第8話 邂逅ガール①



 痛ぇ……。こんな短時間で二度も転んでしまうとは。それよりも、早くbotを追いかけなければ。


 目の前で腰を痛そうに擦っている少女には申し訳ないが、bot優先だ。


「悪い! 今急いでるんだ!」


 再び立ち上がり、botが走って行った方向を見るが、既に姿は見えなくなっていた。


 クソ!


 この子とぶつかってさえいなければと思ったが、俺の不注意でもある。責めるわけにはいかない。


 俺は彼女の所へ戻り、まださっきの体勢のままの彼女へ手を伸ばす。


「ごめん……ケガはない?」

「ありがとう、大丈夫だよ。君は?」

「俺も大丈夫」


 上下ジャージ姿の彼女は、よく見ると整った顔立ちをしていた。髪は肩より少し長い黒髪。肌は白く、童顔だ。


「……あれ?」


 と、彼女は俺の服をまじまじと見て来る。


「君、第四署の人?」

「どうして」


 活動服を見ただけでなぜ第四署の人間だとわかったのだろう。SNS消防隊のクルーだということだけならばまだしも、部署まで?


 困惑する俺に対し、


「部署ごとにワッペンが違うんだよ。第五部署のワッペンは今見せられないけど。今日オフで、制服持ってないから」


 と、彼女はニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべる。 ちなみに第四部署のワッペンは四つ股の炎の柄だ。


「私、ユミ。19才。第五署のクルー」


 ユミはそう言って自分の指を自身に向けた。


「え、消防隊の人なの? あ、ですか?」

「ふふふ。そうだよ。わざわざ敬語に直さなくてもいいのに。さては年下だね? はい。年齢と名前教えて」

「速水流。17です」


 彼女の言う通り、俺は年下。まだ高二だ。というかただのプログラムであるこの人たちに年齢とかあるのだろうか。……まあ、あるか。プログラムされた時期とかが違うんだろうな。と、自問自答する。


「えー! 二つも下じゃん! しかも名前長いし! リュー君でいいよね!」


 なぜかあだ名を決められたが、まあいいだろう。悪い気はしない。


「というか、どうして第五の人がここに?」


 イノヤマはそれぞれの部署で担当地域があると言っていた。第四部署の管轄で第五の人がうろついているのは何かわけがあるのだろうか。


「いやいや、こっちのセリフだよ。ここ第四がどうしてここにいるの? ここ第五の管轄だよ?」

「え」


 言われて辺りを見渡すが、わからない。ここ第五の地区だったのか。この世界に来て二日目なので、第四の町並みさえもまだおぼえていないというのに。それ故か、botを追いかけているうちに気づかず入り込んでしまったようだ。


「もしかして新人さんか。いつ第四に所属したの?」


 昨日の「き」まで言いかけた。


 イノヤマが上には報告しないと言う判断を下したように、俺が人間であることは黙っておいた方がいいだろう。だから「昨日」なんて言って怪しまれたら困る。


「い、一か月前くらいですかね」

「それまた変な時期に入ったね」


 う……。鋭いな。表情を変えずにしゃべるので、俺の正体を人間だと気づいているのかどうか、こちらから推測することが難しい。いやでも、俺のような稀なケースが何も知らない人に発想としてないと思う。


「まあ、私もまだまだ新人でさ。第五に所属になって一年なんだよ。しかも君と同じ変なタイミングでの配属。一緒だね」


 最後の「一緒だね」と時の顔が先ほどまでの笑顔と少し違ったような気がした。今までのは作った笑顔。今のは素の笑顔のようだった。あくまで気がするだけだが。


「もしかしたら、この消防隊業界では配属時期が変なのはよくあることなのかもしれませんね」


 とりあえず誤魔化すのを続けなければと思い、そんなことを言ってみる。


「かもね。あ、あとさっきも言ったけど、わざわざ敬語使わなくていいよ。そんなに年齢変わらないんだし」

「わかりました。あ、いや、わかった?」

「何で疑問形なの。それでいいんだよ」


 そう言われても、俺は先輩後輩という年齢の関係が厳しい部活で育ってしまった。相手が年上と知ってしまった以上、タメ口を使うのはためらわれた。


「これから仲良くしていくんだし。タメ語の方が距離縮まると思うんだけどなあ。だんだん慣らしていってね」

「ん? これから仲良く?」


 喉に引っかかった言葉を復唱すると、


「そうだよ」


 と彼女は真面目な顔をして答える。


「まさか、自己紹介までしたのにこれで終わりだと思ってたの? この出会いに感謝しきなきゃだよ。せっかく年齢の近い同業者なんだよ。仲良くしようよ」


 それもそうか、と少し納得する。確かに年が近い同業者にはこれからまた会えるとは限らない。この世界で暮らしていくのにそういうコミュニケーションも必要だ。


「……そうですね。それじゃあ仲良くしましょう」

「やったあ」


 と、なぜかユミは嬉しそうに顔をほころばせると、彼女の手が俺の肩に添えられる。


「早速遊ぼう」

「いや、俺仕ご――」

「私はオフなの」

「だから、俺は仕ご――」

「だから一緒に遊ぼう」


 何でこの人は最後までしゃべらせてくれないんだよ。


 しかし、仕事中なのだ。サボるにしても、着任早々それはイノヤマたちに申し訳ない。どうするべきか。ユミともう少し話したいと思っている自分がいるのも事実なのだ。


 そう考えているとひとつのアイデアが思いつく。


「パトロールという形ならいいですよ。あ、いいよ」

「よろしい」


 botを探しながらできるこの案にユミも満足気になった。


「で、どこに行くんで……行くの?」

「それがね、私もどこに行くか全然決めてなくてね。今もただ散歩してただけなの」

「散歩してただけ」

「そう。だから行きたいところない?」


 そんなこと言われても、俺はまだこの世界に何があるかわからない。だからどこへ行きたいという欲求も必然的に生まれることはなかった。だから、俺よりもこの世界を知る彼女の好きな場所へ行ってみたい。


「ユミ、のオススメの場所とか」

「タメ語でとは言ったけど、呼び捨てしていいとか言ってないよ」

「え、あ、ごめん!」


 あはは、と言うユミの笑顔は可愛らしかった。初めは無機質だったのに、お互い新人だとわかってからの笑顔は良い。


「嘘だよ。全然呼び捨てでいいよ」

「うわあ……マジで焦る」

「じゃあ、ゲームセンター行こうよ。ここのゲームセンター来たことないでしょ」


 と、彼女が案内してくれたのは俺たち二人が話していた場所のすぐ隣にある建物だった。もちろん『0』と『1』でできているが、一般のアカウントの家とはスケールが違った。現実世界で言う、デパートのような建物だった。


「このアカウントはね、ゲーム会社の公式アカウントなんだよ。大体公式アカウントは大きいからね。商業施設的な役割になるんだ」


 ユミの丁寧な解説に関心していると、彼女は俺の手を取り中へ歩いていった。


「久しぶりに誰かとゲームやれる! 嬉しい!」


 ゲームセンターじゃパトロールにならないが……。これも人助けだと自分に言い聞かせる。言い聞かせるは違うな。人助けということにしておく。それが正しい。

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