無才の聖女 ~逆行して魔法の大天才になったら片想いの最強傭兵(狐耳、家事万能)と同居することに。でも彼の様子がなんだかおかしい。え、わたしの恋する匂いが原因?~
第33話 神殿との決別とイリヤの晴れ姿
第33話 神殿との決別とイリヤの晴れ姿
一月二十八日、イリヤはフィリップによって王子の身分と称号を与えられるとともに、王族公爵に叙せられた。あまりにも迅速に行われた叙爵式に、オデットもイリヤも驚いた。フィリップはずいぶん前からこの計画を準備していたようだ。
同時に、イリヤにはリュピテール風の王族としての名がフィリップから贈られた。
テルクシノエ王朝のカリスト公爵イリヤ・フェリックス・ローランというのが、彼の正式な名になる。
イリヤは平静なふりをして、少し面倒そうな顔をしていたが。
彼はこののち、民衆からは「銀狼公」と呼び慕われることになる。
直後に行われた魔力測定の儀で、予想に漏れずイリヤは高い数値を叩き出した。
王太子は既にルイに決まっており、イリヤは王の孫ということになるので、王位継承権を剥奪されたロドリグに代わり、ルイが結婚し子をなすまでの間の暫定的な第二王位継承者となった。
礼服姿のイリヤはとても凛々しかった。もっとも、先端に黒毛の交じった銀の尻尾を上着の裾から覗かせているのが非常に可愛らしくもある。
聖女として特別に式への参列を許されたオデットは、とても誇らしい気分だった。
式が終わったあと、フィリップがオデットに声をかけてきた。
「オデットよ、『そなたの戦功に見合うだけの褒賞を授けたい。何か望むものはないか』と、この前、予が申したことを覚えておるか?」
もちろん覚えている。その時は何が欲しいか、とっさに思い浮かばなかったので、「あとでお伝えします」と答えたのだ。何せ、一番の望みであるイリヤの無事と彼との婚約は叶った。実は未だに欲しいものは決まっていない。
困ってしまい、オデットはうなった。
「それが、もっとも欲しかったものは既に得てしまったものですから。ただ、ひとつ気がかりなことがございます」
「なんだ?」
「大神官をはじめとしたエウリサード神殿の方々は、こたびのわたくしと殿下の婚約について、どう思っているのでしょう? 何か申してはおりませんでしたか?」
「うむ、それがだな……」
フィリップは苦笑した。
「実は、イリヤとの婚約は破談にして、なんとかそなたとルイを婚約させられないか、と申してきておる。美辞麗句を並べ立てておったが、つまるところ、本音はそれだ」
オデットはぴきりと額に青筋を立てそうになった。さんざん人を無能無才だと陰でののしり、ロドリグと結婚させようとした挙げ句、自分が魔法の才に目覚めたらこれか。
(勝手すぎる!)
フィリップは
「確かに、そなたの強大な魔力は惜しいからのう。ま、予としては、そんなそなたが両親のおらぬイリヤの伴侶となってくれたほうが心強いが」
「もったいなきお言葉にございます。……ですが、陛下。わたくしは今しがた、褒賞としていただきたいものが決まりました」
「ほう、それは?」
オデットが望むものを告げると、フィリップはからからと豪快に笑った。
「なんだなんだ、そのようなことか。そなたに与える褒賞としては物足りないくらいだが、確かにイリヤと確実に結婚したいならば、それが最善であろうな。よし、さっそく用意しよう」
「よろしくお願い申し上げます」
オデットはフィリップから賜る予定の「あるもの」を携えて、自らエウリサード神殿に赴くことを決意した。
◇
オデットはフィリップから貸してもらった数名の神殿騎士を伴い、イリヤとともに馬車でエウリサード神殿へと向かった。ちなみに神殿騎士団とは、国王直轄の王都の大神殿を本拠地とする親衛隊のことである。
オデットは最初、自分の身は自分で守れるし、護衛の神殿騎士がいれば安心、と一人で神殿へ向かうつもりだったのだが、イリヤが頑なに反対したのだ。「俺の問題でもあるしな」という彼の言葉に、オデットも最後は折れた。
エウリサード神殿には七日ほどで到着した。半年ぶりに目にする白い石造りの神殿の威容は、神聖さよりも冷たさが際立っていた。
聖女オデットが戻り、王子が来訪したと告げると、門番の神官兵たちは恭しく二人を迎え入れた。
「大神官猊下とジェルヴェーズさまにお会いしに参りました」
そう告げて、応接室で待つこと数十分、ようやく大神官とジェルヴェーズが姿を現した。ルイと婚約させるためにオデットをどう説得するか、対策を練ってきたに違いない。
二人は聖職者の礼を執ったが、ジェルヴェーズの表情は動揺を隠せていなかった。以前、痛罵したイリヤが実は国王の孫だった上に、神殿側がオデットとルイの婚約を画策し始めたからだろう。
挨拶もそこそこに、オデットは切り出した。
「わたしは今日限りで聖女を辞し、ジェルヴェーズさまに地位を譲ります。そして、この場においでになるイリヤ殿下と婚約いたします」
ジェルヴェーズの表情が少し明るくなる。
大神官はなだめるように言った。
「考え直してはもらえぬだろうか、オデット。今のそなたには王太子殿下とご婚約するだけの資格が十二分にある。ああ、もちろん、イリヤ殿下を軽んじているわけではありませぬぞ。我々はただ……」
それは、遠回しにイリヤを侮辱したも同じことだ。オデットは封蝋で筒状に閉じられた一通の証書を取り出した。
「大神官猊下、お読みください」
大神官は
「こ、これは……」
そこには、こう書かれていたのだ。予、国王フィリップは、聖女オデットと我が孫イリヤに婚約を命じ、これを保証するものとする──と。
「さようでございます。大神官猊下、国王陛下はわたしたちに婚約をお命じになりました。国家においても全神殿においても最高権力者であらせられる陛下のご命令を無視なさるおつもりですか?」
「いや、だが、聖女の位にはもう少しだけ……」
「お断りいたします」
オデットはそう告げると席を立った。あとをついてきたイリヤが苦笑する。不思議なもので、こうして見ると、柔らかいイリヤの笑みはフィリップの浮かべる笑みによく似ていた。
「俺の出る幕はなかったな。結婚したら、俺は恐妻家になりそうだ」
「もう、そんなこと言って……。イリヤさんの前では優しい妻でいてみせます」
「本当か? せいぜい、お前を怒らせないように努めることにしよう。……しかし、あのジェルヴェーズとかいう女は、まだルイと結婚するつもりなのか?」
イリヤは叔父であるルイを呼び捨てにするようになっていた。
ルイ本人が「二歳しか離れていないのに叔父上と呼ばれるのも、なんだかむず痒いから」と、そう呼ぶように望んだのだ。
オデットは苦笑した。
「多分。それがジェルヴェーズさまの目標でしょうから」
「いくら魔力の強い女を妻に迎える必要があるとはいえ、ルイのような人のいい奴があの女を選ぶとは到底思えん」
「うーん、そうですねえ」
イリヤなりに罵倒されたことを根に持っているらしい。
(それとも、あの時、わたしを軽んじるジェルヴェーズさまを目にしたからかな?)
そうだとしたら、少し嬉しい。
軽口を叩き合いながら廊下を歩いていると、うしろからぱたぱたとこちらに向けて走ってくる足音が聞こえた。振り返ったオデットは目を見張る。そこには、半年前に別れた少女が立っていた。
「ポーラ……」
神殿にいた時、唯一の味方だった付き人のポーラ・エルディー。
彼女には手紙くらいは出したかったのだが、リュピテール人と獣族の宗教の違いから、エウリサード神殿へ向かう村人も出入りしている獣族の行商人も皆無だったため、それも諦めざるをえなかったのだ。
「久しぶりですね、ポーラ。元気でいましたか?」
オデットが声をかけると、ポーラは泣き出しそうな顔で返事をした。
「オデットさまあ……ご無事でよかった……」
「ポーラ、どうしたのです?」
ポーラはしゃくりあげるように話し始めた。
「わたし……魔法の才にお目覚めになったオデットさまが出征なさったと聞いて、心配で心配で……。でも、オデットさまが凱旋なさって、実は王子さまだったパドキアラ団の団長さんとご婚約するって噂を聞いて、とても嬉しかったんです。だって、オデットさまがあんなに信頼なさっていた方とご結婚なさるんですから。それなのに、今度は神殿の上の方々がオデットさまと王太子殿下を婚約させようとしているって……」
ポーラの優しいところは、以前と少しも変わっていない。オデットは口元を綻ばせた。
「心配してくれてありがとう。大丈夫ですよ。さっき、大神官猊下と話はつけてきました。わたしはイリヤ殿下と結婚します」
ポーラは目をぱちくりさせた。
「ほ、本当ですか……?」
「ええ、本当です」
目を細めたあとで、オデットはふと思った。こんなに自分のことを想ってくれる彼女と、このまま別れてもいいものだろうか。ある名案を思いついたオデットはポーラに歩み寄ると、その手を握った。
「ねえ、ポーラ。わたしがイリヤ殿下とお屋敷で暮らすようになったら、わたしの侍女として働いてくれませんか? 今まで頑張ってきた巫女を辞めることになってしまうけれど、その分、お給料は弾みます。いいですよね? イリヤさん」
イリヤは仕方なさそうな顔をした。
「別に構わん。好きにしろ」
オデットはポーラの顔を覗き込む。ポーラは何度も頷いた。
「はい! はい! わたし、オデットさまのお傍にいられなくなって、寂しくて寂しくて……神殿の人たちはオデットさまを馬鹿にする嫌な人ばかりだし……その上、今度は掌を返して……」
「じゃあ、その時が来たら迎えにいきます。それまでの辛抱ですからね」
「お待ちしております!」
オデットは改めてポーラと約束すると、しばしの別れを告げた。
イリヤが独り言のように評した。
「ずいぶん賑やかな女だな。……まあ、屋敷は広いだろうから、そのほうがいいかもしれん」
オデットは「そうでしょう」と笑う。
門の外に出、もう未練などないエウリサード神殿に背を向けた時、隣を歩くイリヤが急に真顔になった。
「オデット、これから、お前の生まれ故郷に行く気はないか?」
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