第31話『逢魔が時』



 遂に、ルーカスとゲゲインと合流することに成功した。


 バーべーキューをふるまいながら内密に情報を交換することになった。

しかしその最中、やっと戻ってきたフランクがルーカスとゲゲイン君を攻撃をしようとしたので、それを抑えるのが実に大変だった。


 それはともかくとして、二人の話を聞いている分にはポイントを失ったりするという事態にはなっておらず、一安心であった。


 しかし両方から、『4班とまだ遭遇していない』という言葉をきいて危機感が生まれた。


 俺が考えていた最悪なケースであったからだ。


 4班は今現在も、『引き分け狙い』で逃げ続けている可能性があるということだ。


 全ての班が一切戦わずに、ポイントの変動もなく制限時間を迎えたら、同じ順位同じポイントという結果になるのだ。


 これは不正になるのではないかと思うかも知れないが、監視魔獣が反応していない時点でそうはならないだろう。


 この模擬戦は、誰かが欲をかかなければ全員が得をして終らせられるのだと意味していた。


 もしそれに気付かれているのならば、早めに手を打たなければならないが……。



「制限時間の30分前まで、4班には猶予を与えよう。

僕達に向かってきて負けるか、逃げて負けるかを選ぶ時間を」


 と俺は言った。


 流石に、ここまで戦力差や数的不利があってルクアの魔術を使って位置を特定してまで全滅させに行くというのは、大人げなさ過ぎて気が引けたのだ。


 ルーカスやゲゲインの班は絶対に見つからない場所に隠れているらしいから、向かってくるのはもうこの班しか選択肢がないはずだ。


「貴様にしては悠長な考えだな」

 とルーカスが腕を組みながらいった。


「獲物は追い詰めすぎたらだめだってお母さんが言ってたからね」


「グブゴブェ~~~(嘘つけェ~~)」


「……まさか、模擬戦がこんなに暇なものになるとは、な」


 と彼はドシッと椅子に座ってため息をついた。

俺も同じ気持ちだった。


 

 残り三時間程度、まじでやることがバーベキューコンロの炭火を弄ることぐらいしかなかった。



 *


 午後4時になり、このまま何事もなく制限時間まで時が過ぎていくように感じた。この時点で俺は、逃げ続けている4班に対して襲撃をかけることを見据えて計画を立てていた。


 班のメンバーも、急にやってきた敵であるルーカスとゲゲイン君の存在に対して慣れつつあった。


 そして未だにリリィは攻略本と共に姿を暗ませたままであった。



「ガ?ブグギガグググブギギガバガガガグバ

(あ? 人間が複数人近づいてきたから隠れるわ)」

 といって、サササッと忍者のように木の上へと飛んで行った。


「まぢ?」


「なんだ。何故ゲゲインが」

 とルーカスはパイプ椅子から立ち上がって、困惑した。



 ゲゲイン君が隠れるという事は4班か? 

なんだろう。降参しに来てくれたのかな。そうだったら実に嬉しい。


「ルーカスくんも隠れた方がいいよ。一緒にいるところをみられたら、不正行為だって騒がれそうだし。ほら、しっし」


「これだけ待ったんだ。 陰から見物させてもらおうか」


 と不敵な笑みを浮かべて彼も、ゲゲイン君のあとを追っていった。



   *


 俺は謎の者達の襲来に備えることはしなかった。



 周りを見渡したが班のメンバーはリリィ以外の全員が俺の目の届く範囲内にいたからだ。


 何も異常が起きていないし、少なくとも半径十五メートル以内にいるので大丈夫だ。


 本当は今すぐに全員を呼んで、一カ所に集まるべきなのだが俺はソレをしたくなかった。


 バーベキューコンロという守るべき、か弱き存在がいるからだ。

どうせ俺が「敵が近付いてきている!」とか言ったらここに寄ってくるに違いない。


 バーベキューセットの近くで魔術で戦闘をおっぱじめられたらたまったもんじゃない。


 ここは向こうからでてくるのを待とう。

 

 そう思っていたのも束の間だった。



 少年二人、少女二人の四人グループがぞろぞろと、森の方から両手を挙げて出てきたのだ。降伏の意思を示していた。


 当然ながら学園の制服を着ているので部外者ではなかった。


 樹の陰に隠れながらかなり近くまでやってきていたらしい。



「敵が来たわ!!4班よ!」

 と、彼らの姿を認めたグレイは言った。

ランカはあわあわしながら、彼女の背中に隠れて怯えているという演技をしていた。


 ルクアは俺の一番近くにいたが、そもそも彼らのことなど気にしていない様子だった。彼女は俺に背を向けながら、何やら一人で物を持って手遊びをしていたからだ。



「なぁ~~にぃ!? 敵かっ俺が相手だ!!」

 と地面に寝っ転がっていたフランク君は飛び起きた。

すぐにでも飛んで行きそうだったので、彼の襟を捕まえて止めた。


「なにすんだ!俺は班長だぞ!」


「まあまつんだ。何か彼らは言いたげな顔をしているし」



 四人か……。

俺は残念な気持ちになった。



「降伏する」


 と、一人の少年が代表のような感じで出てきて言った。


 その言葉を聞いて何故かグレイが動揺したような素振りをみせた。

彼女の唇が小刻みに震えていた。


 そして少年にむけて口をひらいた。

「そこで止まって、答えなさい。セーデルともう一人はどこにいるのか……」



 そういえば、セーデルというやつが4班の班長だった。


「二人は魔獣に襲われて重傷を負った。

治癒はしたがメンタル面で不安が残っていたから戦線離脱した。

この状態でお前達に勝てるとは思っていないから降伏しに来た」


 と少年は仏頂面でいった。



「へー。そうなんだ。それは災難だったね」


 なるほど。

つまり残り二人はどこかに隠れていて、俺達が隙を見せたら刺してくるつもりだな。


 推理なんて高度な事はしなくとも、ガキが吐く嘘なんかすぐにわかる。



「そうかそうか。降伏してくれるならとても嬉しい」

 


 つまらない芝居に乗っかっていたら時間を無駄にしそうなので、俺はどうにか彼らが俺達の隙を突いてくれるように願っていた。


 同時に、じりじりとバーベキューコンロから離れていこうとしたが、光の速さでグレイとランカがここに駆け寄ってきたので離れることができなかった。


 ……仕方ない。



「降参とか嘘でしょ。その辺に二人隠れていて、僕達に隙が出来た瞬間にイノシシみたいに特攻かけてくる感じかな?」



「何を馬鹿なことを」

 と少年は鼻で笑ったが、0.1秒間、俺からみて5時の方向に目線が動いた。



「そこか」


 俺はすかさず『時間加速』で足を強化して、その方向にパイプ椅子を蹴飛ばした。

椅子は空中で分解されて、バラバラに吹き飛びながら鉄槍のように飛んで行った。


 樹木ではない何かにぶち当たった音がした。


「なぜバレた!!」


 と先ほどまで両手を挙げていた少年が言うと、魔力を滾らせて俺の方へ飛びかかってきた。


「分かり易過ぎる」

 すぐに両眼を『時間加速』で強化して、一挙手一投足を捉えられるようにした。完全に周りはスローに見えた。



 俺はこの世界の中で、あまりにも隙だらけな少年の腹でもぶん殴ろうと構えた。



 しかし、彼の行動に呼応するように、パイプ椅子を飛ばした方向からもう一人の少年が既に飛び出してきていることに気がついた。


 これは予想通りだった……が。

そいつが予め投げていたであろう銀色のナイフが、グレイの喉元めがけて放たれていたことに気付くのが一呼吸遅れてしまった。


 背景の雪の白さが、ナイフの色と同化することで透明に見せていたからであった。


 当のグレイや、あのファイヤーボール使いのランカですら、あらぬ方向を見ていて、完全に気付いていない様子だった。


 極めて短い時の流れで、少年を殴り飛ばすか、グレイを助けるかの二択を迫られた俺は二つのことを同時にすることにした。


 俺は至って冷静であった。



『時間加速』



「オラァ!」

 

 素早く、少年の鳩尾(みぞおち)を確実に拳で打ち貫いた。


 彼の肺からは全ての空気が抜けて、苦悶に滲んだ表情をした。


「ぐぁ」

 折れ曲がった身体のまま敵が集っている所へと、気持ちよくかっ飛んで行った。


 そして、『疑似時――――。


 続けざまに『疑似時間停止』を使って彼女を助けようとしたが、その必要がなくなった。



「しゃあねえなあ!」


 とフランク君が”素手”で、魔力を帯びた飛びナイフを掴んで止めてくれたからだ。


 なので俺は、標的を森から飛び出してきた少年に変えた。


 しかし、ナイフが止められたのをみると、彼は舌打ちをして仲間の方へ戻っていった。


 これらは殆ど一瞬の出来事であった。



「いってぇ~~」


 と、フランク君は火傷をしたように手をパタパタと振って、文句を言っていた。


 恐らく、魔力で身体を強化せずに掴んだから、手の皮が摩擦熱で火傷してしまったのだ。


 アレを純粋な筋力と動体視力だけで止めたのか……。



「ぅ、そ……そんな」


 とグレイは、ナイフを地面に捨てたフランクを確認して、ようやく自身に身の危険が迫っていたことを理解したようだった。


 へなへなと地面に座り込んでしまった。

これは多分、死を意識したこと以外の要因もあるはずだ。


 やはり彼女は強くないらしい。

いや、多分強い魔術は使えるのだろうがそれだけなのだ。


 ランカも同様の反応をみせているが恐らく演技だろう。

 きっとフランクや俺が間に合っていなくても、どうにかしてくれたに違いない。



 ルクアちゃんは、すでに戦闘が始っているのに、まだ背を向けて手遊びをしていた。

 ぶつぶつと何かを唱えて。


 きっとこんな戦闘モドキは、彼女にとってはアリ同士が争うような些細でどうでもよい出来事なのだ。



「参ったな。こいつらか」


 こいつら、やっぱり……。

グレイとランカを殺る気か? 


 あのままいってたら、普通だったら大惨事になっていた。 


 先生の言ってた通りだったのか。

中年ジジイの妄想ではなかったな。


 いや、厨二病をこじらせた中年ジジイの妄想であって欲しかった。



 そうなると……勇者候補のランカが大怪我をするなんてことはとても考えられないが、グレイの方はまずいな。



 できれば、グレイとランカに相手を倒させてポイントを得てもらう方がドラマチックでよかったが話が変わってきた。


 変に前に出て重傷でも負われたら、モーガン先生に俺が殺される。


 なので俺とフランクが相手を倒してポイントを得てから、それをゲゲイン君とルーカスに渡す。

 その上で彼女たちがゲゲイン君達を倒すことで、ポイントをあげるという実にめんどくさい方法でやるのが安全だ。


 そして、後もう一人の敵がまだどこかに潜伏している可能性が高い。




「無関係なバーベキューコンロを巻き込むことになる。場所を変えよう」


 と五人の敵に向けて言った。

彼らは俺に殴り飛ばされた一人の少年を介抱していた。



「その必要はない。今、ここでやる」


 と介抱されたままのリーダー格の少年が、腹を手で押さえたまま言うと全員が魔力を解放させた。



「ちょ、ちょっと待て。待てよ。ここで戦う気なのか? 

ここでやる気ならルクアが黙ってないからな! ついでにリリィも!」


 と焦った俺は脅すように言った。この場にいないリリィの名前も出した。

ルクアが黙っていないということだけは本当で、実際彼女は手遊びをしながら、臨戦態勢に入っていた。

 


 俺はバーベキューコンロの前に護るように立ちふさがった。


 ここで戦われたらバーベキューセットが危ない。

絶対今から彼らは魔術で攻撃してくるのだ。



 俺に向かって攻撃して来たり、俺の綺麗な顔に傷一つでもつけたら承知しないからな。ルクアが。



「ごめんまじでバーベキューコンロ狙うのだけはやめない?

あと僕も狙わないで。狙うならフランク君がいるんだから」



「そうだ俺が班長だ!!」


 とフランクが嬉しそうにいった。



 さっきナイフを投げてきた少年が、何やら起動スイッチのようなものを手に取った。



「まさか!!」


 と俺はバーベキューコンロの近くに転がっていた、先ほどのナイフに目をやった。

 


 俺の気づきは遅く、ナイフ使いの少年は既にボタンを押していた。


 小さな爆発が起きて、バーベキューコンロだけが的確に爆破された。

燃えかけの白炭がコロコロと転がっていた。

 

 粉微塵と化したものをみて俺はブチギレた。



「壊すのだけはやめろっつっただろ!!」


 人目があるがやむを得ない。

 


『時間遡行』


 時を40秒前に戻して完全に修復した。



「うわあ!びっくりした! えっ誰!?

なに! 治ってる!!

あっ、そうか君たちが治してくれたのか! 

いやあ良かったよかった。

今だったら許してあげるから場所を変えよう! 」


 と俺は誤魔化した。


「リンクス君の能力だよね?」


 と手遊びをやめていたルクアが言った。



「な、なにを言い出すんだ君は」



 俺は急いでバーベキューセットを『3.5次元ポケット』の中に収納した。


 最初からこうすれば良かった。



 

「よし……ぶっとばすからなおまえら!!


 か弱きバーベキューコンロを付け狙い、剰え破壊した罪、万死に値する。

市中引き回しの上、獄門打首である。


「成敗してやる!」


 例えお天道様が許しても、この桜吹雪は黙っていないのだ。


 このリンさんの桜ふぶき、散らせるもんなら散らしてみやがれぃ!

 

 ……とか半裸になって言いたかったが、入れ墨を彫っていないので出来なかった。



「その罪を贖わせてあげる、死をもって」

 とルクアが言った。


 俺がやる気を見せてしまったから彼女の殺る気が出まくってるな。


 これは確実に死人がでてしまう。


 ……俺がやる気を見せたらダメなのだ。


「違うよルクアちゃん」



 仕方ないので一応考えていた魔法の言葉を言う事にした。



「君は下がってて。僕が護るから」


 と俺は髪をかき上げてから、最大限にかっこよく言った。


「わ、わかった……」


 とルクアは照れたように、もじもじして俺の後ろの方へ行った。


 もともと、この模擬戦での大きな課題として、いかに彼女を戦わせないかにかかっていたから、想定内ではあった。


 しかし……。



「君たちもあんまり前に出ない方がいいかもしれない。

一応僕とフランク君だけであいつらの相手をしよう」


 と俺はグレイとランカの二人に言った。

だがそれは戦力的に不安のあるグレイにむけての言葉だった。


 半分戦意を喪失していた彼女達はコクコクと頷いていた。


 いざとなればランカのファイヤーボールが火を噴いてくれるだろう。



「フランク君、相手は多いけどいけるか?」


 このセリフはただ言ってみたかっただけなので、彼がいけようがいけまいがどっちでも良かった。


「こいつらぜってぇ一人も逃がさねえ!! 全部俺のポイントだぁあア!!!」


 と魔力を全開放し、黒髪をなびかせて一人で突撃していった。

 

 どうやら彼の場合はいけるとかいけないとかの話ではないようだ。



「【原位】身体能力向上魔術 纏衣 《力》」


「【遊位】大水激流魔術 偽龍 《黒龍》」


 と敵の少年少女達の魔術が発動すると、フランク君に炸裂した。



   *


 俺はここから離れるわけにに行かないので、それをのんびりと観ていた。



 向こうの方ではもう五対一で乱闘騒ぎになっている。


 かなりフランク君の悪い所がでてしまっているが、なんだか大丈夫そうで安心した。


 フランク君が実際どれだけ強いのかはわからないが、彼なら大丈夫だろう。………だろう。


 よくわからないが本当にそんな気がしたのだ。



 こんな大勢がいる場所で能力をできるだけ使いたくない。

 

『時間減速』系はこれ以上使うともろバレそうだから、『時間加速』で戦うしかないな。



「……ごめんなさい。結局私達はなにもできないわ……いつも周りの人に助けられてばかりで……今でも」


 とこの観戦時間に、グレイが俺に謝った。

やはり彼女も自覚しているのだろう。


 ただ俺にしてみたら、13歳の少女が何もできないというのは殆ど普通の事だったのだ。少女にしろ、少年にしても戦いで凄いことができるほうがおかしい。


「いいや。別になにもできないことは罪じゃないと思うけどね。

特に君たちの場合は。 既に子供が何かを出来る範疇を大いに超えているから」


 と俺は言った。そして慰めでも何でも無かった。

後半部分に関しては俺よりも事情を知っている彼女であれば身にしみていることだろう。

 

 事実、モーガン先生の口ぶりやその他から察するに、もはや個人の努力や覚悟がどうこういうような次元ではないのだ。


 明らかに彼女達は自分の力だけでは手に負えない、何かに巻き込まれているのだから。



「ぶわああ!」


 そう思っていると、フランク君が水の龍みたいな大きな魔術に巻き込まれながら、こちらの方に吹き飛ばされてきていた。


 ここのすぐ眼前まで、ブレーキが利かなくなったトラックのようにそれらがやって来た。



「…最悪だ」


 『時間停止』

俺は一瞬だけ時を止めて、半歩だけ身を横にずらすことで躱した。


 使わないと言った側から使ってしまった。

 


 水飛沫が少し顔にかかった。


 そして水の魔術で創られた水龍は流れるように、地面を抉りながら、俺の横を素通りすると森を破壊しながら空へと消えていった。


 惜しいな。

もうちょっと魔術の範囲が大きかったら俺に当ってたのになあ。



「なんで班長の俺がぶっ飛ばされてるのに、受け止めてくれねえんだ!!!」


 とフランクは途中で脱出していたようで、俺が受け止めてあげなかったことに対して文句を言っていた。


「いやだよ怖いし。

水の中に毒とか混ぜてあったら死ぬでしょ。

てか大丈夫? 魔力を温存してる的なことをやってるの?」


 と俺はハンカチで顔を拭いながら、魔術を一向に使わず戦っているフランク君に言ってみた。


 魔力を解放して身体を強化しているだけで魔術をつかわないことに疑問を覚えたのだ。

 

 そして彼はずぶぬれだった。みてるだけでこちらまで寒くなりそうだ。

 

 是非、低体温症に気をつけて欲しい。


「魔術使うより、拳で殴った方が気持ち良いだろ!!?」


 と彼はアドレナリンがでまくっているのか目をギンギンにさせて言った。ずぶ濡れの体がその気合いだけで乾きそうだった。

 

 そして危険思想の持ち主だった。


 だがその気持ちはわからなくもない。



 その時、複数の敵が固まっている方からチカっと一瞬光ったような気がした。



『時間加速』

 

 すぐに両目の時を加速させて強化した。


「うわ」

 

 すぐ目の前に、青紫色の魔力を帯びたダガーナイフのようなものが飛んできていた。


 絶対さっきのナイフ使いの奴だ。



 俺は能力を使い、片手で地面に叩き落とした。



 ズガッと雪の地面に突き刺さる。


 俺は屈んで、抜くようにナイフを拾いあげた。


 よくみたら、これは見覚えのあるやつだった。


「魔道具か……『ハイブリッド スーパー スライサー』だったっけ。

あぁ、うっわ、しかも限定品で三本買わないと貰えない良いやつだ。アレを三本も……。

これ昔に売ってたことあるなあ。まさかこんな使いかたしてる人がいるとは思わなった」


 悲しい気分になった。

本来は、硬い木の幹や骨が多い食材などを切るための魔道具なのだ。


 握り部分グリップが持ちやすく、投げやすい形状をしているため、絶対に投げたりして遊ばないようにと何度も注意したことがあった。

決して人に向けて投げつけるようなものではない。魔道具が泣いているよ。


 普通にやめてほしかった。



「お客様ぁん。これは非常に危険なので、不良品ジャンクにしてからお返しして差しあげます! 刃は潰れていますがB級品ではございません!

一年間の安全保障付き、返品不要でございます!」


 俺は『時間加速』で強化された親指で、きちんと刃の先を丸く潰してから、横になぎ払うようにダガーナイフを投擲した。


 相手めがけて、亜音速で放たれたナイフは敵の眉間に鋭くぶちあたった。

「ギャッ」

と少年は小さな悲鳴をあげると後ろに仰け反ってそのまま倒れた。

ナイフは額を逸れるように斜め上へ行って、空気を切り裂いて勢いを保ちながら森のどこかに飛んで行った。


 返品不要どころじゃなくなったな。

 

 魔術じゃなくて、急にダガーナイフを投げて来られる方が怖いのでナイフ使いの彼には先に消えてもらった。


 魔力を纏っていたし死ぬことはないだろう。



「「リュート!!」」

 と残りの少年少女が、倒れて気絶している仲間に向かって駆け寄った。


 いやだれやねん。


 クラスメイトの名前を殆ど知らないが、その中でも更にピンとこない人を倒してしまったようだ。

 いまいち嬉しくなかった。



 こういうわかりやすい隙はよくないよなと思っていたら、案の定、俺の側にいたフランク君が消えていた。


「仲間なんざ心配してる場合じゃねエだろうがァ!!!!」


 とフランク君が好機と見たのか一瞬で飛んで行くと、仲間に駆け寄っていた少女を左ストレートで遠くの方まで殴り飛ばし、そのままぼこぼこにし始めた。


 セリフと行動ともに、正に悪役である。


 彼は背後から魔術で攻撃されても、ヨロヨロと煙の中から立ち上がって、拳で応戦している。

 また一人で乱戦をおっぱじめていた。


 


「怖いなあ。悪いなあ」


 彼と仲間で良かった。

戦ってくれている彼に失礼だが、強さ云々ではなく覚悟と行動が怖い。

あと色々悪い。




 そして監視魔獣タロウを見てみたが未だにさっき倒した奴の分のポイントをくれる様子がなかった。


「ランカちゃん。あの倒れてる人に一回さわりにいって来てくれない?

まだ意識があって、気絶しているフリをしているだけだったら、君の奥義ファイヤーボールでとどめを刺してもいいから」


 と不審に思った俺は、彼女にそう言った。

グレイにはいかせられないので圧倒的実力者である彼女にいかせることにしたのだ。


 監視魔獣タロウが止めに入らないところをみると、重症は負っていないはずだ。



「……同意よ。彼が時間を稼いでくれている今しかないわ」

 とグレイも俺に同調してくれた。


「わ、わかりました」

 

 と彼女は渋々、覚悟を決めたように返事をしてくれた。



 この位置からであれば、何かあっても『疑似時間停止』を使えば対処可能だ。


 確かルール上では、気絶している相手ならば肉体に触れるだけでポイントを獲得することが可能だったはずだ。


 ナイフを投げて相手を気絶させただけでは、ポイント獲得の条件にならないのならばこちらにとって好都合であった。

 

   *


 ランカちゃんは急に頭を抱えて、おびえているような演技をして、敵と味方を欺きながら死地へ飛び込んでいった。


 この状況で俺すらも騙そうとしているのか?


 さすが俺が認めた女だ。徹底しているな。

彼女からは勇者としての立ち回りを学ばなければならない。


 そして……。



「さわってきましたっ」

 と彼女は泣きながら帰ってきた。

倒れているリュートとかいうやつに、きちんとファイヤーボールをつかっていたので一安心だった。



 なのに、なのに、監視魔獣がうんともすんとも言わなかった。



「……手に入らない?」


 どういうことだ。なぜポイントが手に入らない。


 彼女が触れに行っても、ファイヤーボールで死体蹴りしても反撃してこなかった。

 

 気絶しているフリをしている線は低い。

確実にあいつは戦闘不能の状態になっているはずなのだ。 


 現在は4時25分。

嫌な予感がしたと同時に、ある一つの仮定が浮かび上がってきた。

 

「ルクアちゃん。10秒以内にあいつらを気絶させてほしい。

能力や魔術を使わずに」


 どこまで手加減してくれるか分からないルクアには戦って欲しくなかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。



「分かった」


 とルクアは元気よく言うと、俺の隣から風のように姿を消した。


 

 彼女は、自身の身体能力や圧倒的な格闘センスのみで、一秒ごとに魔術師を倒していった。


 目でそれを追うことなどできず、残像すら残らない。


 五秒経つと、さきほどまで立っていた人間が完全に地面へと倒れ伏していた。


 何も知らないフランク君は自分の気迫だけで相手が倒れたのだと錯覚して勝利の雄叫びをあげていた。



 監視魔獣タロウをみたが、本物の犬のように馬鹿みたいな顔をしているだけで何も動かない。



 そして、完全に謎が解けた。



「セーデルはなぜ、姿を現さないの…」


 とグレイが言った。

それもそうだった。どこかへ潜伏しているのならば、とっくに姿を見せていてもおかしくないのだ。



「あーーーやられた。

仲間のポイント全部かき集めて一人だけ逃げてるな」



 だから1ポイントでもかすめ取ろうと、ダメ元で俺たちを襲撃してきたのか? 


 いや、こいつらは足止め目的か。


 仲間を倒しても、ポイントを得られるのだ。

その可能性は当然最初から考えていたが、どんな形であれ、同じ班の仲間のポイントを無理矢理手に入れるような非道はしたくなかったから実験するようなことはしなかった。


 4班がそれをしていることも、考えたくはなかった。

そこまで性根が腐っている奴がいたとは。



 ――――俺はドッと疲れが出てきたように、膝を地面に突いた。


「はぁ、ぁ……」


 なんだ。この息苦しさは。

ずっと、ずっとだ。たき火の残り火を、踏み消そうにも中々消えてくれないようなもどかしさ。



「苦しいの? なら私の魔術で…」


「多分、これは魔術じゃ消せない」


 なんだろうな。この感情は。

 


 俺はほんの少しだけでも、戦闘のようなものをしたにもかかわらず全く楽しくなかった。


 実をいえば、リリィと以前に戦った時は少し楽しかったのだ。初めての戦闘というだけでなく、あれは格上の相手に自分の命を賭けているような感覚がしたからだ。そして死んでも構わないという覚悟も出来ていた。

 

 しかし今は違う。

監視魔獣に見守られて、全力も出せずに勝ちが見えている戦いが楽しいはずもなかった。そして勝っても、ポイントがあーだこーだで実につまらない。

進級やグレイやランカの話がなければ、バーベキューが終わった時点で帰っていただろう。


 思えば昔からそうだった。

戦いのベクトルとしては違うが、商品アドバイザーとして実演披露バトルデュエルをしているときも、探偵として困難な事件に挑んでいる時も、賭場で大きな賭け事をしているときも……俺はいつだって全身全霊で、負ければすべてを失う気持ちで戦ってきたのだ。


 そんな戦いの連鎖の中で脳が麻痺してしまったのか。

きっと自分は敗色濃厚な戦いが好きなのかもしれない。


 幾度も自分の中にある炎を消そうとしているのに、中々消えてくれない。


 

 西空をみれば、灰空と隠れた太陽がぐんぐんと墜ちていって木々に隠れて見えなくなった。冷気が増して、夕焼けが近くなっていた。

帰りたくなるような嫌な臭いもしてきた。



 制限時間は残り30分。



 もういいか。この精神状態でムキになっても仕方ない。”俺が”手加減できなくなる。


 他に手段は本気で考えたら幾らでも出てくるだろうが完全に萎えた。

 

 計画としては向こうの勝ちでいい、譲ってやろう。


 だから一瞬で全てを終わらせる。


 ルクアに頼むのだ。全てを終わらせて貰うために。


 俺はそう思って、彼女にもう一度、お願いをしようとした。


 この精神状況、肉体的疲労。

非常にまずい。自分の悪いところが出てしまうから。



「る………ッ」


 ――――その時、自分の『能力』が、強引にどこかへ奪われていくような感覚に襲われた。


 

 

 これはそういう気分や気持ちなどではなく、実際に、確実に自分の『能力』は奪われ続けたのだ。

 

 少しずつ、糸を巻き取っていくように。

まるでハーメルンの笛吹きに誘き寄せられているかのような、挑戦的な手繰り寄せ。


 その方向に導かれて、片足がフラリと一歩でてしまった。


 ………。


 一瞬だけ、世界に一人とり残されたかのような孤独感を味わった。

視界中がチカチカと点滅していて目を手で覆った。頭痛がする。熱い。



「リンクスくん?」


 とルクアが上目で言った。

彼女はいつでも綺麗な眼差しで俺の事をみてくれている。


 長い付き合いだ。恐らく肌で、魂で、さざなみ程度に揺れた俺の感情の波に気づいたのかもしれない。



 これは、怒りや驚きなどではない。


「………ほう」


 俺は悪役みたいな笑みを浮かべた。

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