第6話 プログラム・メイクス・プログラム①



 この世界で迎える朝は二回目だ。一度目は昨日、医務室で目を覚ましたとき。二度目は今日、寮のベッドで目を覚ましたとき。


 やはり、情報量の多い怒涛の一日に疲れてしまったのだろうか。固いベッドであるにも関わらず驚くほど熟睡できた。


 一人部屋の白壁にポツンとぶら下がるシンプルな時計に目をやる。


 午前六時。寝坊はしていないようだ。


 活動服に着替えて、下の階へ降りる。三階が寮、二階が消防課・技術課、一階が事務・食堂・ガレージとなっているらしい。俺が今から向かうのは食堂だ。イノヤマから朝食は食堂で食べようと言われていたのだ。


 一階まで下り、食堂に近づくと食器の音と、美味しそうな匂いがした。


「おおおお!」


 入った途端、目の前に広がるショーケース。そして異様な食品サンプルの数。ここ、SNSの世界だよな? と疑うくらいにどれも美味しそうだった。


 ん? 待てよ。ここはSNSの世界だよな?


「イノヤマ隊長たちにとって飯ってどういうものなんですか」


 と、先ほど合流したイノヤマ、ヨシオカ、サイトウに尋ねてみる。


「まあ、お前の言わんとすることはわかる。その通りだよ。俺たちは食わなくても生きていけるし、飯という概念は人間の心との融合の副産物だ。だが、飯は美味いだろ。美味かったら元気が出るだろ。元気に働こうっていう気分にするための飯だ」


 イノヤマは券売機で牛丼を買いながら答えた。朝から牛丼……。まあ人間じゃないもんな。


「お前は何を食う?」


 そう言われ、俺は食品サンプルを見渡す。すぐ目に止まったのはかつ丼だった。イノヤマと同じ丼もの。もしかしたら俺も人間じゃないのかもしれない。


「かつ丼で」

「わかった」


 と、彼は俺にかつ丼の券をくれる。


「ありがとうございます」

「二人とも丼もの……。そんなの無理。俺はうどん定食にする」

「定食もまあまあやばいわよ」


 四人がそれぞれの料理を受け取り、四人掛けの席へ向かう。


 まず俺が座り、正面にイノヤマ、そして左隣にヨシオカ。残った席にサイトウが座ろうとすると、


「いやあ、君が噂の人間君かい」


 と、一人の男がその席に突然座ってくる。


「ちょっと! ノダさん!」


 サイトウなどお構いなしに、ノダという男は話を続ける。


「聞いたよ。ここで匿ってもらえるだってね。いやあ、イノヤマ隊長も英断だよ。俺も嬉しい。ぜひ人間君とは話をしてみたかった。さっそくだが外の世界につい――」


 せっかく話しているところを申し訳ないと思ったが。見知らぬ人のマシンガントークについていけるほど、俺は頭の回転が良くなかった。


「あの、あなたは?」

「あ? ああ! 悪ぃ! 名乗ってなかったな。技術課のノダだ。よろしく頼むよ」


 と、俺の手を無理やり取って握る。


 イノヤマ隊長の髭とは違い、無精ひげを生やしており、髪もあまり整えられていない。

だらしなく見えるが、どこか異様な雰囲気を持つ、そんな男だった。


 サイトウはと言うと、諦めたのか隣の二人席に一人で座っていた。


「で、ノダは一体どうして、流のことを知ってるんだ?」


 イノヤマは牛肉を丁寧に口に運びながら、目だけをノダの方へ向ける。


「知ってるもクソもねえよ。昨日から署内はその話題で持ちっきりだ。で、どうせあんたのことだ。上には言わねえんだろ。俺もそれで間違いねえと思うよ。でも考えてみろよ。ここの署内全員が外に漏らさない保証はあるか? いずれバレちまうよ」

「その時はその時だ」

「あんたの言う『その時』はいつ来るかわかんねえぞ。明日かもしれねえ。だから、俺が来た。俺がいりゃあ、お前を一人前に出来るぜ」


 ノダはゲラゲラと下品に笑うが、力強い目が俺を捉えていた。その様子を見たヨシオカも、


「お、まさかノダさんに作ってもらえるのか。君ツいてるよ」


 と、うどんを頬張る。


 しかし、どうもこの男が何をするつもりなのか俺には想像がつかなかった。


 作ってもらう? ノダは技術課だと言っていたが、発明家か何かなのだろうか。


 考えながら俺もかつ丼を口に運ぶ。美味い。


「珍しいな。お前がそんなことを言い出すなんて」


 ノダの言葉にイノヤマも箸を止めた。


「俺のプログラムは使うと疲れるからなあ。なるべく使いたくねえんだ。でも今回は別。本物の人間なんだろ? 俺のプログラムでどこまで強くなれるか、見てみたいんだ」

「せっかくなら、君の得意なものを強化してくれるようなものを作ってもらうといい。例えば、脚力とか。昨日のbotを追いかけるスピード、すごく早かったよね」

「ああ、あれは」


 俺は中・高校で陸上をやっていた。選手の中でも特別早い方ではなかったが、決して遅くもなかった。クラス対抗リレーでアンカーを任される、そのくらいのレベルだった。


 と、いうことをヨシオカたちにも説明する。


「それなら脚力増強系のプログラムがいいな」

「ノダさんのプログラムってどういう能力なんですか?」


 俺が尋ねると、ノダは目を文字通りキラキラと光らせ、楽しそうに自分のプログラムの話を始めた。


「おお聞いてくれた! 俺はな、プログラムを作るプログラムだ」


 俺は耳を疑った。


 プログラムを作るプログラム? この世界を完璧に理解したわけではないが、そのプログラムはかなり強いものに分類されるんじゃないだろうか。なんならん、一人で全ての仕事をこなせそうな気もする。規格外の能力だ。そんなにすごい人なら、脚力増強なんてものより、もっと現場で活躍出来るようなものを……。


「あ、待て待て。違うぞ。何でも作れるわけじゃない」


 と、ノダが俺の脳内で広がる思考に止めに入った。


「俺が作れるのはあくまで本人の補助的なプログラムだ。例えば、サイトウで例えると、ハッキング力が本人由来のプログラム。俺が作るプログラムはそのハッキング力のスピード上昇プログラム。要は追加コンテンツだ。元のベースがなきゃ意味ない」


 やはり条件付きだった。だがそれでもかなり強いプログラムだ。


「ま、イノヤマやヨシオカに比べたら別に珍しいプログラムでもないんだがな」


 そこで、サイトウが横のテーブルからノダの方へ顔を向けた。


「ノダさん、私にも何か作ってよ。今言ったみたいな処理スピード上がるやつとか」

「え、嫌だ」

「はあっ?」


 っつーことで、とノダはまたもやサイトウを無視する。サイトウは嫌われているのだろうか。そのような雰囲気はないが。


「イノヤマさんよ。後でこいつ貸してくれ」

「俺は構わんが、流次第だ」


 俺はカツ丼を全て食べ終え、箸をお盆に置いた。


「ぜひお願いします」

「よし。じゃあ九時に技術課へ来てくれ」

「わかりました」


 そう答えると、ノダは空になったお皿とお盆を持って立ち去る。


 まるで嵐のような人、そんなイメージだった。


 サイトウも、


「マジで何なのあの人」


 と、コップ一杯残っていた水を一度に飲み込んだ。

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