第15話 火花④ー霧散ー



「アカギさん、少し離れていてください」


 上手くいくかはわからない。しかし普通に考えて、試作品よりも完成品の方が優れているに決まってる。だからこの使い方を試そう。


「アクセス」


 脚に力が漲り、金色の『0』と『1』を纏った。

 

 右脚を突き上げ、地面を力強く踏みつける。その場所から地面はひび割れていき、さらに巻き起こった風で周囲のbotが吹き飛んだ。


「これは強いぜ……」


 あまりの威力の高さに自分でも驚く。これならどんな数でbot軍に来られても心配いらない。


「ノダさんの『増強』ですね。さすが強いです」

「彼のおかげで俺は戦えています。感謝しかありません」


 そう言えば、アカギのプログラムは『索敵』だったはず。その力でユミの場所を割り出せないのだろうか、とふと疑問に思う。


「私のプログラムと違って、皆さん素敵なプログラムです……。私の『索敵』なんておおまかな位置しかわからないもので……」


 と、アカギは弱気に話す。そして彼女がユミの居場所までがわからない理由もわかった。しかし、その力がなければ俺とユミはずっと応援が来ないままだったということだ。


「アカギさんのプログラムだって素敵ですよ。アカギさんのおかげで俺たちは救われたんです」

「……褒め上手ですね。ありがとうございます」


 彼女は走るスピードを速める。


 再びbot軍が現れ、俺は動揺にランニング・アンクレットで蹴散らす。


 それにしても、ユミの姿は見当たらない。確実に俺が逃げてきた道を通っているはずだが、全く彼女の姿がない。


 自分でどこかへ隠れたのだろうか。もしそうなら、来た道を見渡すだけでは見つかるはずがない。


「アカギさん! そっちのパイプ群の辺りを探して下さい! 俺は左の方行きます!」

「わかりました!」


 俺の考えをすぐに察したのだろう、彼女は迷うことなく俺が言った方へ向かった。


 俺もアカギとは反対側へ走り、無数にあるパイプの隙間を覗いていく。


 いなかったら次。そこにもいなかったらまた次へ。


 それ何回か繰り返していると、ついに倒れ込んでいる人物を発見した。急いでその人に近づき顔を覗き込むと、やはりユミで間違いなかった。体中傷だらけで、血やさっきの『破壊』で飛んだ泥で汚れている。


 だが何よりも無事で良かったと心底思った。


 俺が彼女の背に手を入れ上体を起こすと、閉じていた瞼が開き、黒めに俺の顔が反射すした。


「リュー君……」

「助けに来ましたよ」

「……また敬語になってるよ。やめてってば」


 と、顔を綻ばせるがその表情は痛々しい。無事とはいえ、手放しに喜ぶわけにもいかないようだ。


 それでも、こうして彼女を見つけることができ、また顔を見れることが嬉しかった。


「行こう、ユ、ユミさん」

「そこはユミでいいんだよ」


 俺はそれに苦笑しながらお姫様抱っこの形でユミを持ち上げ、パイプ群から出る。


「アカギさん! 見つかりました!」


 反対側を捜索するアカギにも聞こえるように大きい声で言うと、それを聞きつけたのかとんでもない数のbotが現れた。さらにその内の二体がアカギを人質に取っていたのだ。


「行って! 私は大丈夫!」

「そんなわけないでしょう!」


 もちろんアカギを置いていくなんて選択肢はない。


 HKMには何度失望したらいいのだろう。戦闘力のない人を人質に取るなんて。これではランニング・アンクレットで一気に吹き飛ばすわけにもいかない。


 いや、そうか。一気にしなければいいのだ。少しずつ飛ばして、アカギの所へ辿り着けばいい。それならユミを抱えたままでも助けられる。


「ちょっと我慢してくれよ、ユミ」


 脚に力が集中し、金色の『0』と『1』が浮き出てくる。


「アクセス!」


 金色の脚を加減して地面に落とす。地割れもほどほどに半径二メートルほどにいたbotたちが吹き飛ぶ。


「もう俺は負けないぞ」


 小規模の攻撃で地道にbotらを蹴り飛ばし、アカギを捕らえるbot二体に辿り着く。


「お前らも飛ばされたいかよ?」


 自分で思う以上に睨みを利かせていたかもしれない。botたちは俺を見て震えだし、アカギから去っていった。


「リュウさんんん……本当にありがとうございますう……」


 アカギはそう言いながらその場に崩れ落ちる。俺は彼女にユミを抱えたまま片手を差し出す。


「立てますか? さすがにユミがいるので抱えることはできないんですけど、肩貸すくらいならできますよ」


 彼女は黙って俺の手を引きゆっくりと立ち上がる。そして俯いたまま


「歩けますよ。ありがとう」


 とだけ言った。


「HKM幹部の俺がやられるなど……あってはならんのだ……」


 足の下にある顔が何か言っている。俺とアクタガワ、ノダの三人がかり、そしてbot軍ありとうハンデを鑑みても、強敵とは言えなかった。


「ピートーだっけ? 多分幹部向いてないよ。君の負け。雑魚呼ばわりするのは勝手から言ってよね」


 このまま身柄を拘束すれば、SNS消防隊の悲願だったHKMの情報へ辿り着ける。ついにやったのだ。リュウたちのお手柄だな。


「ヨシオカ、これで結べ」


 アクタガワから手渡された縄で、まず両足を縛る。続けて両腕を縛り上げる。これで一先ず安心か。


 俺はピートーの頭から足を離し、ノダに尋ねる。


「リュウたちは?」

「女の子を探しに行ったきりだ」

「そうですか……」


 俺はピートーの前に立つアクタガワに視線を移す。それに気づいたアクタガワは俺が見ていることに機嫌を悪くしたようだった。


「何だ」

「いえ、何も」


 アクタガワに、イノヤマ隊長まで。何でこんな大事な情報を同じ署のクルーに隠していたのだ。ましてや俺たちは消防課だぞ。共に戦う仲間だというのに。


『できるだけ情報を漏らしたくなかったんだ』

『後で詳しく話す』


 リュウたちの居場所がわかったときに言われた言葉が脳内で繰り返される。


 信頼されていなかったと、そうでないとわかっていても思ってしまう。それが俺にとって悔しかった。


 まさか、リュウのプログラムも知っていたのだろうか。もしそうなら、SNS消防隊の活動理念に反するものになってくる。


 隊長は何を考えているんだ……。


「皆さん!」


 リュウの声が聞こえ、振り返る。ユミを抱え、アカギに肩を貸す男がゆっくりと歩いて来ていた。


 その様はまるでコミックの主人公のようで、人間ってのはかっこいなと少し思う。


「良くやったね」

「皆さんの応援あってです」


 礼儀正しい後輩を持てたことに喜びを感じていた時だった。


「ははははは」


 と微動だにしていなかったピートーが突然不気味な笑い声をあげる。


「閻魔様だ! リーダーが助けてくださった! 彼こそ悪の王!」


 続けてそんなことを言う。閻魔、間違いなくHKMのリーダーの名だが……彼が助けてくださった? こいつは何を――





「!」


 その場にいた全員が気が付いた。


 ピートーの体がだんだん薄くなっていることに。


「今に見てろ! 閻魔様がお前らを燃やし、行動不能にするだろうよ!」

「逃がすか!」


 一番初めに動き出したのはヨシオカで、拳を全力でピートーに振るう。しかしその拳は地面に当たるだけだった。


 ピートーは完全に消滅し、縛っていたはずの縄が彼が間違いなくここにいたことを示していた。


「クソ!」


 傷だらけになって、ようやくHKMのメンバーを捕まえて。


 尻尾を掴んだと誰もが思った。


 まるで俺が追っていたbotのように姿を晦ました。


 六人はその場に棒立ちする。


 その中でユミが誰よりも悔しそうな顔をしていたことを



 俺はまだはっきりと覚えている。

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