無才の聖女 ~逆行して魔法の大天才になったら片想いの最強傭兵(狐耳、家事万能)と同居することに。でも彼の様子がなんだかおかしい。え、わたしの恋する匂いが原因?~
第10話 イリヤの心境とネリザ村の集会
第二章 同居、そして修行の成果
第10話 イリヤの心境とネリザ村の集会
ネリザ村の中心には集会所がある。パドキアラ団の団員だけでなく、その家族である村人たちのためにも開放されている場所だ。
百人ほどが入れる木造の建物で、もっと多くの人々に伝達事項がある場合は村の広場を使い、長時間に渡る話し合いを行う場合は、もっぱらこの集会所が用いられる。
その集会所に並ぶ椅子には、団員たちや彼らの配偶者が座っている。今日集めたのは、子どものいる夫婦者と独身の女性団員たちだ。
彼らに向かい合う形で、イリヤは椅子に腰かけていた。
窓からは午後の陽光が差し込んでいる。カーテンで遮っていても、真夏の日差しは強烈だ。
イリヤは口を開いた。
「今日集会を開いたのは他でもない。これから半年間、村で過ごすことになった聖女オデットさまを、どこの家でお世話申し上げるかについて話し合いたい」
人々がいっせいにこちらを注視する。イリヤは続けた。
「ちなみにドミトリーの宿屋は除外する。あそこは小さな宿だからな。半年間も一室を占領するのは気の毒だろう。それに、女性が一人で泊まっていては、男性客の目に留まった時に何かと面倒だ」
妻と一緒に出席している団員の一人が、手を横に振った。
「うちは子どもが多いから無理ですよ」
「うちも家が狭いから無理だな」
「そうだなあ。一日二日ならなんとかなっても、半年じゃなあ」
ミハイルの父親が申し訳なさそうに発言する。
「せがれが怪我を治してもらったそうですけど、うちも空き部屋がないので……。遊びにきてもらう分には、せがれも喜ぶでしょうし、構わないんですが」
予想通りの反応に、イリヤは眉間に皺を寄せた。だが、夫婦だけで暮らしている家に、妙齢の娘であるオデットを泊めさせるわけにもいかない。
「独り身の女性団員たちはどうだ?」
「え!? 無理ですよ。聖女さまをお迎えできるほど、うちは立派じゃありませんって」
「そうそう。うちも年中、散らかってるし」
やはり、オデットが現役の聖女であるということが、団員たちには相当な難点として映っているらしい。
食べ物や部屋に至るまで、相当豪勢にしなければならないという先入観があるからだろう。
それに、彼女が自分たちを不当に差別する
実際のオデットは高級でもない酒場の料理や、ネリザの村人が作った料理をおいしそうに平らげていた。
中程度の宿屋にも文句は言っていなかったし、寝台が硬すぎることに不平を述べる性格でもなさそうだ。
それに、幸運なことに彼女には獣族に対する差別意識がない。
イリヤは一同の顔を見回した。
「聖女猊下は、お前たちが考えているよりもずっと庶民的なお方だ。それに、ミハイルの件で分かる通り、獣族への心証も悪くない。なんとか考え直してはもらえないか。それに、日中は俺と修業をするから、朝と夜の食事と眠る場所さえ確保できればいい」
団員たちは顔を見合わせていたが、やがて一人が恐る恐るといった風に発言する。
「……なら、団長の家に来ていただくっていうのはどうですか?」
「何……?」
意表を突かれ、思わずイリヤがうめくと、他の団員たちも賛同し始める。
「そりゃあいい。団長の家は一人で住むには広すぎるし、片づいてるし」
「団長は家事もできますしね。食事が一品足りなかったら、うちのを取りにきてくださいよ。それくらいなら協力します」
先ほどは難色を示していた女性団員たちも、他の団員の妻たちを交え「団長と一緒に住めるなんて羨ましいわ~」などと、笑い合っている。
イリヤが彼女たちを睨みつけると、「団長に睨まれちゃった~」と、きゃっきゃっしている。逆効果だ。
イリヤより年上の団員がうんうんと頷く。
「そうだなあ。団長も二十三だろ? そろそろ女の子と一緒に暮らして、結婚を意識したほうがいいよ」
「そうそう。団長は人族の血を引いてるから、きっと人族の女の子ともうまくいくはずですよ」
イリヤは片手で頭を押さえながら呟いた。
「……なぜ、俺の結婚の話になる」
「まあ、とにかく、みんなの意見が一致したから、聖女さまは団長がお世話するということで」
団員たちは勝手に結論を出している。頭ごなしに命令すれば決定は覆るかもしれないが、それでは集会を開いた意味がない。
パドキアラ団の団長はイリヤだが、何も絶対的な王者として君臨しているわけではない。
イリヤは普段から、よほどのことがない限りは団員たちの意見を尊重するようにしていた。
団員を恐怖で服従させるのは簡単だ。しかし、それでは、いざという時に命令に従ってくれないだろう。
正規の軍隊ではない傭兵団では、人心の掌握こそが何よりも大切なのだ。
「……仕方ない。今回はみなの決定に従おう。解散」
イリヤはそう告げると、まだ何やかやとおしゃべりをしている団員たちを残し、集会所を出た。
オデットは今、イリヤの家に待機している。集会で彼女の過ごす家が決まったら、イリヤが伝えることになっていた。
それにしても、オデットを自分の家に住まわせるのは気が乗らない。
何が原因かというと、それは彼女が自分の前で発する匂いだ。狼系と狼に近い犬系の種族にとっては、限りなく甘くかぐわしい匂い。
自分に恋をしている女の匂いだ。
狼系の種族である
困るのは、発情期がおおよそ決まっている狼系と犬系の種族だけでなく、人族の女にも反応してしまうことだ。
人族の女は発情期が読めない。読めないということは、避けることが難しい、ということだ。
まあ、獣族でも人族でもそうだが、恋をしたからといって、すぐに事に及ぶわけではないのが救いだ。
(……たまに、とんでもないのがいるが)
オデットは出会った時から、いい匂いがしていて、ずっと不思議だった。
いくら助けられたからといって、その場で恋に落ちるような女はそうそういない。まして、当時の彼女は婚約すべき相手がいたのだ。
妙な女だと思っていたが、その理由はのちに分かった。
おそらく、オデットは前の時間軸で自分に想いを寄せていたのだ。
正直に言えば、少し困惑した。けれども、自分の死に関わる未来を知るオデットをみすみす放っておくわけにもいかない。
その上、彼女の本来の魔力は時間を巻き戻すほどに甚大だった。おそらくは、歴史に残るほどの。
オデットを取り込むことで、半年後に訪れるという死を回避できる。直感的にも理性的にも、イリヤはそう確信した。
国王にかけあってまで、彼女を手元に置くことにこだわったのはそのためだ。
全てはうまくいっているようだが、やはり困っているのはオデットの匂いが日を追うごとに強く芳潤になっていくことだ。
イオンツ宮では薔薇の芳香で紛らわせでもしないと、とても二人きりになることなどできなかった。
そんな匂いを発している張本人だというのに、オデットが自分に向けてくる感情は無垢でひたむきささえ感じさせる。
(俺の役に立ってどうする。前の時間軸でボンクラ王子に殺されそうになったんだから、自分の心配をしろ)
心のなかで悪態をつきながら歩いていると、考えごとをしていたせいか、すぐに自宅の前につく。
この家は廃村となる以前、村長の住まいだったらしく、二階建てで当然部屋の数が多い。
村の家屋を改修した際、自分一人で住むのだから、とイリヤはもっとこぢんまりとした家に住みたがったのだが、団員たちは揃って反対した。
「団長は来客も受けるんだから、一番いい家に住んでもらわないと」というのが彼らの意見だった。
掃除が面倒だからとか適当な理由をつけて、何がなんでも断ればよかった。まさか、自分に恋をしている女と暮らすことになろうとは。
唯一の望みはオデットが自分との同居を拒否してくれることだが、想像してみるとそれはそれで複雑な気持ちになる。
自分のことを好きなはずの女に急に拒絶されたら、精神的な打撃を食らいそうだ。
とはいえ、オデットと一緒に暮らせば利点もある。オデットが時魔法を使えるという、最大の秘密が漏れる危険性を減らすことができるのだ。
幸いなことに、オデットはまだ発情する兆しを見せないでいる。こちらから誘惑しなければ、彼女がその気になることはないだろう。
とりあえず、鉄の意志で半年間を乗り切るしかない。
彼女は現役の聖女だし、王族と神殿の協議の次第によっては、王太子妃になるかもしれない女性だ。
あの
結界を潜り抜ける魔物退治から始めて、せっかくここまで功績を立て、国王の信頼を勝ち得たのだ。村の経営も軌道に乗っている。絶対に下手を打つわけにはいかない。
とにかく、オデットに同居の件を切り出さなければ。
イリヤは前庭で育てている花を三輪手折り、手に持った。これで、少しはオデットの発する芳香を緩和できるだろう。
イリヤは覚悟を決めて、扉の前に立ち、太陽を象ったノッカーに手をかけた。
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