第19話 疑惑の騎士、現る

 対人試合は夕方まで行われる。

 結果が出るのは翌日だ。


 ソフィア嬢はさっさと帰ってお茶でもしよう、などと呑気に言っていたが、俺はとてもそんな気分にはなれなかった。

 文字通り自分の命運が明日決まるから、というだけでなく。


(次の試験では、この試合をくぐり抜けた候補者と協力しなければならないんだからな)


 二部試験は実地での試験となる。

 実際に候補者同士でパーティを結成して、ダンジョンを踏破するのだ。

 どういう組み合わせになるかは運次第だが、一緒に戦うかもしれない仲間のことを知っておくに越したことはない。


 一通り説明すると(もちろん俺の首問題は伏せて)、ソフィア嬢は納得半分、不満半分という顔で頷いてみせた。


「あっ、じゃあせめて、メイドの方にお願いして紅茶と軽食を差し入れてもらってもいいですか?」

「……どうぞお好きに」


 確かに、周囲の観客席には同じように午後の一服を持ち込んでいる貴族達が大勢いる。

 帝国臣民というのは、どいつもこいつも呑気な連中ばかりなのか。


 俺がふてくされているうちに、ジェニー達は手際よくティーセットの準備を済ませていた。

 南方から取り寄せたという香り高い茶とバターをたっぷりつかったビスケット、それから甘く煮込んだ果物のコンポートが広げられると、緊張感に満ちていたはずの客席があっという間にピクニックの現場へと変わってしまった。


「わー、おいしそうですっ! 先生もお腹空きましたよねっ。ねっ?」

「いや……ええ、空きました」


 言われてみれば、ずっと天窓に張り付いていたせいで昼食も摂っていない。

 差し出されたお茶を受け取ると、ぶどうのような芳しさが鼻を抜けていった。


「……流石、良い香りですね」

「ですよね? あー、よかったぁ」


 ソフィア嬢は胸に手を当てると、ほっとしたように吐息した。


「先生ったら、朝からずーっと怖い顔してるんですもの」

「当たり前じゃないですか。ソフィア君の将来を大きく左右する、大事な試験です」


 そして俺の未来も、とは口に出さないけれど。


 やけに頬を染めながら、ソフィア嬢が俺の手を取る。

 ビスケットでも握らせてくれるのか。


「……先生。今日はおつかれさまでした」


 どうやらそういうことではないらしい。

 とはいえ、労いの言葉など分不相応だ。俺はすべて自分のためにやっているに過ぎないのだから。


「それに、これまでも。わたしのことを、守って、心配して、育ててくださって」

「お気持ちはありがたいですが、ソフィア君。まだ試験は途中ですからね」


 落ちても悔いはない、みたいな顔をするのはやめていただきたい。


 すると途端にむくれたソフィア嬢は、


「先生って、昔っから素直じゃないとか乙女心が分からないとか言われてませんでしたか?」

「ありま……せんよ。失礼な」


 そんなことはない。断じてない。

 そもそも俺に言わせれば宵星部隊ヴェスパーズこそへそ曲がりでひねくれ者で無粋な連中ばかりだったのだ。本当だ。


「へーんだ。じゃあこのビスケットは全部わたしとメイドさんと騎士の皆さんで食べちゃいますからねっ」

「……あっ。よかった。我々のことを憶えていてくださったんですね」


 何とも言えない微妙な表情のシャーロット。

 他の二人――親衛隊のカタリナとエリザは、素知らぬ顔で明後日を見ている。


「言いたいことがありそうだな、軍曹」

「いえ、あの……すみません、この甘酸っぱ空間に耐えきれず、余計な口出しを、いてて」


 よく見るとカタリナとエリザの肘がシャーロットの脇腹にめり込んでいた。

 ……仲良さそうで何よりだ。


「ほら、ジェニーさんっ、それに皆さんも一緒にっ」

「へ、へいっ!? いえっ、そんなっ、お二人の間に立ち入るなんて、ウチらにはそんな大それたことは……っ」


 ジェニーとリンダとラヴェンナのメイド三人組がすごいスピードで後ずさっていく。

 ビスケット片手に負けじと追いかけていくソフィア嬢。


 俺は溜め息をついてから、お茶を飲み干した。


(……こんなことをしている場合じゃなかった)


 他の候補者達の戦いを見届けなければならない。

 どんなメンバーと組むことになってもソフィア嬢には最高の成果を収めてもらわなければならないのだから。


「リンダさん、ねっ、これ! 食べてください、食べて!」

「あ……お、おいしい、です……」

「カタリナさんは! こっち! はい!」

「ウ、ウス、うまいッス! 最高ッス!」


 はしゃぎまわるソフィア嬢を無視して、俺は闘技場へ意識を集中させた。


(……やはり目立つのは名家の人間、か)


 帝国騎士団を支える御三家――モーニングスター、ドーンコーラス、そしてデイブレイク。

 本年度の試験では、古の三勇者の血統クラスを受け継ぐ少女達が数十年ぶりに出揃ったのだ。


 一人は言うまでもなく、ソフィア・モーニングスター。

 当代最強の勇者たるアメリア少将の愛娘。桁外れの怠惰と底知れない才覚の持ち主。


(二人目はドーンコーラス家の娘)


 ルシア・ドーンコーラス。

 客席から見る限り、かなり背が高く肉食獣のようにしなやかな体つきをしている。身のこなしも颯爽としていて積み上げた修練の量を感じさせた。


 試合内容も見事という他ない。

 

「――ッだらぁァァァァァァァァッ」


 開始直後に放たれた【練気拳フォース・ブロー】――打撃を投射する中級スキル――は、構えた盾ごと相手を叩きのめした。

 審判が相手の失神を確認し、試合は終了。


 今回の入試では最速の勝利だ。おそらく歴代でも。


「っしゃ! 見たか、オラァ!」


 ただし、拳を高く突き上げて快哉を叫ぶのは減点対象だろう。審判団は対人試合における礼儀作法も評価の対象とする。


(ソフィア嬢とは真逆のタイプだな)


 強い闘志を抱え即決即断で戦いを征していく、豪傑の器とでも言おうか。

 器の隙間を見つけてはすり抜けていくソフィア嬢とは種類が違う。万が一パーティを組むことになったら、その差がどう転ぶか。


(そして三人目は)


 マリア・デイブレイク。

 繊細、儚げ、華奢――どの表現を当てはめようか迷うような少女だった。身の丈よりも長い槍を抱きかかえて歩く姿は、いかにも頼りなげだったが。


「――――ッ!」


 戦いぶりは徹底していた。冷徹と言っていいぐらいの完成された試合運び。

 相手はさぞ困惑しただろう。攻めれば攻めるほどいつの間にか自分が追い詰められているのだから。


 特に、最後の【螺旋突スパイラルチャージ】は凄まじかった。

 マリア自身が手を止めなければ、左眼から後頭部まで刺し貫いていたに違いない。

 彼女もまた圧巻の戦いぶりだった。味方に回ればこれ以上心強い候補者もいないだろう。


 ――俺はマリアの試合を、唖然としながら見届けた。

 他の観客とはまったく違う意味で衝撃を受けていたのだ。


(……この技。戦い方。まさかとは思うが)


 似ている。

 だが、ありえない。


(“白い鎧の騎士ホワイト・ライダー”――ヤツにそっくりだ)

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