第9話 邂逅ガール②
中に入ってみると、普通のアカウントと違って真っ暗ではなく、俺たちがよく知る商業施設そのものだった。多くの人が行きかい、高い天井に眩しい照明がいくつも点いている。
「すげえ」
「公式アカウントに魂はないからね。中に簡単に入れるんだよ」
ユミがまた説明をしてくれ、
「さ、ゲームセンターはこっちだよ」
と、階段の方へ連れて行かれた。ゲームセンターは三階にあったが、階段はまだ上へ続いていた。俺が思っている以上にこの公式アカウントの建物は大きいようだ。
三階はフロア全体がゲームセンターとなっている。三百六十度全ての方向から、うるさい音が聞こえてくる。しかし、このうるさい音がワクワク感を掻きたてる。ゲームセンターの魔術だ。
ユミについて行きながら、ゲームセンターの中を進む。
「あ、あったあった。これだよ、私がやりたいやつ」
彼女が指差した台はいわゆるインベーダーゲームのようなものだった。赤いボディの台には白い字のロゴが書かれていることから、この建物が何の公式アカウントか見当がつく。そしてゲームをクリアするとその会社の商品がもらえる、と言うのが現実世界でのシステム。この世界ではゲームだけのようだ。
「随分とシンプルなゲームですね。こういうのが好きなんですか……好きなの?」
「そうだね。シンプルだからこそ飽きずに楽しめるんだよね」
と、彼女がプレイを始めようとしたときだった。ふたつ隣にある台の所から平穏ではない会話が聞こえてくる。
「おいおいおいまたチーターじゃねえか。え?」
「根拠もなしにそんなこと言わないでくださいよ。僕はただこれが得意なだけで」
「何が得意だあ? てめえ、このゲームのコンプ率いくらか知ってるか? 1パーセントだぞ! なのにてめえは一昨日、昨日、今日で三連続コンプだ!」
「だから、このゲームが得意なだけなんですって! コツが掴めたからクリアできてるだけで!」
「俺が下手くそだっていうのかよ!」
「別にそんなこと言ってませんよ」
どうやら揉めているようだ。まだ一対一だが、こういうのが炎上に発展していくんだ。早めに注意しておかないと、と思うよりも先にユミが二人のもとへ歩いて行った。
「ちょっと、さっきから聞いてればどうしたのよ。この子が何か悪いことしたの?」
と、いちゃもんをつけられていた男の子の前に立つ。
「あんた誰だよ。てか、聞いてたんならわかるだろうよ。こいつはチート使ってんの」
「だから、僕は――」
「君はいいから」
仁王立ちをする彼女は、男に詰め寄る。
「証拠は?」
「は?」
「だから証拠はあるのかって聞いてるの」
さらに距離を縮める。自分より体の大きな男にひるむ様子は見られなかった。
「ね、ねえよそんなの! だけど三日連続コンプだぞ? チートしかありえねえ!」
「証拠がないんだったら、この子を責める理由にはならないわ。仮にこの子がチートを使っていようとね、君がこのゲームをクリアする実力がないのは変わりようのない事実よ」
「お前まで俺を下手くそ扱いか!」
「そうよ。何? それでも自分の実力に自信があるなら私と勝負しようよ。私が勝てば君は黙って帰って。君が勝てば、私たちは立ち去るわ。でも、私たちはSNS消防隊よ」
唐突にユミは俺の腕を引っ張り、第四署のワッペンを彼に見せつける。
「SNS消防隊だあ? 何だそれ」
「知らないか。まあ、こそこそ活動してる組織だしね」
と、彼女は指を鳴らす。
「ってことは、勝負するってことでいいんだね」
「ああ、やってやるよ」
「ちょっと、大丈夫なんですか?」
本当に勝負を始めそうな空気が出始めたので、俺が慌ててユミに声をかけるが、
「大丈夫。私これ下手くそじゃないから」
と、男を一瞥して台の椅子に座る。男もその隣の台に腰をかけ、ゲームがスタートした。
「制限時間内によりステージを進めた方が勝ち。それでいいよね?」
「好きにしろ。女に負けたりしねえから」
「わー、差別発言じゃん」
二つの画面に『ステージ1』の文字が映ると、上の方から赤い缶や瓶を模した宇宙船が迫ってくる。
四つの手が小刻みに動く。やはり一つ目のステージは難易度が低いのか、二人は難なく次のステージに進む。
「あの、本当に大丈夫なんですかね……」
と、被害に遭っていた男の子が俺の元へ寄ってくる。しかし、俺はそれに適切な答えを返せるほど、まだユミについて知らなかった。
「俺もわかんねえんだよな……。さっき会ったばっかりだし」
「え」
「マジだよ」
などという会話をしているうちに二人の画面に少しズレが出て来た。男の方はまだステージ3をプレイしているようだが、ユミは一足早くステージ4へと進んでいた。あのセリフはハッタリじゃなかったのか。しかし男も男だ。僅差でユミに食いつていた。あれだけ威張っていたのも頷ける。
「ちなみにこれ、ステージはマックスどれくらいまであるの?」
と、隣の男の子に尋ねてみる。
「一応、100までありますね。ボーナスステージ入れたら100ですけど」
「え。今あの二人ステージ6だぜ? それであの難易度なのに100まであんの? しかも君はそれを三日連続全クリしたの?」
「そうですよ。ちゃんとボーナスステージまで」
「ツヨツヨじゃん……」
淡々と答えるからなお恐ろしい。相当経験を積んでいるのだろう。はたまたこのゲームに向いているのか。
再び画面に目を戻すと、男がどんどんユミのスコアに追いついていた。数字がひとつ、またひとつと迫っていく。男の指裁きはまるでベースを弾いているかのように速い。そしてついに男のスコアがユミのスコアを超え、ステージ7へ突入する。
「な!」
横目でそれに気が付いたユミも、負けじとコントローラーに指の腹をぶつけ、ステージ7へ入った。スコアも男へと追いついていく。
「クソ!」
男もまた近づかれていることに焦り、さらに指を早く動かす。しかし、きっと焦り過ぎたのだ。ここで初めて操作ミスを出してしまい、画面が真っ暗になる。そして『GAME OVER』の文字。
決着がつき、ユミが席から立ち上がる。
「ゲームに焦りは禁物だよ。でも、君がミスしてなかったら、私は負けてたかもしれない。間違いなく君は優秀なプレイヤーだよ。でも、理由も根拠のなく人を貶すのは駄目。より優秀なプレイヤーになりたいなら、そういうのは慎むこと。いい?」
男はユミの言葉を無視し、最初の約束通り、すぐにこの場を立ち去った。
そんな男の背中を見ながら、
「負けてあの態度じゃ、すぐには改善しないだろうね」
と吐き捨てる。男の姿が見えなくなると、男の子が深々と頭を下げた。
「あの、お二人とも、ありがとうございました!」
「いいんだよ。君も気にせず自身持っていればいいからね」
「はい!」
笑顔になった少年も去っていき、台の前には俺たち二人だけとなる。ゲームセンターの喧騒が強くなってきたところで、俺はユミの方を見た。
「随分と慣れてますね」
「まあ、君よりかは場数踏んでるしね。小さなものでも、誹謗中傷は絶対許せない。だから、見かけたらすぐに仲介に入るようにしてるんだ」
今の笑顔はまた違う笑いだ、と感じた。素の笑いにも感じるが、どこか暗さがある。
イノヤマとヨシオカに聞いたことを思い出した。
「自殺してしまった人もいたんだよ」
もしかしたら、ユミはそういうのを見たことがあるのかもしれない。そういう経験が今のユミを形作っているのだ。勝手な想像ではあるが。
「俺も――」
誹謗中傷は許せません、と言うより先に、ユミが持っている鞄から音楽が鳴る。彼女はその音源であるスマホのような通信機器を取り出した。
『鎮火中botに遭遇したが、逃げ出した。おそらくHKMのものだ。我々はまだ鎮火作業をしなければならない。頼めるか』
「わかりました」
HKM。忌々しい組織。その名を聞いただけで体が熱くなった。
「せっかくのオフだけど、んなこと言ってらんないね。君も手伝ってくれるかな?」
「もちろんです」
三度目はない。必ず捕まえる。
それに今度はユミもいる。絶対に逃がさない。
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