第18話 圧倒的で完璧な勝利

「――なるほど! 分かりましたぁっ!」


 ずっと解けなかった数学の問題の答えを見つけたような、晴れ晴れとした表情で。

 ソフィア嬢が声を上げた。


「何がッ! 分かったと! 言うの――おおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!?」


 語尾で跡を引きながら、ジェーンが吹き飛ばされる。

 闘技場の端、観覧席の足元に叩きつけられる寸前で、彼女は辛うじて着地に成功した。


「なんっ、今……っ、今っ、何が起こったんですの!?」


 その叫びは、多くの観客達の感想を代弁していた。

 審判団の表情を伺うに、彼らもすっかり油断していて事態を把握していなかったようだ。


(【剣返しディフレクト】か)


 攻撃の勢いをそのまま相手へと叩き込む反撃スキル。入学志願者程度の技量レベルではまず使えない高等技術だ。

 というか訓練中にもソフィア嬢が繰り出したところは見たことがない。


 まさかとは思うが……今、習得したのか?


「もう分かりましたよっ! 圧倒的で完璧な勝利・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・法っ!」

「な、え、あ――はあっ!?」


 ソフィア嬢のとんでもない宣言に唖然とするジェーン。

 気持ちは分かる。仮に勝算が立ったとして、戦闘の最中に暴露するやつがどこにいる?


 ビシッと相手を指しながら、ソフィア嬢が続ける。


「ジェーンさんは、マナの錬成をするときに必ず視線が下を向きます! あと、踏み込みと発動のタイミングがズレてます! それから、えーと、気が急いているから技の終わりに隙があって」

「な、な、な、な」


 ジェーンはわなわなと震えながら、木剣を構えた。


「それでッ! その程度の分析でッ! 勝ったつもりですのぉぉぉぉぉぉぉッ!」


 ここ一番の声量で吼えると、地面を蹴る。

 速い。あっという間に距離を詰めたジェーンは、


「っせぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」


 突進の勢いを乗せた渾身の【鎧刺しアーマー・ピアシング】を放つ――本来ならば甲冑や装甲を貫くためのスキルで、木剣によるガードなどたやすく貫ける!


 だが。


「えいっ」


 ソフィア嬢はジェーンとまったく同じスキルを放った。

 軌道まで完璧に重ねて。


 ぶつかり合う二つの【鎧刺しアーマー・ピアシング】。

 かたや突進の勢いが乗算され、かたや後手に回った棒立ちの一撃。

 勝敗は歴然。


 のはずだった。


「――な……ッ!」


 刀身が弾けたのはジェーンの剣。

 縄による拘束が弾けて、しなりの強い木の板が四散していく。


 それどころか衝撃は柄まで貫通し、持ち主をも吹き飛ばした。

 今度は受け身も取れず、踏み固められた土の上を滑るように転がっていく。


「――――」


 あれほど騒がしかった闘技場が一瞬にして静まり返った。

 先程の【剣返しディフレクト】を上回るほどの混乱が、観客と審判達を襲う。


「い、い、今、今のは一体なんですか、カズラ殿……?」


 現役の騎士であるシャーロットすら、すがるような目で俺を見てくる。

 ソフィア嬢が繰り出したスキルはそれほどまでに高度なものだった。


「……スキル自体は【鎧刺しアーマー・ピアシング】。ただの初級だ」


 ただの初級スキルに桁違いの速さと威力を与えたのは、ソフィア嬢が持つ力。


 すなわち。

 マナの錬成、錬成したマナを通わせる体術の精度。

 何よりもジェーンの挙動を完全に見抜いた眼力。


 鏡合わせのように相手の力を写し取って、自らの力に重ねるという荒業。


(例えアメリア少将だろうと、そんな真似ができるとは思えない。だが)


 今、目の前に広がる光景こそが現実だ。


「勝負あり――勝者ッ、受験番号四七六ッ!」


 遅れて下された審判の裁定。

 沸き起こる熱狂。闘技場を包む歓声と拍手の嵐。


 こんな騒ぎは今日初めて――いや、おそらく学院史上、一度もなかったことだろう。

 本来ならばこの対人試合は厳正なる審査の場であって、観客を楽しませるパフォーマンスの場ではないのだから。


 ソフィア嬢は優雅な一礼を審判に振る舞い、客席に向かって手を振りながら退場していった。

 ……これも完璧な勝利・・・・・の演出か。


「お嬢様ー! 流石ですっ、信じてましたよウチらはーっ!」

「お見事! お見事ですッ! お嬢様ッ!」


 抱き合ってはしゃぐメイドや親衛隊達に囲まれて、俺は呆然と――あるいは憮然とソフィア嬢の退場を見送った。


 そして。

 俺達が選手控室の戸を叩くと。


「――せんせーいっ! 見てくださいました!? わたしっ、すっごいすっごいがんばりましたよっ!」


 抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってきたソフィア嬢を、手のひらで制する。

 こんな人目の多い場所で何をするつもりだ、この箱入り娘は。


「……先生、もしかしてまだ怒ってます? イライラしてます? おっぱい揉みま」

「やめなさい本当に。俺の教師としての品格が疑われます」


 俺は深く溜め息をついてから、


「随分と型破りな完璧・・でしたね、ソフィア君」

「あれっ、そうですか? 先生に教わったとおりにやってみたんですけどっ」


 何かの皮肉だろうか。

 いつ俺があんな決闘興行者グラディエーターみたいな戦い方を教えたと?


「防御と観察ッ、然る後に反撃! って、この前仰ってたじゃないですか」


 ……言った。確かに言ったが。

 あそこまで極端な解釈をするとは思っても見なかった。


「では、最後の【鎧刺しアーマー・ピアシング】は何です?」

「あれはまあ……えっと、ちょっと審判の方の評価を意識しました。ピッタリ合わせたらすごい劇的! って思って」


 居心地悪そうにソフィア嬢が目を逸らす。人差し指で頬をこすりつつ、


「それに、あれが一番疲れないマナを消費しない勝ち方かなあ、とか」


 俺は絶句した。

 喜べばいいのか怒ればいいのか、それとも呆れればいいのか。

 どの感情を表に出すべきか分からなかった。


(規格外……という言葉じゃ足りないな)


 度を越した怠惰と、破格の素質。

 その二つがこんな形で融合するとは。


 最小限の労力で最大限の効果。

 戦術の理想形。


「ダ、ダメでしたか……?」

「……あとは、審判がどう判断するか、ですね」

「えっ。えーっと、文句、つけられちゃいますか?」


 何とも言えない。

 俺の知っている正騎士の価値観からは逸脱しているが、果たして圧倒的な結果は評価基準すらも覆すのか。


「おかしいですね……昔、ロゼリアさんに連れて行ってもらった闘技場では、チャンピオンがこういう戦い方をしてたんですけど……」


 ソフィア嬢がぼやく。


(……またあなたのせいなのか、ロゼリア侯爵……)


 俺は胸中で呪いの声をあげざるを得なかった。

 これで首が飛んだら、絶対にあなたの枕元に立ってやるからな。

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