第5話 SNS消防隊⑤


SNS消防隊第四署へ帰って来る。


 消防課の部屋に入るなり、サイトウが伸びをした。


「うーーーん! 今日も無事救出成功して良かったあああ」

「これもまあ、隊長のプログラムのおかげで早く救出できたんだ」

「よく言うぜ」


 ヨシオカ、サイトウがそれぞれのデスクに腰を下ろし、隊長のイノヤマはパイプ椅子を一つ持ってきて、俺を空いているデスクに座らせた。


「救護室ではバタバタだったから、説明がかなり雑になってしまっていたはずだ。この世界のことについて教えてやりたいこともあるし、お前も聞きたいことがあるなら聞いてほしい。俺たちが答えられることは全て答える。それがまず先にすべきことだ。疑問があるままじゃ話もスムーズに進まないしな」


 イノヤマは隊長席に着きながら喋る。


 せっかくの質問コーナーだ。それにイノヤマの言う通り疑問はなくしておきたい。何から聞こうと思い、真っ先に頭に浮かんだのは、


「botを追いかける前、ヨシオカさんがアカウント削除とはわけが違うって言ってましたよね。あれって、一体どういう意味だったんですか」

「あれはな」


 と、イノヤマではなくヨシオカが口を開く。


「HKMが炎上に使うアカウントは基本的に二つ。『捨て垢』と『bot』だ。SNS消防隊本部の情報によると、『捨て垢』はHKMの末端に与えられているもので、下っ端のやつらはそのアカウントでの成果によって昇級や賞金が与えられるシステムらしい。だから、捨て垢を捕らえたってHKM幹部にはなかなか辿り着かないだろう。だがbotは違うんだ。HKMの幹部たちのシステムで直接管理してるAIなんだ。だから捕まえれば奴らの尾を掴める可能性がある」


 そんな奴を捕まえられる重要な機会を俺は駄目にしてしまったのか……。なんてことをしてしまったんだ……。


 と、責任を感じていると、


「だから気にするなって。botと出会うことは決して稀じゃないんだ。ただ逃げ足が速く、セキュリティ空間に逃げ込まれて終わりだ。奴らはなぜか知らんがセキュリティ空間も易々と動き回るからな。だからお前があのbotを逃したのは当たり前のことなんだよ」


 イノヤマが再びフォローしてくれた。


「そのbotの特性は、このSNSの本社にいるHKMのメンバーがシステム操作してるっていう説が濃いみたいよ」


 続いてサイトウが細く説明を加える。


 なるほど……。次会った時には絶対に逃がさない。


「他には何かあるかい?」

「あ、じゃあもう一ついいですか。botはAIなんですよね。イノヤマ隊長たちや、このSNS世界の住人はどういう存在なんですか」


 その質問に、イノヤマは自分の髭を撫でながら唸った。


「それを説明するには、先にこの世界の成り立ちを教える必要がある。どの道話しておきたかったことだ。よく聞いておくんだぞ」


 この世界は存在していて、存在していない。彼はそう言った。


 完全にシステムだけだったものに、現代のSNS依存の高まりによって人の心がシステムに介入し、生まれた概念空間というものらしい。だから元々はただの電子データだった存在が人の暮らすような世界で人の様な姿になった。摩訶不思議な話だ。


「その中でも俺たちSNS消防隊は現実世界の人間によってプログラムされたネット炎上鎮火プログラムなんだ。だから君の質問に答えるなら、そのプログラムが人間の姿になったもの、といった感じだ」

「それに関連して、話しておきたいことがもうひとつある。俺たちが救出対象とする『魂』についてだ」


 さっきよりも、さらに真面目な顔をしてイノヤマは話す。


「人間の心との融合が起きたがゆえに生まれ、『狭間』は存在する。そこはこのSNSの世界と現実世界を繋ぐ間の世界だ。だから俺たちSNSの住民はそこへ行けない。しかし、『魂』はその『狭間』に存在し、炎上によって直接傷ついてしまうんだ。だからその場へ行けるような特殊なプログラムを組まれた俺たちが助けてやらないといけないって話だ」


 そういうことだったのか。よくわからないまま現場へ向かったが、ようやくこの世界の事をちゃんと理解できた気がする。


 現代社会が産み落とした世界。癒着によって生まれた『狭間』と『魂』。それを救う専門プログラム集団・SNS消防隊。


 そんな周知の世界とは全く異なるこの世界で、俺はこれから生きていかなければいけない。


「で、本題だが。お前の今後のことを話したい」


 イノヤマは右手の人差し指と中指を伸ばす。


「お前には二つの選択肢がある。俺たちのミスでこんなはめになったんだ。うちでしっかり面倒を見る。ここで働きながら、できることを探していく。もう一つは上へ特異な事例として報告すること。だが、俺たちは二つ目を選ばせるつもりはないし、絶対に報告したくない」

「本当にあの老いぼれ集団は駄目ね……。私達を作ったプログラマーは何を考えて、本部をあんな奴らにしたのかしら」


 何度か耳にしていた『上』や『本部』という言葉。おそらくSNS消防隊の統括組織なのだろうが、詳しくは想像がつかない。


「本部ってどういう組織なんですか」

「君が思っている通り、俺たちSNS消防隊の統括組織で間違いない。だけど、どこにあるかわからない。俺たち消防隊のメンバーでも知らない。そして、本部のやつらが人間に対して手厳しいっていうのは俺たちの界隈では有名なんだ」

「そして、私たち末端の隊員が危惧しているのは奴らの思想。もちろん、こういう組織だからね、人を助けるのは大前提なんだけど。『助けるだけ』なんだよ」

「助けるだけ……?」 


 サイトウの言葉をよく理解できなかった。


 SNS消防隊はネット炎上からユーザーを守り、救出する組織。助けることは何も不思議ではないのに、なぜ彼らは引っかかっているのだろう。


「『だけ』なんだよ。流君。それならイノヤマ隊長と私だけで充分でしょ」

「あ、ヨシオカさん」


 そういうことか。助ける『だけ』で、後の処置はいらないということか。


 そんなわけないはずだ。俺はこの目でヨシオカさんの仕事を見たし、自分も普通の言葉に救われるという体験をした。


 助ける『だけ』でいいわけがない、と自信を持って断言できる。


「あいつらは人間に対して過剰に反応しすぎなんだよ。全ての人間が加害者側に回ると思ってる。そんな奴らが、人間がこの世界に迷い込んでると知ったらどうすると思う? もちろん誰だって何が起きて、そっち側になっちまうかわからん。だけど、信じるっていう気持ちがないのは消防隊という仕事において欠如してはいけないと思うんだ」


 俺はな、とイノヤマは俺の前でやってくる。


 まるで初めて医務室で会ったときのような貫録と、信頼感。


「訳もわからない世界に放り出されたっていうのに、よくわからん指示であれだけ動けたお前をすごいと思う」


 彼は一呼吸置いてから、


「お前を信頼している。だから俺たちを信頼してほしい」


 この部署のクルーはみんな優しい。そして、この仕事に誇りを持っている。


 初めはなんで俺がこんな世界で生きなきゃいけないのかと思っていたが、今は前向きに考えられる。


 この人たちとなら、俺ができることがすぐに見つかるかもしれない。


 この人たちとなら、元の世界に帰る方法もいつかわかるかもしれない。


 この人たちとなら、俺は。


 パイプ椅子から徐に腰を上げ、誠心誠意で頭を下げた。


「これから、よろしくお願いします」

「改めて、ようこそSNS消防隊へ」

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