第2章 少女たちは奮闘し、死刑囚は暗躍する
第16話 それは入試という名の戦
「先生ーっ、終わりましたっ、筆記試験終わりましたよーっ! やりましたよーっ」
「知ってます、分かってますから少し声を落としてください、ソフィア君」
息を弾ませながら俺のもとに走ってきたソフィア嬢は得意満面の笑みで、
「わたしっ、全然余裕でしたっ! 歴史も算術も語学も古文も科学もっ!」
「でしょうね」
「もっと驚いてくださいよーっ、先生ったら微妙にわたしのこと馬鹿だと思ってたでしょうっ」
そんなことはない。全然ない。まったくない。
「でもこの部屋でそんな話を大声でされると、ちょっとガッカリしますね」
「あっ、えっ、あれ? やらかしちゃってますか?」
……俺達がソフィア嬢を待っていたのは、従者用の控室だった。
聖クリス・テスラ女学院は最高峰の士官学校であり、生徒や関係者には上流階級の子女が多い。学内には従者や使用人達が利用できる設備も整えられている。
メイドのジェニーと親衛隊の面々、そして他の受験生の従者達も試験終了の鐘をこの控室で待っていた。
当然ながら、今の控室は受験生達の使用人と試験を終えたばかりの受験生で溢れかえっている。
試験結果について大声で叫ぶのに妥当な場所ではない。
まして結果が良かったなどと宣言すれば、要らぬ嫉妬やトラブルを招くかもしれない。
(というか、そもそもの話)
俺は筆記試験の結果を把握していた。
何故なら試験会場にいて、すべてを見届けていたから。
もちろん会場となった教室は、受験生以外の入室が固く禁じられている。
家族も使用人達も誰一人として足を踏み入れることは許されていない。
とはいえ。
(自分の余命が懸かった試験の結果を、別室で大人しく待っていられる訳がない)
女学院の入試は二部に分かれている。
第一部は筆記と対人試合、合格者が進む第二部は実際にダンジョンに潜り込んでの実践。
俺の苦労が報われるのは試合と実践だ。
筆記試験などという初歩で躓かれては、いくらなんでもやりきれない。
(最悪、解答用紙をすりかえるつもりだったんだが)
幸いにしてその必要はなかった。
【
(よく分からん魅了スキルの研究ばかりしていると思ってたけどな)
どうやら、あのトンチンカンでチンプンカンプンなスキル(?)群は、ソフィア嬢の高い知性とたゆまぬ努力によって導き出されたものらしい。
……いくら能力が高くてもスタートとゴールの置き方が間違っているとどうしようもない、という典型だ。
「……カズラ殿。カズラ殿?」
振り向くと、シャーロットが訝しげに俺を見ていた。
指先で摘んだ一枚の紙切れを差し出してきて、
「今、カズラ殿のコートからこれが落ちてきたのですが――」
「やめろ軍曹、それ以上口を開くな」
俺はシャーロットの手から偽造解答用紙を奪うと、手早く八つ裂きにしてポケットに押し込んだ。
そして彼女の肩を掴み、できる限り朗らかに笑う。
「お前は何も見ていない。何も知らない。いいな?」
「……一応お尋ねしますが、試験時間中はお手洗いに籠もっていらしたと……」
「俺は何もやってない。その必要はなかった。口に出して繰り返せシャーロット軍曹。その、必要は、なかった」
「笑顔が怖いであります、カズラ殿……」
何を言う。こんなに優しく説得しているじゃないか。
俺達が和やかに語らっているうちに、メイドのジェニーがバタバタとソフィア嬢に駆け寄る。
「お、お嬢様! ささっ、早く! 対人試合の準備をなさってくださいっ! これを! ぐいっと飲んで!」
「ありがとう、ジェニーさん! ……ところでこの飲み物はなんです?」
「【
おいやめろ!
「ドーピングは即時失格だッ、ジェニー!」
「でっ、でもっ、お嬢様は心優しくてか細くて肉は胸と尻ばっかりに集中してるし、あんなんで他のエリート受験生達に勝てんのかって
要らぬお世話というものだ。
ここまでの努力と準備をすべて無駄にするつもりか。
「神聖なる入学試験はルールに乗って公正かつ厳粛に行う必要があるんだ、分かるね」
「今さっき物凄い不正を行おうとしていた方がいたような気がするのでありますが」
「ちょっと何を言ってるか分からないが口を閉じておいた方がいいぞシャーロット、少尉との約束だ」
「この前はもう騎士じゃないと仰っていましたが」
やけに突っかかってくるシャーロットの口を塞ぎ、俺はソフィア嬢へと頷きかけた。
「大丈夫ですよ、ソフィア君。君なら
「ええと……あの、先生。これは単なる確認で、他意は全然ないんですけどぉ」
ソフィア嬢は人差し指を顎に当てて何かを探すように天井を仰ぎながら、
「対人試合って、どのぐらい点数を稼げばいいんでしたっけ~?」
……嫌な予感がする。
まさかとは思うが。
「……合格ラインギリギリで通過するつもりですか?」
「えっ、えっ、いえいえいえいえ、そんな訳ないじゃないですか先生っ、もうっ、もうもうっ」
パタパタと手を振り回しながら、ソフィア嬢は何か言い訳めいたことを口にしている。
図星だな。
予想はしていたが。
「いいですかソフィア君。確かに、君なら楽にこなせると言いましたが、それはあくまで全力を尽くした場合のことであって」
「もうっ、先生ったら、ホントに心配性なんですからぁ! わたしのとっておき、この前見たじゃないですか! アレでババーってやっちゃえばもうラクラクーな感じで」
「そういう台詞はスキルが完全に制御できるようになってから言いなさいと――」
じりじりと後退するソフィア嬢を追い詰めながら、どうやって説得をしようかと考えていると。
「――まあっ、神聖な女学院でオトコなんかとイチャイチャしているなんてっ!」
割り入るように、声が響いた。
「随分と破廉恥な受験生ですことっ!!」
俺とソフィア嬢が振り向いた先にいたのは。
何やら仰々しい絹のドレスに身を包んだ少女だった。
「おまけに大きな声でギャアギャアと喚き立てて、淑女にあるまじきその立ち振舞っ! 聖クリス・テスラの聖地で恥ずかしいとは思いませんのっ?」
柔らかそうな金髪をこれでもかとカールさせ、輝くような金のティアラをいただいた髪型は、子供向けの絵本に出てくる姫そのもの。
いくら女学院の生徒に上流階級出身者が多いとはいえ、こんな見本みたいな貴族令嬢は他にいない。
異様と言っていい少女の風体に、ソフィア嬢も少し驚いたらしい。
「……えーと。ごめんなさい、あの、どちら様です?」
「人に名前を尋ねるときはまず自分から名乗るものですわっ! あなた、家庭教師に習わなかったんですのっ!?」
教えてない。
と答えそうになったが、俺は黙って二人を見守ることにした。
何故なら俺の直観が告げているのだ――この少女、多分、会話がしづらいタイプだと。
「これは失礼しました。えと、わたしはソフィアと言います。ソフィア・モーニ――」
「わたくしはジェーン・ネイト! ネイト島を治めるネイト男爵家が嫡子にて、次なる“
自分で言うか、それ。
目線で振り向くと、ジェニーやシャーロット達も俺と同じ表情をしていた。
「まあ、素敵な肩書をお持ちですねっ! あなたのように立派な淑女が“
「ハッ! もしかして謙遜のつもりかしら、ソフィアさんっ! ここにいる全員、女学院への入学を目指す者ならばっ、誰しも己が次の“
決まってない。
というか君が話している相手こそ、最もセオリーから逸脱した人間だぞ。
と思ったが、もちろん俺は口を挟まない。
「そっ、そうなんですか? あれ、皆さん、学校に入ったらお友達を作って一緒にお弁当を食べたり部活を楽しんだり恋バナをしたりするものなのでは? あわよくば彼氏とか彼女とかつくって青春をエンジョイしたりしないんですか?」
「それもしますがそれだけではありませんっ!」
するのか。
ストイック路線はどこにいったんだ。
と思ったが以下略。
「この聖クリス・テスラ女学院に入ったならば! 切磋琢磨を重ねて、英雄アメリア・モーニングスター少将をも超える強く正しき勇者となり! 魔王率いる
ジェーン・ネイトなるご令嬢は固く結んだ拳を振り上げながら滾々と熱弁を振るうが。
当のソフィア嬢は、実の母親の名前が出てきた時点でなんとも微妙な顔になっていた。
……おそらく彼女は、これまで何度もジェーンのような教師に教えを受けてきたのだろう。
その結果が今の体たらく――方向性をすっかり見失ったやる気ゼロの問題児、ということか。
(これはマズいな)
万が一入学しても級友がジェーンのような少女ばかりでは、とソフィア嬢が考えてしまったら。
今までどうにか押し上げてきたモチベーションが、急降下してしまうかもしれない。
そうなれば最高の成績で入試を突破することなど不可能。ソフィア嬢を“
(……いや。待てよ)
もしかすると。
この出会いはチャンスなのかも知れない。
(また一つ、ソフィア嬢を前に進ませるために)
結論から言えば。
俺の直観は正しかった。
何故なら。
ソフィア嬢の試合相手こそ、ジェーン・ネイトその人だったのだ。
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