第4話 SNS消防隊④
セキュリティ空間から元の世界へ戻ると、玄関口のすぐ前にヨシオカとサイトウが乗る消防車が待っていた。
車の前にはヨシオカが立って待っていた。
「準備はできているか」
「いつでも始められるようにしてます」
「それじゃあ、始めよう。流にも見せてやってくれ」
「そんな人に見せるようなもんじゃないんですけどね」
「あんたさっき、私に散々見せさせたよね? あんただけ見せないとか許さねーぞ」
ひー怖い、と言いつつもヨシオカはパソコンを開き、俺にも見えるようにしてくれた。
画面に映ったのはこのSNSのホーム画面だった。画面左上には『ヨシオカ @YoshiYoshiFF』の文字が。
「それって」
「ああ、俺のアカウントからDMを通じてやるんだよ。無視されてしまったら、俺の力も発揮できないままなんだけどな」
ヨシオカさんアカウント持ってるのか……。そのSNSの中身の人は生身の人間ではなくシステム上でプログラムされたものというのはどこか不思議な感じだ。いや、そう考えると公式アカウントとかと似ているのかもな。そもそも俺がこんな世界に迷い込んで、プログラムたちと話をしているのが不思議だ。
ヨシオカは被害者の子のプロフィール画面を開き、その子との個人チャット画面に移った。
「良かった。DMは解放してくれているみたいだ」
第一関門をクリアしたことを確認すると、すぐに指をキーボード上で走らせた。カタカタと目にも止まらぬ速さで文字を打っていく。
『初めまして。たまたま叩かれているのを見かけてしまって……』
『大丈夫ですか? 今はかなりアンチコメントも減っているようですけど……。』
エンターキーで二連続送信。
それから数分待つが、返信は来ない。
「うーん……。今回は駄目なのかな。これに限っては向こう次第だからな」
ヨシオカは眉をハの字にしてみせた。それに対しイノヤマも、
「現実世界で誰か周囲の人間に話せる人がいるんだったらいいがな」
と心配そうな顔をした直後だ。
『初めまして。ご心配ありがとうございます。』
通知音と共に被害者からの返信が来た。ヨシオカも喜び、
「やった!」
ハの字の眉が反転し、表情が明るくなった。
相手から続けて返信が届く。
『私、こういうことされるの初めてで、どうすればいいかわからなくて……。』
その内容に対しても、ヨシオカは間髪入れずにタイピングする。
『一番は気にしないことです。と言いたいですが、実際難しいですよね。でも、あなたはあなたでいいんですよ。自分がやりたいことをすればいい。絶対に赤の他人の言う事なんて気にする必要はないんです』
しかし、何だか俺は少し不安になった。
ヨシオカはカウンセリング担当だと聞いていたのに、思っていたよりも普通のことしか言っていない気がする。俺がそう感じてしまうだけだろうか。どんな人でも言えそうで、ヨシオカの特質という感じがしない。
「普通の言葉でもね、心が傷ついている時に聞くと響くものなんだよ」
また俺の思っていることを読み取ったかのように、すぐにヨシオカは答える。そういう、人の心を察する力としてはやはりセラピスト向きなのかもしれない。
『……そうですよね。わかってはいるんですけど』
『しんどいなら、少しSNSを控えるのもはやく回復できる道です。僕はまたあなたの絵が見られるのを待ってますから』
俺が誹謗中傷を受けた時も、少ない励ましの言葉に救われてたな、と思い出した。
普通で優しい言葉を心がやられている時に聞いたら、確かに効く。
「あ、もしかして、俺の能力、相手を癒す力だと思ってる?」
と、突然ヨシオカは顔をこちらに向ける。あまりに唐突だったせいで、俺も素直に答えてしまった。
「え、そうじゃないんですか」
「違う違う」
彼は手を横に振り、「俺の能力はね」と、体も俺に向けて話し始めた。
「瞬時に普通の言葉を思いつけることなんだ。だから他の人よりちょっとセラピストに向いてるってだけなんだ。現場で活躍できるような力じゃないし、ほぼほぼ雑用」
言われてみれば、先ではアカウントのブロック作業に当たっていた。「俺がやるのは本業じゃない」とも言っていた気がする。
「それでも、この仕事には必要な、大切な役割なんだ」
イノヤマはそう言ってヨシオカの背中を軽く叩いた。
「なんだかんだ、本人に認知されるのあんただけだしね。一番おいしいところだよ」
サイトウはそう言ってヨシオカの背中を本気で叩いた。
「痛ったあ!」
「はい、指止めない! 返信来てるよ!」
『ありがとうございます。そう言ってもらえるとちょっとだけ嬉しいです』
文章からも多少落ち着いた様子が伝わって来た。ヨシオカはそれで任務完了と判断したようで、
『僕でよければ。また何かあったとき相談に乗りますからね』
というメッセージで締めくくった。
ヨシオカさんは言葉遣いも丁寧で、性格も優しい。たとえどんな人でも普通の慰めを思いつくとしても、サイトウさんや俺が言うよりも効果があるのだろう。文字には人柄が出る。ヨシオカさんは間違いなくこの役に適任だ。
ヨシオカがパソコンを閉じると、「よし」とイノヤマが声を上げる。
「それじゃあ、我らの城へ帰ろう。そして、今度こそ流のこれからのことについても話そう」
それを聞いたサイトウが目を細める。
「上への報告についてですか」
「ああ……、それもみんなで考えなければならない」
イノヤマはそう頷いて、車に乗り込んだ。
※
——一年前。現実世界。
一人の少女が大きなギターケースを持ち、駅の構内を歩いていた。表口へ出て、噴水の前でそのケースを下ろす。取り出したアコースティックギターは彼女のコレクションの中でも特にお気に入りのものだった。
噴水の縁に腰を掛け、チューニングをする。指を動かす度に、金色に染められたボブヘア―が揺れていた。
チューニングを終えると、次は鞄からマイクを取り出す。自分が歌いやすい高さにスタンドを調整して、
「よし」
と意気込む。
「みなさん、こんばんは。サキという名前で音楽活動をしております。今夜も精いっぱい頑張って演奏します。よろしくお願いします!」
丁寧に頭を下げ、ギターを持ち直した。
「一曲目はオリジナル曲『フレイム』です」
吐息と共に彼女の声から曲が始まる。ゆったりとしたテンポのバラード曲だが、『フレイム』の名の通り、どこか燃えるような熱さのある曲だ。
次第に、彼女の周りにちらほらと人が足を止めるようになった。決して多い数ではない。しかし、彼女は聞いてくれている人がいるだけで満足だった。
その観客に混ざり、二人の男が彼女に近づいていく。
「君、ここは路上ライブ禁止なんだけどね」
と、一人の警備員が声をかけだ。
「そうだったんですか。すみません、知らなくて。今すぐ片付けます」
すると、もう一人の目の下に小さな火傷のある男の方が、彼女が片付けようとしていたマイクスタンドに手を置いた。
「知らなくてだって? 何言ってんの。君最初に「今夜も」って言ってたよね。聞いてたよ」
「え、最初から見てたんですか。なんですぐに注意せずに黙って見てたんですか……」
「いやあ、何て声かけようか悩んでてね」
と、もう一人の男。
「それにしても、君歌下手だねえ。よく人前で歌えるよ」
「そんな言い方なくないですか! 友達は上手いって言――」
「いいからいいから。早く片付けて」
その少女がこの男の顔を忘れることはなかった。
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