第5話 〜12月24日〜 2日目

♪真っ赤なお鼻の〜♪

♪トナカイさんは~♪



小さな可愛いケーキ屋さんの前を

後ろ髪を引かれながら、通り過ぎた。


クリスマスソングに、甘い香りが付いたファンタジックな空間。


私は、その空間を置き去りにした。

あれは、幻想なのよと自分に言い聞かせる。



今年は、リア充たちも外出自粛なのかな?

街に人が少ない。


誘惑の光を背後に、私は闇の夜道へと突き進む。


私は人通りの少ない夜道を自転車で疾走していた。


「くぅ〜、つめたぁ」


ゆっくり走っても、寒いからね。


ならば、寒い時間を短くするのみ。

すなわち、ママチャリ疾走。


向かう先は、郵便局。


世の中は、新型ウィルスで大変な事態。

旅行?ムリムリ。

遊園地?はいムリムリ。


大学の冬休み。

今年は友達も巣篭もりらしい。


…なによ?

今日?

クリスマスぅ?


……。



こほん。

私は、人生初のバイトとして

年賀状の区分けを選んだ。

なんか簡単らしいから。


なるべく時給の良い深夜帯を選んだ。

昨日見た感じで安心した。


私と同じような大学生の女子もいたし

若いお姉さんもいた。


今年の冬休みは、短期バイトでもして

春休みのために、お金を稼ぐのだ。



昨日より、人が多くなっていた。

この短期バイトは、クリスマスや大晦日、正月なんて関係ない。

まぁ、今年だけと、腹を括れば、それも何てことはない。


色んな人が居て、色んな事情があって。


だからか、お互いにあまり深く詮索しないしされない。


「よろしく」なんて一言も無い、殺伐とした女子休憩室。


私は、まだ社会を良く知らない。

だけど、もう少し、交流があっても良いのにな。

…と思った。



二日目の作業は

手区分から始まった。

昨日、一通り習ったから出来る。


ふふ、ゲーム感覚。


右上角は[853]

左下角は[80]

そうやって要所要所を記憶していく。


ほら、来た[80]。

これは、左下角。


次は[86]たしかこの辺り…有った。


私の中の、素敵なリズムが

年賀ハガキを

タンタンと振り分けていく。



「長崎さんと後藤さん!解束作業お願いしまーす!」


私の側で社員さんが呼んでいる。


「後藤さん。昨日教えた解束!お願いね」

社員さんは、基本当たりが優しい。


「はい!」

仕事を任せられたことが、少し嬉しかった。

私は早々と解束場に向かう。


解束…解束っと。

……あれ?


…どうやるんだったっけ?

たしか、県内と県外は別にして…。


昨日、習ったことを思い出そうと

記憶を辿り、作業してみるが

これで、合っているのか自信が無い。




”トン…スッ、トントン、サク”


目の前の作業場に、男の人が現れた。

挨拶なんて無い。

無愛想な男の人。

ネームプレートは[長崎]。


同じ解束作業をやる人なのかな?

すごいテキパキと、作業を進めていた。


ベテランらしい長崎さんという男の人に

私は意を決して聞いた。

私は新人バイト。

わからないことは、聞かないとね。


「あの、すみません!」

ちょっと、久しぶりに発声したせいで

声量が大きくなった。


「はい?」

ほら、声が大きすぎて

長崎さんは、少しビクッとしている。


小声で、質問した。

「これって、どうやるんでしたっけ?」



「…え?」

長崎さんは、一瞬、疑問系な表情を見せた。

それが、何だったのかは解らない。

ほんの一瞬だったから。


「あ、あぁこれはこうで、ここはこうして、ハガキの向きはこうね?習った通りだよ」

流石にベテランらしく、教えかたも優しく、解りやすかった。


私達、短期バイトとは違うのかな?

毎年やってる大先輩なのかも?

「わかりました。ありがとうございます!」

素直に優しく教えて頂いたことに感謝を告げた。


よし!頑張ろう。



何箱か、解束し終えたときだった。


「あれ?長崎さん……」

そう言いながら社員さんが、私達に近づいて来た。


社員さんは、長崎さんに向かって優しくこう言っていた。

「これ、ハガキの向き反対だよ。昨日教えたでしょ!」

そう言って笑う。


…え?

…長崎さん…ベテランさんじゃないの?



「あぁすみません!間違えました」

長崎さんは、申し訳なさそうに謝る。

でも、社員さんは笑っている。

私も笑った。

だって、私に教えた時、ハガキの向き合ってたし。

「私には正解の方、教えたのに!」


長崎さんも、顔を赤くして笑っていた。


「悪い見本見せただけだよ」

長崎さんはこうやって、ごまかした。

また、三人で笑った。



短期バイト二日目にして

やっと他人と一緒に笑い合えた

そんな記念すべき、時間でした。



ただ、この時

私はこのバイトを、この仕事を

少し舐めていたなと反省した。



長崎さんも今年初めての

年賀ハガキ短期バイトだったらしい。

私より一日早く入っただけだった。


素人の私が、素人の長崎さんに作業について質問したのだ。

それがあの

「え?」

っと困惑した長崎さんの表情の答えだった。


それでも長崎さんは

丁寧親切に教えてくれた。


長崎さんは解束作業をもうマスターしていた。


私は、遊び気分の女子大学生。


そんな視線だけは嫌だった。


私も長崎さんみたいに

がんばろう


そう、想った。

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