第17話 敗北すればすべてが終わる
「――受験番号四七五、受験番号四七六、前へッ!」
審判の号令に合わせて、二人が進み出る。
「よろしくお願いいたしますわっ」
貸与された練習用の木剣を掲げて、金髪カールのご令嬢――ジェーン・ネイトが叫ぶ。
洗練された所作。騎士の試合における完璧な作法。
対する我らがご令嬢――ソフィア・モーニングスター嬢は。
「あっ、はいっ。おっ、お願いしますっ」
なんかペコリとお辞儀をしていた。
その上、木剣を落としそうになって慌てていた。
(……嘘だろ……)
俺は危うく観覧席の椅子から滑り落ちそうになった。
ソフィア嬢とジェーンが対峙しているのは、聖クリス・テスラ女学院にある円形闘技場だ。
第一部入試の後半、対人試合は衆人環視の中で執り行われる。
こちらは筆記試験と違い、家族や付き人達の観覧も許されている。
審査員となる教師陣の視線もさることながら、各所から声援や野次が飛ぶ会場はそれなりに騒がしい。
(まさか雰囲気に飲まれたっていうのか!)
ソフィア嬢はああ見えて生粋の上流階級育ちだ。例え言動や行動が不可思議でも、これまで礼儀や所作でミスを犯したことはない。
しかし考えてみれば、あの戦嫌いの少女のことだ。
公の場での戦いは何かしらの理由をつけて避け続けていたのかもしれない。
「お嬢様ーッ! がんばってくださいーッ! ウチらがついてますよーッ!」
「お嬢様ッ! 気合でありますッ! 根性でありますッ!」
メイド達や親衛隊が精一杯送る声援は、ソフィア嬢の耳には入っていなさそうだ。
ようやく構えた木剣も微かに震えている。
(ああもう、クソッ、プレッシャーに弱いにも程があるッ)
試合前に伝えたことが、逆効果になったのか――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ソフィア君。彼女に――ジェーン嬢に言いたいことがあるなら、結果で示しなさい」
「……えっ」
延々と女学院生活の何たるかをまくし立てた挙げ句、高笑いとともにジェーンは去っていった。
その背中を呆然と見送るソフィア嬢に、俺は声をかけた。
「君には君の考えがある。意志がある。それを見せてやるべきです。そうしなければ、いつまでもああいう連中に侮られ続ける」
自分のやり方を示すこと。
迂闊に手を出せば痛い目を見るということ。
戦場だろうと学園だろうと、攻撃を受けたときに為すべき事は大差ない。
「でも、でも、あの、わたしがいくら話したって、ジェーンさんみたいな方には伝わらないというか、さっきもありえない的なことを仰ってましたしっ」
俺は頭を振った。
「だから結果で示すんです。ジェーン嬢が切磋琢磨が大切だ、強さが大切だと言うなら、あなた持っているもので教えてやればいい」
「……鍛え上げた魅了スキルで悩殺してみせろってことですか?」
違う。全然違う。話の流れを読んでくれ。
「入試の結果。もっと言えば、次の対人試合です。ここで君の力を示せば、理想論ばかりを語る騎士志望者どもも揚げ足取りのような真似はできなくなる」
俺が断じると。
ソフィア嬢は意外そうに、まじまじとこちらを見た。
「……先生、怒ってます? わたし、不甲斐なかったですか?」
「今まで君を叱ったことがありますか?」
「あ、そうですね。じゃあ、何に怒ってるんです?」
切り替えされて、俺は答えに窮した。
「……少し。昔のことを思い出しただけです」
怒りはある。確かに抱えている。
帝国騎士団の中で生きてきた異邦人として、正騎士どもの横暴に感じてきた憤り。
だが、今のソフィア嬢には関係のないことだ。
「気になりますっ! 先生の過去!」
「今そういう話をしている場合じゃないって分かってますよね?」
「先生こそ、わたしが興味のあまり試合に集中できなかったら困るんじゃないですか?」
こういうときだけ妙に敏くなるの、どうにかならないか。
俺は溜め息をついてから、
「……いつものやり方でいきましょう」
「対人試合で勝ったら教えてくれますかっ」
これみよがしに人差し指を立てた。
「一つ条件を追加します」
「どんとこいですっ」
ソフィア嬢が胸を張る。
その自信はもっと別のところで活かしてほしいものだが。
「誰にも文句が付けられない、圧倒的で完璧な勝利を掴んでください」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
いつものソフィア嬢なら、あの条件で奮起してくれると思った。
しかし。
(頼む、しっかりしてくれよ)
言うだけあってジェーンの技量は大したものだった。
帝国正統流の剣技は使いこなしているし、スキルの速さも精度も申し分ない。今日行われた対人試合の出場者の中では上位に入るだろう。
「はッ、せいッ、はあああぁぁぁぁッ」
強いて欠点を挙げるなら声が大きいことか。
余計な呼吸があると技の起こりを見抜かれやすい。ポイント制の試合では審判へのアピールになるだろうが。
「どうしたんですのッ、ソフィアさんッ! あなたの! 実力はッ! その程度ですのッ」
もう一つ、物言いがやたら高飛車なところも。
それは騎士としての技量とは別の問題かもしれない。
「やはりッ! あなたのようなッ! 軟弱者はッ! この女学院にはふさわしくありませんことよッ」
相手にプレッシャーをかけて萎縮させるというのは、確かに戦術としては有効だ。
つまるところ戦いとは、相手に不利な状況を作り出し続けることなのだから。
「――――、――――……」
「反論がッ! あるならッ! ハッキリ仰られたらどう!?」
ソフィア嬢は紙一重の防御を続けてはいるものの、やはり動きが精彩を欠いている。
首を狙う剣閃、腕を打つ一撃、脚を払う一振り、鼻先を潰す突きを防ぎ、かわし――あと僅かでも遅ければクリーンヒットというタイミングで。
この試合内容では、勇猛さを好む審判団はジェーンにポイントを与えるだろう。
(参ったな。こんなところで終わりか)
俺の復讐も、命も。
……俺にとってこの入試は、命を懸けた戦いだ。
目的を果たすのに手段を選ぶつもりは無い。
だが、この対人試合はソフィア嬢自身の戦いだ。
ジェーンに傷つけられた誇りを回復するのは、彼女自身が成し遂げなければならない。
それを見守ることが、俺の戦いでもある――
(――いや。待て。何を考えているんだ、俺は)
今、考えるべきは自分の身の振り方、生き延び方だ。ソフィア嬢が“
この致命的な課題に集中すべきで、教師としての責務など考慮の外に置くべきで。
――俺の混乱をよそに、戦いの趨勢は変わらない。
ジェーンは絶え間なく剣撃を繰り出し――【
ソフィア嬢は攻撃を辛うじて凌ぎ続けながら、未だに反撃の糸口を見出だせず――
(……何かがおかしい)
違和感はすぐに確信へと変わった。
ソフィア嬢は攻めに回っていない、どころではなく。
試合が始まってから一歩たりとも動いていない。
進むことも退くことも、翻ってかわすことすらしていないのだ。
あれだけの熾烈な攻撃を剣の捌きだけで防御し続けるなど、よほどの力量差がなければ出来ない。
つまり、わざと劣勢を演じているのか。
(あるいは、ソフィア嬢は)
演出しているのかもしれない。
(|誰にも文句が付けられない、圧倒的で完璧な
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