第10話 邂逅ガール③
「botはどっちの方に逃げたって言ってたんですか?」
「言ってなかった。だから手当たり次第に探すしかないね」
急ぎ足で建物から出たにも関わらず、当てもなく探すんじゃ時間がもったいない。もっと効率的にすべきだ。
「ユミさんは左の方へ。俺は右に行きます」
「手分けしようってことね。ラジャー!」
ユミも俺の提案を快諾し、二手に分かれて行動することにした。
それでもやはり、botの行き先がわからないというのは捜し辛かった。今までは見つけたものを追いかける、というチェイス形式だったが、それもbotを見つけ出さなければ始まらない。それまでこのアンクレットも役に立たないというわけだ。
アンクレットで思い出した。ノダから外周を試走してこいと言われたが、あれからかなり時間が経ってしまっている。緊急事態だったし、しょうがないか。
てか、第五署の管轄ってどのくらいの広さなんだ? あまりに広いなら、小走りで探してちゃ埒が明かない。
目光らせながら、ダッシュするのが得策か。
「アクセス!」
ランニング・アンクレットを起動する。
役に立たないとか思って悪かった。最大限に使わせてもらうぜ。
補助具の力で速度を増させ、大通りを駆ける。それと並行して人混みを見るが、botらしきものは見当たらない。
「右は外れだったか?」
その瞬間、目の前の群衆から見覚えのあるシルエットがこちらに走って向かってきていた。
「当たりだ!」
そのシルエット――botは俺を見ると、来た道を引き返し出す。二回目に会った時のように群衆の中に紛れ込むが、同じ手には驚かない。
「会うのは三度目だよなあ! 四度目はなしだぜ!」
アンクレットのおかげですぐに追いつき、難なく背中を掴む。だが、奴も伊達にAIではなかった。自身の背中を掴んだ手の腕を両腕で掴み、そのまま遠心力で吹き飛ばした。つまり、俺は投げられた。
一気に体が軽くなり、自由も効かなくなる。
「やってくれたな!」
アカウントの家の壁が迫り、足の平で上手く蹴り返す。アンクレットの増強効果で、ロケットのように飛び出した。そのままbot目掛けて体当たりを与える。
見事botに直撃し、奴は激しく体を地面に叩きつけた。
突如始まったこの戦闘に、群衆も何が起きたのか、と俺たちの周りから距離を取り始める。おかげでやりやすくなった。
「さあ、逃げ場はねえぞ。大人しく捕まってくれ」
そう言ってみるが、もちろん奴は聞かない。あろうことか、拳を構えて突進してきた。
「悪足掻きも大概にしろ!」
botの打撃を避けながら、俺も右拳をbotの腹に入れる。すると、群衆の方まで奴は弾き飛ばされた。
アンクレットのおかげで脚力以外も多少増強されているのか、俺の身体能力がこの世界では強いのかわからない。だが、格闘戦が有効だとわかった。
「まだやんのか」
ケリをつけようとbotに近づくと、目の前に人が出現した。SNS消防隊の一員であるという自覚が無意識に表れたようで、その人を両腕で受け止める。
どうやら、その人は『出現した』のではないようだった。
視線の先にいるbotが抱えているのは民間人。奴が投げて来たのだ。
……それが狙いだったのか。捨て身のタックルをわざと弾き飛ばさせて、群衆に近づく。そして、彼らを飛ばして俺の攻撃を阻む。なかなか悪賢いAIのようだ。
「離せと言っても離さないんだろうな」
それなら力づくで!
botに目標を定め、右拳を引く。もちろん民間人を殴るわけにはいかない。ハッタリでも何でもいい。奴の身柄の確保が最終目標だ。
引いた拳を突き出す。すると、botは民間人を盾に使うでもなく、その場で捨て去った。
「そっち?」
想定外の対応をされるも、すぐに地面を蹴る。botは再び人混みに入り込んだ。また逃げる気だ。
群衆の壁はそこまで厚くなく、二人はすぐに抜け出した。そして、botが向かった先は民間のアカウントだ。そちらに逃げられては困る。俺じゃあの空間内を移動できない。
俺はまた逃すのか? 三度目のチャンスも駄目にするのか?
いや、もうそんな事はしない!
しかし、そう上手くは行かないのが世の中だ。わかっていたはずだ。配信を始めてから、何度も何度も感じていたはずだ。
それなのに。
俺の手はbotに触れず、奴はアカウント空間へ入っていった。
絶望の二文字が浮かんだ。
bot相手にこんなに振り回されて……こんなんじゃ、HKMの元に辿り着くことなんて……。
「リュー君!」
と、俺とは違う方向へ進んだ彼女の声が聞こえる。声がした方を見ると、ユミが走って来ていた。
「botがこっちにいたって聞いたんだけど! 捕まえた?」
「民間のアカウントの中へ逃げられました……」
「え?」
ユミは足を止める。言い訳さえも考える気にならなかった。俺はこの世界で生きていく資格がない。しかしユミは俺を責めるでもなく、
「何突っ立ってるのよ! 追いかけるよ!」
と、俺の手を引っ張る。
「追いかけるって、俺たちはあの中へ行けないじゃないですか!」
「大丈夫! 君ならできるって!」
そう言って彼女は俺を連れたまま、玄関扉を開け、空間内へ入り込む。
前回と同様、奥に白い光――『狭間』が見える。その手前に『狭間』へ向かうbotの姿があった。
一体何をする気だ、と目でユミに問う。
「せーので「アクセス」って言ってみよう。君なら絶対できるって確信してるから」
「はい?」
「せーの!」
彼女の言う事を俺が理解するより先に掛け声がかかり、俺は理解することをやめた。
身柄確保を優先。そう自分に言い聞かせる。
「「アクセス!」」
二人の声が重なる。その瞬間体に力が漲るような感覚が走った。まるで今なら何でもできるような。ランニング・アンクレットを起動させたとき以上の興奮。
「行くよ!」
彼女が一歩踏み出し、俺もそれに続く。
歩けていた。イノヤマのプログラムのおかげで歩けていたのに、自分で歩けている。彼女のプログラムか? いや、ユミは俺に「アクセス」を言わせた。これは俺の力?
「プログラムのことが気になっているんだろうけど、今は追いかけることに集中しよう。逃がしちゃうよ」
尋ねる前に彼女は俺の方を見ずに答える。その目はbotを捕らえていた。
彼女の言う通りだ。プログラムのことはbotを捕まえた後でも訊ける。
そのbotは着々と『狭間』の方へ近づいていく。しかし、この空間を自由に動けるようになった俺たちもどんどんスピードを上げて『狭間』へ向かう。
確実に距離は近づいてきていた。しかし、まだbotと俺たちの間にはかなりの距離があった。これでは追いつくよりも前に『狭間』に入られてしまう。
そう考えていた時だった。
先行していたbotの姿が光の中へ消える。危惧していたことが起きてしまった。
「ユミさん! botが『狭間』に! どうするんですか!」
「大丈夫! 突っ込むよ!」
『狭間』に? 数々のSNS消防隊員が入ることができないという『狭間』に?
この人は本当に何者なんだ?
白い光が目の前に迫り、視界も真っ白になる。あまりの眩しさに目を閉じざるを得なかった。だが「目を開けなよ」とユミが言うので、おそるおそる目を開く。
目の前に広がる景色はさっきまでいた所と変わらない真っ黒の世界だった。ただひとつ違うのは、圧迫感がある。まるで病気の時に見る夢のような。底のない空を落ちているようだ。
「本当は色んな色があるんだ。私達が知らない色もある。知らないから見えないの。それが『狭間』っていうやつだよ」
ほら、とユミは前方を指差す。その先には空間内を走り続けているbotがいた。
「追いかけるよリュー君!」
「はい!」
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