第15話 オデットの才能とイリヤの気づき

 昼食を食べ終えた四人の話題は、自然とオデットを指導する期間中、ブランシュ夫妻がどこに滞在するかになった。

 イリヤが即座に言う。


「ここに泊まればいい。あと一部屋なら空いている」


 アドリーヌがにこにこしながら応じる。


「あら、悪いわよ。二人の愛の巣に長居するなんて」

「俺たちを新婚夫婦みたいに言うな!」


 普段は冷静なイリヤだが、アドリーヌには感情的になるらしい。


(それはともかく、もっと言ってください、アドリーヌさん)


 嬉し恥ずかしいというのがオデットの正直な感想だ。こうして外濠を埋めていってくれるのなら、夫妻と一緒に暮らすのも悪くないかもしれない。

 オデットは感謝の意を示すために、アドリーヌにほほえみかけた。


「でも、アドリーヌさんから料理も習えたら嬉しいですし。わたし、もっと得意料理を増やしたいのです」

「あら、そう? そうねえ、オデットさんの料理は今でも十分おいしいけど、もっとおいしくなったほうがイリヤも満足するわよね。じゃあ、ご厄介になろうかしら。ね、あなた」


「俺に拒否権はない。そもそも、俺たち二人が厄介になれるような家なんて、この村ではここぐらいしかないだろ。宿に泊まると高くつくしな。というわけで、邪魔するぞ、イリヤ。授業料から宿泊費は食費込みで引いといてやるから」

「ったく、どいつもこいつも……」


 イリヤは一人で頭を抱えている。

 そんなわけで重要事項が決まったので、さっそく午後からパスカルによる魔法の授業が始まることになった。


 パスカルがオデットの現在の実力をその目で見たいと言い出したので、少し気が進まないながらも、みなで例の森の空き地に向かう。

 その途中、オデットは気にかかっていたことをイリヤに尋ねた。


「あの、イリヤさん」

「なんだ?」

「パスカルさんがお金のことについておっしゃっていましたけれど、わたしのために授業料を払ってもらうなんて、なんだか悪いです」


「ああ」とイリヤはパスカルを振り返る。


「あいつは、昔から金にがめついんだ。気にするな。それに……」

「それに?」

「未来への投資だと思えば安いものだ」


 久しぶりに見る不敵なイリヤの微笑に、オデットはくらりとしそうになった。

 空き地に到着すると、パスカルがオデットに向き直る。


「さて、オデットさん、得意な属性を教えてくれないか」


 オデットはおずおずと答える。


「お恥ずかしい話ですが、わたし、得意な属性はないのです。練習しても、どの属性も使いこなせなくて……」

「どれも苦手ということかな?」

「はい……」


 パスカルは、ふーむ、と首を捻り、腕を組んだ。


「普通はそんなことはないはずなんだが……。あなたも知っていると思うが、人にはそれぞれ得意な属性が必ず存在し、その属性を起点に不得意な属性や比較的得意な属性が決まる。イリヤは召喚魔法が得意だから、どんな属性の精霊でも呼び出すことができるが、それでも通常の属性魔法を使うとなると、やはり得手不得手が出てくるんだ。だな?」


「ああ。俺は土属性の魔法が得意だから、相反する風属性の魔法は苦手だな」

「ま、そんな具合に、どんなに魔法の才能のある奴でも、得手不得手は絶対に存在する。逆に言えば、どんなに才能のない奴でも、必ず得意な属性があるってことだ」


 では、自分は一体なんなのだろう。唯一うまくいったのは光属性の魔法だが、光属性と相性のいい火属性の魔法を暴走させてしまった。

 肩を落とすオデットにパスカルは力強い笑みを浮かべてみせた。


「大丈夫。弟子の才能を見極めるのも師匠の仕事だ。オデットさん、とりあえず六属性の魔法を全て使ってみてくれないか?」

「はい。でも……」


 それではあたりが惨憺さんたんたる有様になってしまう。この場にいるオデット以外の三人は優秀な魔法使いだから、自分の身は自分で守れるだろうが。

 ちらりとイリヤに視線を送ると、彼は軽く頷いた。


「パスカル、こいつの魔法は暴走しやすい。基礎訓練で少しはマシになっているかもしれんが、あれ・・を使ってくれ」

「ああ、あれ・・な。かなり魔力を消耗するが……仕方ないな」


 パスカルは意識を集中させ始めた。光属性の印を結ぶ。


「光の神ミルラよ、御身のお力により、この者を隔絶させたまえ」


 オデットの足元に魔法陣が浮かび上がる。周囲と頭上が透明な四角い箱に覆われていく──そんな圧迫感をオデットは覚えていた。


「な、なんですか? これ」


 少し疲れたのか、パスカルは息をついた。


「結界だ。これでどんな魔法を使っても、周囲には影響を及ばさない。弟子に魔法を好きなだけ使わせる時には重宝する魔法だ。さあ、オデットさん」

「は、はい」


 オデットは両掌に意識を集中させた。毎日基礎訓練を行っていたせいか、感触は悪くない。

 なんとか六属性全ての魔法を使ってみせる。多少暴走したが、結界のおかげで荒れ狂うのはオデットの周囲だけだ。炎も氷も結界の透明な壁にぶつかると四散してしまう。


「どうでしょう?」


 パスカルに声をかける。黒髪の魔法士は真剣な目をしていた。


「……オデットさん、もっと威力を強められるか?」

「多分……」

「じゃあ、威力を強めて、また全属性の魔法を使ってみてくれ」

「はい」


 威力を強めると、まるで暴れ馬にでも乗っているかのような感覚になるが、力を発揮できるからか、奇妙な高揚感がある。

 とはいえ、存分に暴れ回る魔法を見ているのは、なんだか切ない。

 またもや六属性の魔法を全て使い終わり、パスカルのほうを見ると、彼の目には興奮を隠しきれないような光が浮かんでいた。


「パスカルさん?」


 パスカルは我に返ったように身じろぎする。


「──オデットさん。結論から言おう。あなたは全属性の魔法を使いこなせる可能性がある」

「え!?」

「何?」


 オデットはイリヤとほぼ同時に驚く。アドリーヌだけが真摯な表情で、パスカルの次の言葉に耳を澄ましている。

 パスカルは語を継いだ。


「これだけの威力で各属性の魔法を使えるということは、全ての属性に才能があるということだ。その上、魔法を連続して十二回も使っても全く疲れを見せないだけの魔力総量……どれだけの大器になるか、正直俺にも想像がつかん。言うなれば、百年に一度の天才だな。俺が来て正解だった」


「そうね。気づくことはできても、わたしでは持て余していたかもしれないわ。どういう方針で修行を進めていきましょうか?」


 アドリーヌの問いに、パスカルは考え込む。


「そうだな……まずは、全ての属性魔法の威力を調節しながら使いこなせるように指導していって、それから属性魔法を組み合わせて使う訓練もしていこうか。この分だと、相性の悪い属性同士を組み合わせることもできるから、とんでもない魔法士が誕生するぞ!」


(わたし……一応、聖女なんですけど……)


 しかし、自分にそんな才能があったなんて。イリヤとこの時間軸で出会い直し、深く関わるようになってからというもの、知らなかった新事実が目白押しだ。

 時間が巻き戻るまでの自分は、それだけ無為に時を浪費していたのだ、と今では思う。

 ただ己の才能のなさを嘆くばかりで、結局、大切な人を失ってしまった。


 今回は同じ過ちは犯さない。


 イリヤもパスカルもアドリーヌも自分の才能を認めてくれた。ならば、その才能を活かして、未来を変えていけるように進んでいくだけだ。

 オデットは声に力を込めた。


「わたし、頑張ります。パスカルさん、アドリーヌさん、よろしくご教授ください」


   ◇


 その日の夜、オデットは井戸端で鼻歌交じりに食器を洗っていた。

 パスカルとアドリーヌには既に二階に上がってもらった。師匠であり、お客さまでもある彼らに家事をさせるわけにはいかない。アドリーヌには料理を教えてもらう予定だけれど。


「機嫌がよさそうだな」


 突如としてうしろからかけられた声に、オデットはびっくりした。振り返ると、イリヤが立っている。


「イリヤさん……いつからそこに?」

「ついさっきだ。別にお前の鼻歌が下手だとは思っていない」

「……暗に下手って言っていますよね、それ」


 唇を尖らせるオデットの隣に、イリヤがしゃがみ込み、皿を手に取った。


「オデット、六属性全ての魔法を使いこなせることが、そんなに嬉しいか?」

「イリヤさんは喜んでくれないのですか?」


 オデットが反問すると、イリヤは炭をつけた藁で皿をこすり始めた。そうすると、汚れがよく落ちるのだ。


「そんなことはない。お前が自信をつけるのは喜ばしい。年中、しゅんとされていては、こちらが迷惑だからな。ただ、属性魔法に関しては、近い将来、俺はお前の後手に回ることになるだろう。そう思うと、少し複雑だ」


 ちょっとした嫉妬だろうか。イリヤにも可愛いところがある。


「大丈夫です」


 オデットはまっすぐにイリヤを見上げた。


「そうなっても、わたしがイリヤさんを守りますから。そのための魔法です」


 イリヤは目を見張ったが、すぐにはっとしたような表情になった。


「──ひとつ気になっていたことがある。お前、出会ったばかりの頃、どうして俺に前の時間軸の記憶について、ああもあっさりと話した?」

「え……それは、あなたが亡くなれば、わたしも命を落とすことになるから……と、前にも……」

「俺が死んだとしても、お前自身が死を避ける方法はいくらでもあるだろう」


 イリヤは追及を緩めようとしない。

 このままだと、イリヤを想っていることを白状させられそうで、オデットは慌てた。


「そ、それはそうですけれど、イリヤさんに何かあったら意味が──」


 しまった。口を滑らせた。どう言い訳しようか考えつつ黙り込むと、イリヤの金の瞳が揺らいだ。


「──お前は、馬鹿だ」


 イリヤはそれだけ言い残すと、皿をたらいの中に置き、屋内に戻っていく。


(イリヤさん、どうしたんだろう……)


 オデットはかけるべき言葉を見つけられないまま、彼のうしろ姿を見つめていた。

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