第14話 火花③ー救急ー
「ヨシオカさん、どうしてここが? あと、ヨシオカさんのプログラムって……」
「居場所は第五のアカギさんがやってくれたよ。イノヤマ隊長やサイトウは消火作業に当たってる」
ピートーがヨシオカに殴られた腹を痛そうに抑えながら起き上がると、ヨシオカも再び戦闘態勢に入った。
「だから動ける『対放火犯向き』プログラムの俺たちが来た。プログラムのことは……もうすぐノダさんが合流する。彼に聞いてみてくれ。俺はとりあえずあの巨漢を行動不能にする」
と言うとピートーに向かって突進していく。
「全く、俺の後輩に何をしてくれてるんだ!」
突進攻撃もまたピートーに直撃し、彼は絶っていることだけで精一杯なようだった。
その光景に啞然としていると、体が何者かに引っ張られる。botかと焦ったが、果たしてその正体はメガネの男だった。
「何をしているんだ。早くここから離れなければ」
「あ、あなたは?」
「私はSNS消防隊第五署の隊長・アクタガワだ。さあ早く」
と、俺はアクタガワに外壁の外側へ連れて行かれる。そこにいた明るめの茶色い短い髪の女性はおそらくアカギだ。
「初めましてリュウさん。SNS消防隊第五署のアカギです。簡単な治癒ならできるので、少し痛むかもしれませんが我慢してくださいね」
冷静な彼女はそう言って、ルービックキューブのような箱を取り出す。『ような』と言ったのは本来カラフルであろう部分がどの面も真っ白だからだ。
「アクセス」
白いルービックキューブが二十七個の小さな立方体になり、俺の周りを浮遊し始める。そのキューブたちが白い光を放ち始めると、腕や足に出来ていた傷が白く発光する『0』と『1』を纏いながら綺麗に消えていった。すると、そのルービックキューブも消滅していった。
「すごい。ありがとうございます。俺たちの居場所も見つけてくださったようで」
「『治癒』は私のプログラムじゃないんですけどね。『索敵』はお茶の子さいさいですよ。感謝されるようなもんじゃないです」
と鼻を指でこすりながら微笑んだ。
そこでタイミング良く、ノダが二つの光る輪を持ちながらこちらにやってきた。
「ノダさん!」
「いやあ、ギリギリ開発が間に合ってよかったよ」
ほら、とノダが手に持っているものを渡してくる。俺が今身に着けているランニング・アンクレットの試作品によく似ているが……。
「ランニング・アンクレットのプロダクションモデル。試作品を上回る完成品だ。今すぐ付け替えろ」
そう言われ、俺は手早く試作品とプロダクションモデルを取り換える。完成品の方が若干重く感じるが、未起動状態では大した差は感じられなかった。
「ここぞという時に使ってくれ」
「ノダさん……本当にありがとうございます!」
ノダもアカギのように少し照れた様子を見せる。
「そして、お前が知りたいのはあれだろ」
と、ノダは対人戦を繰り広げるヨシオカとピートーを指差した。
「ヨシオカのプログラムは『格闘』だ。放火魔捕獲に長けた能力だからな。あまり普段の活動では目立たねえんだ」
「え? でも、ヨシオカさんのプログラムは『セラピー』なんじゃ……。まさか二つ持ち?」
「どうせそんな考えなんだろうと思ったよ。『セラピー』は別にヨシオカのプログラムじゃねえ。ただのあいつの『能力』。ヨシオカは元から言葉選びに長けてんだよ」
衝撃の事実だった。でもよく記憶を辿ってみると、確かにヨシオカは一言も『セラピー』をプログラムと言っていなかった気がする。俺の思い込みだったのか。
衝撃波と共にピートーの巨体が宙を舞い、俺たちの前へと落ちてくる。これをヨシオカがやったというのだ。なんという力の強さなのだろう。
「さすがヨシオカだ。格闘系プログラム、ナンバーワンの男だ」
ノダは倒れたピートーに対して攻撃をやめようとしないヨシオカを見ながら盛大に笑い声をあげる。
この人は笑っているが、さらっとすごいことを言わなかったか?
「……ナンバーワン?」
「ああ。去年は放火魔確保数部門で本部から表彰受けてる。元々コンピューターウイルス対策のプログラムだったんだ」
ヨシオカさんにそんな背景があったのか。通りで強いはずだ。
彼の一殴り、一蹴りでここまで風圧が飛んでくる。俺のランニング・アンクレットで強化した脚以上の力。あれがナンバーワン……。
「ノダ。そんなことより、ヨシオカが目標の気を引いている隙にカワサキの行方を」
アクタガワに対しノダは頷くと、俺の方を見た。
「カワサキ。お前と一緒にいたはずの女の子だ。どこ行った?」
「カワサキ? 俺と一緒にいたのはユミという子です」
「……あの子をユミを名乗ったのか」
と、なぜかアクタガワは手を額に当て困ったような顔を見せる。
「まあ、ユミでも構わない。彼女の居場所を教えてくれ」
彼女が叫んだ「アクセス」が脳裏に響く。そしてあの爆発。
『必ず追いつく』と言ったはずなのに、まだ俺たちの元へやって来ない。つまりそういうことだとしか考えられない。
「どうした? 答えくれ」
アクタガワが急かしてくるが、どう答えればいいというのだ。彼女の仕事仲間、第五署の仲間に彼女の雄姿をどう伝えればいいのだ。いや、伝えきれない。
「まさか、カワサキは『破壊』を使ったのか?」
「……そうです」
黙っていたせいで察せられてしまう。しかしアクタガワは表情を変えることなく、
「大丈夫だ。お前が心配しているような状況にはなっていないだろう。使用者がやられてしまうような力じゃない。でも……」
その言葉に一瞬胸を撫で下ろすが、続きが気になる言い方をして彼は言い淀む。
「どこかで倒れているかもしれない。体への負荷が大きいプログラムなんだ」
体中が傷だらけになったピートーがよろめきながら立ち上がる。無傷のヨシオカは黙ってその様子を見ていた。
「スタミナはあるようだな。さすが中身が人間なだけある」
「プログラム風情とは違うんだよ。……bot軍、こいつらを殺せ」
ピートーの鶴の一声でbot軍が集まってくる。さすがのヨシオカもその数は想定していなかったようで、
「何だこの数は」
と、動揺を見せた。
「リュウ。女の子を助けに行け」
この悪化した状況下でノダが俺の背中を叩く。
「でも、bot軍が!」
「ここは任せろ。俺たちのプログラム舐めんな」
彼はそう言ってポケットから拳銃を取り出す。「アクセス」と共に近くにいたbot三体を撃った。その銃口から出た弾丸が『0』と『1』で出来ていたのは見逃さなかった。
「俺のプログラム増強銃だ。瞬時に弾丸を創り出せる。しょぼいが時間稼ぐには充分だろ。さあ行け」
アクタガワもメガネを掛けなおし、
「アカギも一緒に行くんだ」
「わかりました」
と、自身の部隊の隊長からの指示でアカギが俺の元にやってくる。
「行きましょう、えーと」
「流です」
「リュウさんですね! わかりました」
俺はもう一度ノダの顔を見て確認する。すると、彼は早く行けと言うように顎で示す。
俺もそれに頷いて返し、アカギと共にこの場を離れる。
「行かせるか!」
ピートーが離れていく俺たちに気づき、目の前に飛んでくる。あれだけヨシオカにやられていたのにまだ体力を残していたのだ。
「俺の敵はお前だ」
手をランニング・アンクレットに当てる。
「アクセス」の「ア」を言わないうちに、今度はアクタガワが俺たちの前に現れた。文字通り『現れた』のだ。
「いや、お前の敵は私たちだ」
アクタガワの手から黄色いルービックキューブがピートーめがけて飛び出す。アカギの手がすぐに俺の目を覆った。
「アクセス。『閃光』」
何が起きたのかわからなかったが、一瞬視界が真っ白になった気がした。
「今のうちに!」
と、アカギが俺の手を引き、両手で目を抑えるピートーの前を走り去る。
「隊長のプログラム『光速』で瞬間移動して来て、オプショナル・プログラムの『閃光』で目を眩ましたんです!」
ピートーの攻撃を回避しても、行く手はbot軍に阻まれていた。こいつらを倒さなければ先へは進めないだろう。
ならば、プロダクションモデルのランニング・アンクレットを使ってみようじゃないか。
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