第6話 4日目 〜12月26日〜

いわゆる、交替勤務ではなく

常夜勤だからだろうか。

12月25日。

一日だけ、休みが有っても

一日中、寝てただけで

虚しく時間は過ぎ去った。



12月26日 深夜。

更に、人が増えていた。

この辺りから年末に掛けてが

忙しさのピークらしい。


少し長めの出欠が終わる。


今日からは数人組毎のチームに別れ

区分機を割り当てられた。


「呼ばれた人は、すぐ担当の区分機に移動して、早速作業を開始して下さい!」


「一号機!松原さん、柏さん、林さん」

呼ばれたのは

中年男性と男子大学生、女子大学生

みたいな組み合わせだ。

まぁ、適当に組まされているのだろう。


「では、ニ号機」

「長崎さん、後藤さん、田中さん」


よっしゃーー!!


心の中で大勝利の、ガッツポーズを上げている俺は、何事も無いクールな感じでニ号機へと足を進めた。

何事も無いクールな感じで。



今日は、楽しくなりそうだ。

にやけ顔が止まらない。



ふふ!とりあえず、仕事しますか。


ニ号機に着いた俺は

ややだるそうな…それでいて

クールに仕事をこなす大人の表情を作り

後ろに振り返った。


くっそ可愛い。


そこには、満面の笑みを浮かべた

天使がいた。

「よろしくお願いします」

天使がペコリとこうべを垂れる。


後藤さん。

あなただけですよ?

こんな作業場に

可愛いらしいロングセーター姿で

来ているのは。

この前は、フリフリの着いたお洋服でした。


後藤さん。

あなただけですよ?

がっつりアイメイク。

まるで、ギャルじゃないですか?


頭を上げた後藤さんは

小声でこう呟いた。

「また一緒ですね」

そして、がっつりアイメイクが

上目のまま、ニコリと笑う。


…なんだよこいつ。

ズルいよ、可愛いよ。


「はは、よろしく」

素っ気ない返事になってしまう。

今時の若い女子へのコミュが

全く解らない。



後藤さんに興味津々な俺は

全く興味が無い態度。

「じゃ、始めましょうか?」

そう言って、作業を始めてしまう。


なぜなのか。

なぜなのか。

もうニターンくらい会話の

キャッチボールが

有っても良かっただろう…。




”シャカシャカ…ザザザザ…”

区分機の連続稼働音が止むことはない。


区分機に供給されるハガキの束は

高速で一枚一枚ずつに分離され

一枚ごと高速移動しながら

郵便番号を機械に読み取られる。


そうして、読み取られたハガキは

ズラリと並んだ棚みたいな枠に

住所区分ごと自動で

振り分けられていく。


一号機あたり作業者は三人。

ハガキの束をセットする人が一人。

残り二人は、枠に貯まったハガキを

抜き取り違うboxへと移し替える。

それを延々と、繰り返すのだ。



俺は今、三十年近く生きている。

人は、生きていく中の、その経験から

自分なりの常識をかたちづくる。


そうだな、例えば

水色のかき氷。

常識から判断するなら

ソーダ味で、美味しいだろう。


その経験が多ければ多いほど

その形作られた常識は、

しっかりとした常識へと

成長していくのだ。



そして今。


俺の常識は砕かれた。


目に被せられたウロコを取って

俺は投げ捨てた。



いや、後藤さん。

あなた、ギャルだからね。


なんで?

なんでそんなに

汗を流すほどまでに

せっせと動いてるんですか?


あなた、ロングセーターなんですよ?

頑張りすぎですよ?


あなた、ギャルなんですよ?

「あっしぃ、ダルイのやってらんねーっすよギャハハ」

こうですよ?ギャルは。



なんで?

がっつりアイメイクなのに

額から汗を流して…。



俺は、俺の中のギャルの常識を

一旦、消し去った。


後藤さん、あなたはギャルファッションなだけで、根は凄く真面目な子じゃないですか。


なんですか。このギャップは。

くそ可愛いじゃないですか。



「お昼の休憩でーす」

社員さんの休憩コールで

区分機を停めた。


後藤さんは静かになった区分機を

見ながら小さな肩を上下させていた。



「すごいですね。よく頑張りますね」

そう、言ってあげたかった。


でも、出た言葉はこっちだった。

「その服装、間違えてますよね?」

そうやって、イジった。


「あはは、昼からはこれ脱いで来ます」

後藤さんは、そう言って笑った。



休憩明け


「これ脱いだら、ダサいのでやっぱり脱ぎませんでした」

後藤さんは、そう話しかけて来てくれた。

笑っている。





ギャルファッション。

根は真面目で良い子。

可愛い。



やばすぎないか。これは。

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