第15話 夜明けを告げる少女の剣
「わあああああっ! ご、ごめんなさーいっ」
疾駆する光芒はシャーロットの結界を内側から突き破って、押し寄せていたリビングデッドどもを蒸発させていく。
狙いはデタラメ、威力もデタラメ。
だが、構わない。
これが今のソフィア嬢の全力ならば――あの無気力な少女が全力を出すと決めたならば。
「見事なスキルです、ソフィア君! 制御はできそうですかっ!?」
「無理無理ですーっ、このスキル、こうなっちゃうと全然ダメでっ」
「落ち着いて! マナはすべて君自身の力です! 錬成訓練を思い出して――標的から目を逸らさずッ」
「で、で、で、でもぉぉぉぉぉぉぉっ」
暴発する光の矢はノー・ライフ・キングの掌を消し飛ばすだけでなく、全身にも風穴を開けている。
(大ダメージを与えてる。ここで一気に決着をつけなければ――)
もがき苦しむ巨大白骨は暴れだし、辺り構わず薙ぎ払っていく。
外郭が吹き飛ばされ、塔が崩れ、城塞が粉砕され、瓦礫やら腕やら足やら肉やら内臓やらが降り注ぐ。
人の頭ほどもある石片をかわしながら胸中でごちる。
(……俺とシャーロットの方が危ない)
周囲への被害を抑える戦術や連携の取り方は今後の課題だな。
俺は襲いかかってきたゾンビを踏み台にして、空中の瓦礫を三つほど蹴って跳び、シャーロットの背中に突き刺さる寸前の鉄柵を蹴り飛ばす。
「カズラ殿ッ!? 今、空中を走りませんでしたか――」
「もう一度【
「りょ、了解でありますッ」
広がる斥力場が吹っ飛んできたゾンビの脚を弾くのを確かめながら、俺はソフィア嬢に視線を戻した。
「えええいっ、このっ、当たってっ、当たりなさいっ」
「――――ッ!!」
ソフィア嬢が振りかざす剣に導かれて、光芒が鋭角を描きながらノー・ライフ・キングへと襲いかかる。
敵もまた盾状に広げた黒炎で光を防ぐ。
輝きが弾ける度、爆風が夜の大気を震わせた。
「スキルの発動は自分の鼓動に合わせて! 切っ先と目と標的を一直線に! 持久戦になれば絶対に負けますよ、ソフィア君ッ!」
「分かって! ますけどっ! 防がれてしまうんですぅ!」
経験の少なさゆえか。それとも生来の素直さゆえか。
攻撃のパターンと攻め口のバリエーションが足りてない。
俺はシャーロットに目配せすると、再び駆け出した。
不意にこちらへと向かってくる光の矢――数は減ったが威力は衰えていない――をかわしながらソフィア嬢の元へ。
「失礼しますよッ」
膝裏に手を差し込み彼女を抱き上げる。
「きゃっ――えっ、ま、お姫様抱っこはズルいです先生っ!」
「実演指導ですよッ! 目を閉じず、攻撃を続けてッ!」
そしてそのままノー・ライフ・キングの周囲を駆ける。
ときに踏み足をずらし、跳び、回転し、フェイントを織り交ぜつつ、
「ただ守りに回るのではなく、誘導する! こちらの得意な間合い、リズム、ペースに巻き込んで相手の攻めを崩すッ!」
敵の攻撃を阻害しながら自分にとって最適なポジションを掴み、掴んだならば即座に攻撃へと転ずる。
「今ッ! 放つッ!」
「はっ、はいぃっ!」
気合とともに放たれた光線が黒炎の盾をかすめ、ノー・ライフ・キングの胴体を貫いた。
「やった! 当たりましたよっ、どうですか先生っ!」
「次ッ! ――斬ってッ!」
追撃。
今度は脛を薙ぎ払う。敵は片膝をついた。
「次ッ! 次ッ! 次ッ!」
「えいっ、えいっ、えええいっ!」
狙いに集中したソフィア嬢のスキルは見る見る精度を上げていき。
――やがて砂埃を上げながら俺が足を止めると。
最後まで残っていたノー・ライフ・キングの巨大な頭蓋骨が、背後に落ちた。
砕けた頭蓋の中、脳が収まるべき辺りに詰め込まれていた黒い結晶――
「……これで討伐完了、ですね」
それと同時に。
一筋の光が差し込んできた。
外郭の向こう、遠い山並みの稜線から注がれる曙光。
いつの間にか日の出の時刻を迎えていたらしい。
さらに視線を上げると、明け星がまだ居残っている。
モーニングスター。夜明けを告げる星。
この呪われた“
「……終わりました? よね? ねえ先生っ、カズラ先生っ?」
「周囲を見てみなさい。ダンジョンの主を経由していた
ゾンビは崩れて土となり、ゴーストは光に消えて、スケルトンは灰へと変わる。
まるで止まっていた時が再び動き出したように。
溶けていく黒い怨念を見届けながら、ソフィア嬢が呟く。
「この城で亡くなった方は……これで、還れるんでしょうか」
問いの答えを、俺は知らない。
むしろ答えを必要としているのは俺の方だ。
いつか――復讐を果たしたら、俺も還れるのだろうか。
みんながいるところへ。
(
胸の奥で沸き起こる感傷を溜め息で断ち切って。
俺は抱えていたソフィア嬢を静かに下ろす。
だが。
ぐいっと抱きつかれて、なんとも中途半端な姿勢で固まってしまった。
絶妙に腰への負荷が高い体勢。つらい。
「あー……ソフィア君? どうしました?」
「……先生。言いたいことが、二つあります」
それがどんな内容にせよ、一旦降りてから話してほしい。
などと口を挟む隙はなく。
「わたし、すごい――すっごい怖かったです。本当ですよ」
またいつもの魅了スキル――【守ってあげたくなっちゃう系女子】とかなんとか――か、と一瞬考えたけれど。
首に回された腕はわずかに震えていた。
「だから、褒めてください」
「見事なスキルでしたよ、ソフィア君。あとは立ち回りのコツさえ掴めば入試でも――」
「そういう先生っぽいのじゃなくてっ! もっと、えーっと……優しい、感じでっ」
ソフィア嬢が何を求めているのか、いまいち分からなかった。
かろうじて思い出せたのは、かつて妹――サクヤにも同じようなことを言われたな、ということだった。
あのときはどうしたんだったか。
「……よく頑張りましたね」
俺は腕を回して、ソフィア嬢の銀髪を撫でた。
最上級の絹もかくやという滑らかさ。
「ふひっ」
なんか変な鼻息出たぞ。
どうしたんだ、ソフィア嬢。
「それで、もう一つの言いたいことは?」
「あっ、それは、はい。ありがとうございました、カズラ先生」
頭を下げる代わりに彼女は小さく頷いて、
「ちょっと分かった気がします。その……騎士の人達が、どういう気持ちで戦ってるのか」
礼を言われるようなことは何もしていない。
俺は自分の目的のために、君を戦場へ駆り立てているだけだ。
そう口走る代わりに。
「……どうやら特訓は成功のようですね」
「えへへ。少しはわたしのこと、見直しました?」
ゼロだったやる気が一に近づいた。
これは大きな進歩だ。例えるなら大海に小さな裂け目を入れたような。
(これで入試には間に合う……か)
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