第13話 火花② ー悪ー
「俺たちは悪だ。人を傷つけることを楽しむ。ただそれだけがHKMの活動だ。正義などない。悪を行うことを楽しむ集団なのだよ」
そう言い捨てると、ピートーは俺を壁に向かって投げつけた。勢いよく飛ばされた俺の体は壁に強く打ち付けられる。
全身が痛かった。
そして、心底HKMに腹が立った。
もちろん奴らが立派な正義に則って活動していれば納得したというわけではない。しかし何の理由もなしに誹謗中傷をして、悪を謳うだと?
「本当にどうしようもない奴らだ……」
痛みを我慢しつつ、壁に手を当てながらなんとか俺は体を持ち上げる。だが、再びピートーの手が俺の顔を覆った。
「どうしようもない? モニターを見てもう一度言ってみたまえよ」
と、顔を無理やり巨大モニターに向けられる。
映像はさっきまでと同じ四つの画面に切り分けられ、市街地が映し出されている。異なるのは画面が少し赤みを帯びているということだ。
さらに目を凝らしてよく見てみると、赤みを帯びていると感じたのは炎になっている『0』と『1』だった。
「はっはっは! 大炎上じゃないか! 各地で大規模火災だ。SNS消防隊もさぞ手を焼いているだろう」
ピートーは両手を広げ、この状況に歓喜しているようだった。
それでも尚、俺に出来ることはない。
俺たちのせいで、SNS消防隊は今大変なことになっている。
それなのに、俺は……。
いや、できないじゃない。やるんだ。
たとえ悪者扱いされようと、俺はSNS消防隊のクルーだ。
「アクセス!」
ピートーは自分が生んだミスに気が付いていなかった。自分で壁に投げつけたせいで、俺を拘束するbotが引き剥がされたことを。つまり、今の俺にはランニング・アンクレットが使えるということを。
足先に力が漲る。その足の踵をピートーの頬に入れる。
「何!」
不意打ちでピートーが怯んでいるうちに、ユミを拘束するbotも蹴り払う。彼女の回収にも成功し、外へと飛び出す。
建物の外にも大勢のbot軍が残っていたが、もう戦闘をするつもりはない。今はここから抜け出し、街へ戻る。
道はわからないがそれでも走り続けるだけだ。
だが、bot軍も簡単には道を作らせてくれない。
「どけよ!」
目の前に現れるbotをサッカーボールを蹴るように飛ばしていく。それでも、なかなか先へと進めない。
「リュー君」
腕の中のユミが俺の名を呼ぶ。顔色は良くなっている。少し回復はできていたようだ。
「ここは私に任せて……」
「任せられないですよ! まだボロボロじゃないですか! 少し良くなったからって駄目です!」
「いいから」
と、真面目な顔をしてユミは言う。
「いつもと同じくらいの力は出せないかもしれないけど、時間稼ぎはできるよ」
ユミは自分の右袖をめくり、自分の手首を見せてくる。そこには銅色の輪が付いていた。まるで俺のランニング・アンクレットと同じようなブレスレットだ。
「それは……」
「降ろして」
俺は言われるままユミを地面に降ろす。上手く立てないようだが、直立はできるようだった。
「私がリュー君の言う通りすぐに本部に連絡を入れていれば、こんなことにはならなかった。悪いのは私だよ……。だから逃げて!」
「そんな、ユミさんは全然悪くない!」
「いいから先に行って! 後で必ず追いつくから!」
彼女の目は熱く燃えているかのように鋭かった。HKMを憎み、ここで決めるという気持ちが伝わってきました。
「……よろしくお願いします」
後ろ足を引きずられながら、俺はユミに背中を向けて走り始める。周囲のbotは自ら残った獲物に吸い寄せられ、俺には目もくれない。
背後から大きな彼女の声だけが聞こえて来た。
「私の一度限りの奥の手……。アクセス! 『破壊』!」
その刹那。爆音と光が背中を襲った。爆風に煽られた俺は空を舞う。
あれが彼女のプログラム。いや、増強されたプログラムというわけだ。
無事かどうかが心配だが、彼女は「後で必ず追いつく」と言っていた。信じるしかないだろう。
「くそおおお!」
何が悪いのは私だ。俺だって悪い!
何度もbotを逃がした。ゲームセンターでの言い争いさえも諫められなかった。
今もユミを守り切れなかった!
だから、少しでも彼女に報いるために走るんだ。
走れ俺!
上体を下げ、空気抵抗を下げる。より速く走るための策だったが失敗だったとすぐに悟る。
なぜ視界が狭まることに気が付かなかったのか。
目の前に現れた巨体にすぐに反応できず、体当たりをしてしまう。
「どこに目をつけて逃げているんだ」
この巨体。この声。このしゃべり方。
「……ピートー!」
「まあ、目が付いてなかろうと百個付いていようと、この敷地からは逃げられないぞ。ここの地形を一番把握しているのは俺なのだからな」
先回りか……。クソ……。ユミにも犠牲になってもらって、ここまで来たというのに。
HKMの奴らには、つくづくうんざりさせられる!
「もう嫌だ。悪の権化め。ここで終わらせてやる」
既に俺は元の世界に帰れるかわからない状態だ。どんな目に遭おうと、俺の怒りは収まりそうにないのだ。
今目の前にいるクソ野郎にこの怒りをぶつけなければ、俺は自分の人生に満足できない。そう確信していた。
「アクセス!」
伸ばした右脚をピートーの顔に向かって飛ばす。そして俺の右足は顔に命中せず、壁にぶつかる。
「ふっ。無策め」
「どっちがだよ」
ピートーの顔になんて当てるつもりは端からない。
俺が狙っていたのは、
「壁見ろよ。ヒビが見えないか?」
「何?」
右足を入れたところへ左足も強くぶつける。その瞬間、『0』と『1』の壁が大きく崩れ、その破片がピートーへ降りかかる。当然俺にもその破片は牙を向くが、被害がない場所へアンクレットですぐさま非難する。
しかし、よく見るとピートーが見当たらない。あの巨体だ。あの程度の量の瓦礫に埋もれて見えなくなるということは考えにくい。
となると……後ろ。
「だから、ここの地形は俺が一番わかってるって言ってるだろ。お前の視界に入らないルートもわかってる」
背後から首を捕まえられる。そのままゆっくりと足が地面から離れていく。
ここまでか……。
みんな、本当にごめんなさい……。
全てを諦め、目を閉じようとした時だ。
「どんな地形も、壊せば更地同然だろ」
聞き覚えのある声を耳が拾うやいないや、真横にあった外壁も音を立てて崩れる。それによって通じた外界から姿を現したのは、一人のメガネをかけた男と若い女性、そしてヨシオカだった。
メガネをかけたそこそこ年に見える男はメガネを掛けなおしながら、
「さすがアカギだ。索敵プログラムであなたの横に出る人はいないな」
「恐縮です。アクタガワ隊長」
それに対し、アカギという女性も答える。
「喜ぶのはあとですよ。救出を急ぎましょう」
ヨシオカが指の骨を鳴らしながら俺とピートーの方へ近づいてくる。
「誰だ。お前は」
「見ての通り。SNS消防隊。困っている人を助けに来た」
俺の首を持つピートーの手が震えている。この状況は想定していなかったのか、驚いている様子が顔を見なくてもわかる。
「どうして……市街地は炎上中のはずだ!」
「あいにく、SNS消防隊には消化作業向きじゃないクルーもいるんだよ。俺たちみたいな放火魔の追跡・捕獲に長けたようなね」
そうヨシオカは言うと、ボクサー顔負けのファイティングポーズをとった。
「再起動だ。アクセス!」
ヨシオカの体がいくつもの緑色の『0』と『1』を纏う。そのまま拳を振りかぶると、視界の中に壁にぶつかっているピートーが見え、俺はヨシオカの腕の中にいた。
「よくここまで頑張ったね。リュウ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます