無才の聖女 ~逆行して魔法の大天才になったら片想いの最強傭兵(狐耳、家事万能)と同居することに。でも彼の様子がなんだかおかしい。え、わたしの恋する匂いが原因?~
第31話 イリヤの素性とフィリップの申し出
第31話 イリヤの素性とフィリップの申し出
「イリヤ、オデット、面を上げよ」
二人同時に命じられた通りにすると、国王はイリヤを見て目を細めた。
「やはり、似ておるのう」
なんのことだろう。イリヤも同じことを思ったようで、目を瞬かせている。
フィリップは穏やかに言葉を継ぐ。
「イリヤ、オデット、そなたたちの武功を賞する前に、まず訊かせて欲しい。イリヤ、そなた、ペンダントを持っておらぬか? 魔導具でもある青い石のペンダントだ」
オデットも驚いたが、イリヤも目を見張った。まだイリヤにペンダントを返していなかったオデットは、慌てて襟元から青い石を取り出し、鎖の留め具を外した。両掌に載せたペンダントをフィリップに向けて差し出す。
「……こちらでしょうか? 国王陛下」
フィリップが喜色を浮かべた。
「おお! まさしくそれだ! オデットが持っておったのは意外だったが、まあ、半年もともに過ごせば、そういうことになるだろうしの」
フィリップにイリヤとの関係を感づかれてしまい、オデットは赤面してうつむいた。
困惑気味のイリヤの声が聞こえる。
「恐れながら陛下、なぜ、このペンダントのことをご存知なのでしょうか」
「それは、かつて予が長女に贈ったものだ」
オデットは再び顔を上げた。このペンダントはイリヤが盗賊時代に盗んだものではなく、物心ついた時から身につけていたものだ。一体、どうして王女のペンダントをイリヤが持っているのだろう。
イリヤの端正な顔に、驚愕と半信半疑の表情が広がっていく。
「まさか──」
「そう、そなたは我が娘、シャルロットの一人息子だ。イリヤ」
断言する父王に、玉座の隣に控えていたルイが驚いたように顔を向ける。
「どういうことですか、父上。イリヤが姉上の子──わたしの甥だとおっしゃるのですか」
「そうだ。そうは言っても、ルイ、お前はシャルロットのことはよく覚えておらぬかもしれぬな。イリヤ、シャルロットの母親は、予が早くに亡くした先の王妃だ。そして、後添いに迎えたのが今の王妃──ルイとロドリグの母親だ」
イリヤは彼らしくもなく、何も言えずにいる。無理もない。自分の実母が王女だと明かされれば、誰でも唖然とするはずだ。自分だって言葉が出ないほど驚いている。
フィリップの目に懐かしそうな光が浮かんだ。
「それゆえ、シャルロットとルイは十六も年の離れた姉弟だった。シャルロットは亡くなった母親によく似ておった。美しい容姿も優しい性格もな。この子には素晴らしい夫を見つけてやろう、と当時の予は思っておった。だが、そなたたちも、もしかしたら噂に聞いたことがあるかもしれぬが──シャルロットは駆け落ちした」
フィリップの顔が苦しげに歪む。
「相手の男は王宮に出入りしていた傭兵団の連隊長で、獣族だった。反対されるに決まっていると思ったシャルロットは男と添い遂げるために、全てを捨てて逃げたのだろう。予は血眼になって娘を捜した。しかし、ようやく行方を捜し求めた時には、シャルロットは既に亡くなっていた」
イリヤは呆然としている。
「シャルロットは男との間に子をもうけたが、産後に体調が回復しなかったらしくてな。貧しい暮らしだったゆえ、仕方がなかったのだろう。子どもは獣族の血を引いているとはいえ、予にとっては孫だ。予は孫の行方を探らせた」
なぜ、イリヤを見つけることができなかったのだろう。早くに見つけていれば、イリヤがあれほど辛い思いをすることもなかったろうに。
「父親は生活費を稼ぐために、パドキアラ地方で傭兵稼業に戻った。予の追っ手に見つからぬよう、一傭兵として領主の雇った無名の傭兵団に参加していたようだ。だが、赤子を放っておくわけにはいかない。父親は子どもを人に預け、戦地へ向かった。そして、二度と戻ることはなかった……」
イリヤが掠れた声で確認する。
「戦死、したのですか」
「そうだ。国境を侵そうとしたハーズとの戦でな。孫の消息はそこで途絶えた。おそらく、孫を預かった者は親切を装った人買いで、父親は言葉巧みにだまされたのだろう。そう気づいたにもかかわらず、予は十年以上もそやつを捜し出せなかった。背後で大がかりな組織が動いていてな」
イリヤは捨てられたわけではなかったのだ。それどころか、彼の父親はイリヤとともに生きるつもりだったのだろう。オデットの胸が震えそうなくらい熱くなる。
そして、誘拐されたイリヤは人身売買をしていた組織に育てられることになった。
集められた獣族の子どもたちの中には孤児や捨て子もいたのだろうが、イリヤのように誘拐されてきた子も多かったのだろう。
イリヤの父親は一人残される我が子を守るために、妻の形見のペンダントを子の首にかけて戦地に赴いたのだろうか。
「ある時、獣族の子どもを売買するばかりか、犯罪に手を染めさせていた組織の支部がパドキアラ地方で見つかった。しかし、組織の者たちは焼死体で見つかり、子どもたちは消えていた。予は組織を追い、壊滅させることに成功したが、本部と全ての支部をくまなく捜しても、孫は見つからなかった。またしても、だ。──そして、十年近く時が過ぎた。もう諦めかけていた予の前に、そなたが現れたのだ、イリヤ」
「わたしは……それほど母……に似ているのですか?」
「よく似ておる。予は獣族が嫌いだったが、魔法を使う銀髪の
本来ならば、いかに王太女とはいえ、駆け落ちした時点で廃せられていたとしてもおかしくない。いつでも戻ってこられるよう、フィリップは娘の立場を必死に守ろうとしたのだろう。
フィリップは柔らかな笑みを浮かべた。
「イリヤ、初めてそなたを見た時は驚いた。目つきや表情こそ違うが、面影がシャルロットと亡くした王妃にそっくりだったからな。まさしく神々のお導きよ」
イリヤがそうとは知らずに父親と同じ職業を選択したゆえに、祖父と孫が巡り会うことができた。不思議な縁に、オデットは心の中で神々に感謝した。
「イリヤ、予はすぐにそなたの素性を調べさせた。そして、そなたがシャルロットの子に違いないという結論に達した。あとは、そなたがシャルロットのペンダントを持っているかを確かめるだけだった」
ルイが
「では、なぜ今日までお待ちになったのですか? イリヤを召し出す機会は、いくらでもあったでしょうに」
「獣族の血を引くイリヤを王族として認めれば、必ず王族たちや貴族たちの横槍が入ると思うてな。誰にも口出しできないような功績を立てさせてからにしたかったのだよ」
その結果、前の時間軸でイリヤはフィリップを祖父と知らぬまま、叔父であるロドリグに殺されてしまった。今回はその悲劇を防ぐことができて本当によかった。
フィリップは誇らしげにイリヤに告げた。
「イリヤ、予の孫であるそなたを正式な王族として迎えたい。受けてくれるか?」
イリヤは目を閉じて頭を垂れた。
「……わたしの素性をお調べになったのなら、もうご存知でございましょう? わたしは人殺しでございます。他にも数えきれぬほどの罪を犯しました。そのわたしがこの国を守護する神聖な王族などと……」
「イリヤ」
フィリップは玉座から立ち上がると、
「そなたも形は違えど、国と民を守ってきたではないか。それに、そなたがそのような過酷な人生を送ることになった原因は、娘の気持ちを
フィリップはイリヤの前に立つと、その肩に手を置いた。
「赦してくれとは言わぬ。ただ、予に償わせて欲しい」
顔を上げたイリヤは、今にも泣き出しそうな少年の顔をしていた。
「陛下……」
「遠慮することはない。予のことは『おじいさま』と呼んでおくれ」
イリヤは困ったような顔をしていたが、意を決したように言った。
「それでは、おじい……さま。わたしを王族として迎え入れてくださるのなら、ひとつお願いがございます」
フィリップは嬉しそうに頷いた。
「なんだ? 申してみよ」
「なにとぞ、聖女オデットを我が妻とするご許可をいただけますよう」
イリヤは本当に申し出てくれた。オデットの頬が熱くなる。
フィリップはルイを振り返る。
「ルイ、そなた、結婚はもう少し先でよいな?」
ルイは苦笑した。
「もちろんでございますとも。せっかく見つかった甥の幸せを奪うような真似はいたしません」
フィリップは優しい目でオデットとイリヤを見た。
「そなたたちの婚約話を進めよう」
「ありがとう存じます」
オデットとイリヤの口から、いっせいに感謝の言葉が漏れた。二人で顔を見合わせてほほえみ合っていると、フィリップがこほんと咳払いをした。
「仲がよいのはたいへん結構。イリヤ、大切なことを伝え忘れておったが、近いうちにそなたを王子として認める
「王位継承権……」
イリヤはいまいちピンときていないようだ。それはオデットも同じだが、イリヤのたたずまいは、確かに王子を名乗るにふさわしいと思う。
ふと、ロドリグのことを思い出し彼のほうを見る。見下していたイリヤが自身と同じ高貴な血を引いていると分かったからだろう。ロドリグは魂が半分抜けたような顔をして、座り込んでいた。
自業自得とはいえ、少し気の毒かもしれない。
オデットはイリヤに視線を戻す。彼はまだ若干戸惑っているようだが、表情を緩ませてフィリップと言葉を交わしていた。
イリヤの両親が既に亡くなっていたのは残念だが、こうして親族が見つかって本当によかった。
オデットは八歳の時に別れた両親のことを思い出す。イリヤとの婚約が決まった以上、自分は近いうちに聖女の地位を辞すだろう。
そうしたら、両親に会いにいって、婚約を報告するのも悪くはないかもしれない。
以前なら、そんなことは考えもしなかったが、フィリップのイリヤに対する温かい態度と、亡くした王女に対する愛情を目にした今ではそう思う。
両親は自分のことをどう思っているのだろう。別れてから、どんな思いで過ごしてきたのだろう。
オデットはイリヤに名を呼ばれるまで、そんなことをぼんやりと考えていた。
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