の誇りと誓いにかけて罪を償わせるべきだと、自分も思います。ですが」


 肩越しに続きを促す。


「今回の試験は、お嬢様にとって重要な機会だということを、忘れていただきたくないのであります。あなたがここでローズという家庭教師を殺したら、累はお嬢様にも及ぶかもしれません」


 本当に、シャーロットの忠誠心は尊敬に値する。

 あの騎士嫌いのソフィア嬢を、どうしたらそこまで思いやれるのか。


(復讐を取るか、お嬢様の未来を取るか)


 そんなこと、考えるまでもない。

 一体何のために、ご令嬢の家庭教師なんて真似をしているのか。


「……せいぜい心に留めておくさ」


 それだけを言い捨てて、俺はテントを後にした。


 マリア嬢を密かに援護するため、人知れず“深緑の塊根ディープ・グリーン・ルート”へと潜り込んだローズを追うために。

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