無才の聖女 ~逆行して魔法の大天才になったら片想いの最強傭兵(狐耳、家事万能)と同居することに。でも彼の様子がなんだかおかしい。え、わたしの恋する匂いが原因?~
第11話 二人の同居決定と初めての共同作業
第11話 二人の同居決定と初めての共同作業
イリヤの家の長椅子に腰かけ、オデットは聖典を読んでいた。長椅子の脇には、イオンツ宮で再会したポーラに中身を詰め替えてもらった旅行鞄が置いてある。
再び別れる時に泣きそうな顔をしていたポーラの立ち姿を思い出すと、胸がぎゅっと締めつけられる。オデットは心の中で語りかけた。
(ポーラ、わたしは未来を変えるためにここに来たのよ。だから、泣かないで)
イリヤの帰りを待っていると、玄関の扉を三回叩く音がし、それに続いて扉が開く音が聞こえてきた。オデットは立ち上がって玄関広間へ向かう。
戸口には難しい顔をしたイリヤが立っていた。
「イリヤさん、お帰りなさい」
オデットが出迎えると、彼はぱちぱちと目を瞬いた。
どうしたのだろう。オデットは小首をかしげる。
イリヤはこちらから目を逸らし、居間に入った。親指で食事用の椅子を指し示す。
「……座れ」
「はい」
オデットは言われた通りにした。
よく見ると、イリヤは花を持っていた。彼は隣にある台所へ向かう。水を何かに注ぐ音がした。
居間に戻ったイリヤが持ってきたのは、三輪の白い花が活けられた細長い花瓶だった。彼が食卓の上にそれを置くと、部屋の雰囲気が明るくなる。
オデットはほほえんだ。
「綺麗なお花ですね。あ、もしかして、前庭に咲いていたお花ですか?」
「そうだ。他にも薬草や香草を育てている。魔法薬に使えるからな。家の裏手には畑もある」
イリヤが魔法薬も作れるとは知らなかった。団員に配るためだろうか。
「そうなのですか。わたしも是非学んでみたいです。わたし、魔法ができない分、医術や薬学だけは勉強していて」
「魔法が意図的に使えるようになってからだ。物事には順序がある」
イリヤに痛いところを指摘され、オデットはしゅんとなる。
「……はい。すみません」
イリヤはオデットの向かいに座った。
「別に謝らなくていい。──それで、お前がどの家に住むかだが」
「あ、決まったのですね」
どんなお宅にご厄介になるのだろう。期待と不安を胸に渦巻かせて、オデットはイリヤの言葉を待った。
イリヤは腕を組んだあとで、おもむろに明言する。
「お前はここに住むことに決まった」
「……へ?」
オデットは変な声を上げてしまった。自分が、イリヤと、この家に住む。意味を
「む、無理です!」
イリヤはやや物憂げな顔をした。普段見せない表情だからか、たとえようもなく色っぽい。
この人と一緒に暮らすなんて無理だ。心臓がいくつあっても足りない。
オデットがうつむいていると、イリヤの声がした。
「……そうか、それなら仕方ないな。新しい家を建てるから、その間は天幕にでも泊まっていろ」
オデットはそろそろと顔を上げる。なんだか拗ねたようなイリヤの金色の目とぶつかった。
「……イリヤさん、もしかして、怒ってます?」
「怒ってなどいない。俺と暮らすのが嫌なら、勝手にすればいい、と思っているだけだ」
(それを、怒っているというと思うんだけど……)
どうしたら機嫌を直してくれるのだろう。オデットはおろおろしながら考えた。
イリヤがオデットの態度に腹を立てているというのなら、答えはひとつしかない。
彼との同居を快く承知するのだ。
(えええ!? でも、それは恥ずかしい……)
いや、意識しすぎているほうが恥ずかしいのかもしれない。イリヤは自分の気持ちを知らないわけだし。
オデットは羞恥から視線をさまよわせつつ、意を決した。
「ごめんなさい。さっきはびっくりしてしまって……。イ、イリヤさんがこの家にわたしを置いてくださるというのなら、その、喜んで……」
イリヤは目を丸くしたあとで、こちらから視線を外す。
「……好きな部屋を使え」
「は、はい!」
イリヤが自分を受け入れてくれたことが今更のように嬉しくて、オデットの声は上擦った。その直後、ふと気づく。
「でも、どうして、わたしがイリヤさんの家で暮らすことになったのですか?」
どう考えても、イリヤの意思とは思えない。始めからこの家にオデットを住まわせる気なら、集会など開かないはずだ。
とたんに、イリヤは言いにくそうな顔つきになる。
「俺の家が一番部屋数が多いから、と団員たちに突き上げを食らった」
多分、それだけではないのだろうな、とオデットは寂しくなった。
オデットはあってはならないことだと思っているが、宗教も外見も違い、魔法も使えない獣族を人族は差別している。リュピテールでも獣族は国民とは認められておらず、異邦人と同じような扱いを受ける。
ならば、逆もまた然りで、獣族が人族をよく思っていなくても仕方のないことだ。
オデットの表情に何かを察したのか、イリヤがまっすぐにこちらを見る。
「別にみな、お前を嫌っているわけじゃない。それに、俺の家で生活したほうが時魔法のことも漏れにくいだろう。俺の家に聞き耳を立てる物好きはいないからな。ヴァジームですらそうだ」
イリヤは冷たそうに見えて、きちんとこちらを気遣ってくれる。寂しい気持ちも薄れ、オデットは微笑した。
「お気遣い、ありがとうございます」
イリヤが軽く睨んできた。
「そんなことはしていない。お前の思い過ごしだ」
イリヤは結構照れ屋なのかもしれない。オデットは、しばらくほくほくしていたが、ふと大切なことに思い至った。
「そうだ! ご厄介になるのなら、家事はわたしがしますね。こう見えても、子どもの頃は実家で家事を手伝っていたんです。料理だって簡単なものなら作れます」
「……本当か?」
疑わしそうなイリヤを前に、オデットは少しムッとする。
「本当です。今日からでも作れます」
イリヤは窓の外をちらりと見やる。夏なのでまだ日は高いが、夕飯の下ごしらえをしてもよい頃だ。
「それはあとで証明してもらうとして。自分の面倒を自分で見られるのなら、家事を一人ですることはない。俺も半分する」
イリヤが家事をしているところを想像できなくて、オデットは固まった。一人暮らしでお手伝いもいないということは、当然、家事は彼自身でしていたのだろうが。
それにしても、イリヤが家事を分担してくれるというのは意外だ。
父は力仕事や家具の修理などはしていたが、普段の掃除や料理などは母任せだった。
「なんだ? 人を珍獣でも見るような目で眺めるな」
イリヤが不愉快そうに言ったので、オデットは慌てて発言した。
「いえ、そういうわけでは! ただ、父とは違うなあ、と思っただけで……」
「他の家のことは知らん。これから修行を始めれば、お前は毎日、夜にはくたくたになっているはずだ。そんな状態で夕食だのなんだの、用意できるわけがないだろう」
やっぱり、イリヤは自分を心配してくれている。オデットは満面に笑みを浮かべた。
「分かりました。お言葉に甘えさせていただきますね」
イリヤはぷいとそっぽを向く。
「……今日の夕飯作りは手伝え。どこに何があるか教える」
「はい!」
オデットは席を立ったイリヤについて台所へ向かった。なぜか、彼は花瓶を台所に運び、脇に置く。
調理道具の収納場所や食材の保存場所について説明を受ける。そのついでにイリヤは食材を選び始めた。地下室に保存してある、肉と申し訳程度のエンドウマメだ。
オデットはピンときた。この前ご馳走になった野菜炒めは、村人がイリヤの食生活を心配して持たせてくれたものに違いない。
オデットは地下室にあったキャベツを手に取り、先ほど教えられた台所の隣にある物置から、タマネギとニンジンを持ってくる。
「イリヤさん、もっと野菜も食べないとダメです」
「お前、団員の嫁と同じことを言うな……まあ、いい。責任を持って、お前がその野菜を刻め」
「もちろんです」
オデットは九年ぶりに包丁を手に持った。聖女候補だったので、巫女見習いの期間中も雑用は申しつけられなかったのだ。
人に──それも、好きな人に食べてもらう料理となると、少し緊張するが、腕が鳴る。
少し不格好になってしまったし、時間もかかったが、野菜は全て切れた。
鍋を借りて野菜を煮込んだスープを作る。味見しながら調味料を入れていくと、よい味に仕上がった。
先に
イリヤは切り分けた塊肉を焼いていた。マーテラという魔獣の肉らしい。
花瓶を置き直した食卓の上に、できあがった料理とパンを並べ、二人で囲む。
オデットは食前に、リュピテールや周辺国で信仰されているカーリ教の祈りの句を唱える。
イリヤはぼそっと、獣族の信仰する太陽神への祈りを呟いた。匙でスープと具を口に運んだ彼はひとつ頷く。
「普通に食えるな。どんなものが出てくるか、冷や冷やしていたが」
そんなに信用がないのだろうか。確かに九年ぶりの料理ではあったけれど。
むうっと思いながらマーテラの肉を食べてみる。牛肉に似た味で、イリヤの作った
「これ、おいしいです! イリヤさん、料理がお上手なんですね」
イリヤはおもしろくもなさそうな顔をした。
「昔、習ったからな。ある程度のものなら作れる」
(お母さんから習ったのかな?)
子どものイリヤが母親から料理を習っている様子を想像するだけで、頬が緩んでしまう。
「……何をニヤニヤしている。さっさと食え」
イリヤから指摘され、オデットは幸せな気持ちで肉を頬張った。
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